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180話 老人の虚実

「そう……あいつの、エミルのおじいさんが……」

「そうだ。『ご意見番』。俺たちにマンティコアをけしかけた本人だ」


 回復した朱音を伴って、俺たちはエミルとその祖父を残し一度外の空気を吸いに出ると。

 彼女が意識を失っていた間の記憶を補間するように現状の説明をする。


「そういえば、エミルのあんたを見る目。やけに怯えてる感じだったけど」

「あぁ……ちょっと、解毒剤の件で爺さんとひと悶着あってな」


 その時、祖父を庇って敵意を向けてきたエミルへ『威圧』をかけたと話すと。


「そ、そんなに、怒ってくれてたんだ……」


 ゆとりのある袖で口元を隠しながらどこか照れくさそうに言う。

 ちなみに今彼女の身を包んでいる服は爺さんが用意したもの。マンティコアに刺された傷の手当でボロボロになってしまった服の代替えだ。

 まぁ爺さんが染みついた血でベッドが汚れるのを嫌ったというのが大きいが。

 あと無駄に肌を露出している部分が恥ずかしいとのことで、適当な布切れを借りて腰回りに巻いている。


「……朱音ちゃん、やっぱりなんか雰囲気違うよね?」

「まだ毒でも残ってる?」

「き、気の所為じゃないかしら?」


 訝しげに見る二人から逃れ咳ばらいを一つ挟むと。


「まぁ何にしても、結果としてよかったんじゃないの?『里』に入る為の書状書いてくれているんでしょ?」

「……まぁな」


『人間』の俺たちが『交錯の里』に入るには発言力があるらしい『ご意見番』の一声が必要というエミルの案は正しい。

 それに納得し、もとより危険を承知でマンティコアのいる霧の結界内に入り込んだんだ。

 向こうからしてみればこっちは不法侵入者。

 それに対処するのは当然の行為で権利だろうが……


「その顔を見れば何言いたいかなんとなくわかるけど、一番死にかけたあたしが良いって言ってるんだから。もういいじゃない、解毒剤で助けてくれたのは事実なんだからさ」


 当人にそう言われては俺としても弱い。

 肩をすくめ、わずかに胸中でくすぶる敵意を散らすようにらしくもなくおどけて見せると、三人とも安堵した様子だった。


 すると、



「厳密には『解毒剤』の働きよりも。『術式』のおかげだな」



 真横に大穴が開いたボロボロの玄関からしゃがれた声。

 爺さんと孫娘のエミルが姿を見せる。


「……書状が書き終わりました」


 俺を避けるように唯火の前に行くと、それを手渡す。

 どうやらあの時に放った『威圧』は彼女の警戒心をさらに深めてしまったらしい。


「爺さん。今のはどういう意味だ?『術式』って」


 彼女を刺激しないよう穏やかな声色を心掛け、老体へ問いかける。


「なんだ?気づいていなかったのか?」


 言いながら朱音へと目を向ける。

 その視線に一瞬どう返したものかと考えたのだろう。戸惑いながらも軽い会釈で答えた。

 毒に侵された原因と、毒から回復した原因である同人物相手ではそうなるのも仕方がない。


「その『人間』の娘が寝ていた部屋。あれにはそういう『術式』が施してある。たとえ『解毒剤』の効果が望めなかったとしても、あの部屋で寝ていれば数時間内には完治だ」

「俺たちを部屋から追い出したのはその『術式』の為だったのか?」

「そうだ。対象者が複数だと効果が分散する。娘の毒の回り具合から、お前たちに『術式』の効果を持っていかれていたら死んでいたぞ」


 驚いた。

『解毒剤』が聞かなかった保険として、そんな手を打っていた事実に。その手厚い対処に。

 それと同時に最初から説明してくれればよかったのに、と苦言を申し立てると。


「……言っていなかったか?」


 と、とぼけられた。


「えっと……ありがとうございます。助けてもらったようで」


 一応、という形だろう。

 爺さんへと礼を言う朱音に対し。


「その男が賭けに勝った。ただのその結果だ。助けたという意図はない」


 だが、と続け。


「的外れにも、殺そうとした儂に恩義に感じるというのなら……『マンティコア』。貴重な労働力を奪った代償は払ってもらおうか」


 言いながら俺へと指を突き付ける。


「お前の体……腕などが一番いいのだが、お前達はそれでは割に合わんと思うだろう。指だ。指を一本寄こせ」

「「「!」」」

「おじいちゃん!今そんなこと言わなくても……」

「……そんなものどうするつもりだ?」


 イかれた爺さんだとも思ったが、その訳に興味がわく。


「この家の周りを見ての通りそこら中に骨があるだろう?すべては人間のものだ。愚かしくも、儂ら『異種族』を狩ろうとした者たちのな」

「『人体収集』。ってやつか?随分と悪趣味な余生を過ごしてるな」


 外だけじゃない、朱音が眠っていた部屋にもそれらしいものが散見されていた。

 俺の言葉に唯火と朱音は顔色を悪くする。


「カカっ!言いおる。だが生憎と趣味は旨い茶を入れる事だ……これは仕事だ」

「……『術式』に関係しているのか?」

「中々に聡いな。そうだ。儂のスキル()で『人骨』を媒介にし、『人間』のみを対象にしたの結界など……まぁいろいろできる。異種狩りから『里』を隠すには効果的でな」

「なるほど。だけど……」


 辺りを見渡す。

 釣られるように唯火と朱音も手を握り合いながらおずおずとそうする。


「その媒介に困っているようには見えないが?」

「まぁな。愚かな『異種狩り』は多い。骨には困らん……これは単なる興味だ」


 再びこちらに指先を突き付けると。


「『人間除け』の結界は作動していた。現にその娘の肌を焼いた」

「……っ」


 右肩をさする朱音。

 軒下に腰かける爺さんに近づこうとして見えない何かに弾かれたあれのことだろう。

 今は服の下に隠れて見えないが、やけど跡など残ったりしないだろうか。


「細かいことを気にする。あの程度の傷など『術式』の中でなら傷一つ残らんわ」


 無論、腹の傷も。と、話に集中させるためかそう補足し。


「だというのに。お前だけはそれを抜けた。意味が分からん……お前は『人間』か?」

「そうだ、としか言いようがないけど……」


 ステータスの種族項目もそう示している。

鬼人族(オーガ)』のダイギリもそう認識していた。


「だろうな。儂にもお前が『人間』にしか見えん。だからこその興味だ……なに。別に今すぐとは言わん。事足りてはいるしな。いずれ代償として差し出せという契約だ」

「そうか。いつになるかわからないけど、いいぞ」

「ナナシさん!?」

「ちょっと!ワルイガ!そんな約束……!」

「大丈夫。自分の体の事は自分で決めるさ」


 ずるいとは思ったが突き放すように言うと、それ以上詰め寄ることはしてこなかった。


「契約成立だ……そうだ、その『人間』の娘の衣だがな。それには儂の『術式』が施してある。身に着けている内は『異種族』の気配を見分ける者にも、同じ『異種族』として認識されるだろう。『人間除け』の結界も騙すことができる」

「! いいのか?そんなもの貰って」

「構わん。これは、退屈していたところに刺激をもらった礼だ」

「……ありがとう、ございます」


 朱音はもう一度礼を言う。


「まぁ、ステータスは騙しきれん出来損ないだがな」


 詰まらなさそうに背を向け家へと入ろうとする背中を、


「爺さん」

「なんだ?」


 呼び止めると。


「あんたは俺に『人間か?』と言ったが―――」

「若造」


 こちらの言葉を遮るように放った言葉は、老人の初めて見せる本当の感情が乗っていた気がした。


「お前が()()()()()()()()事実で。儂にとっての虚実だ」

「……そうか」

「おじいちゃん……?」

「エミール。たまには顔を出せ。茶を飲ませる相手が居なくては腕が鈍る」

「う、うん」


 言い残し、扉の奥へと姿を消した。



「……もしかして、これ着替えさせたの、あの人?」


 場にそぐわないどこか間の抜けた朱音の問いに、


「ううん。私とエミルさんで」

「そうなんだ」


 ほっと息をつくのを聞きながら。


(食えない爺さんだ)






 名:?

 レベル:202

 種族:()()

 性別:男

 職業:

呪い人(スペルマスター)


 MP:2■■50

 武器:?

 防具:?

 攻撃力:■83

 防御力:■■9■

 素早さ:■1■

 知力:6■■■

 精神力:■5■0

 器用:■■■

 運:1■■


 状態:疲労(小)

 称号:【到達者(とうたつしゃ)

 所有スキル:?

 ユニークスキル:?




今しがた目の当たりにした老人の謎を思い、

ひとり心の中で呟いた。

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