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174話 白銀の面影

「―――なんだ今の音」

「どうしたの?ワルイガ」

「いや、今遠くですごい音が……」


「あなた達。二人で何を話しているの?」


 歩きながら、朱音と言葉を交わすと即座に横やりが入ってくる。


「またコソコソと。何か悪だくみ?」

「この女……っ!」


 その声の主、ローブの………エミルの不躾な言い様が、朱音の怒りの琴線に触れる。

 が、


「ま、まぁまぁ。エミルさん。彼は、スキルにより『五感』がかなり優れています。私たちが聞き取れない情報を聞いたのかもしれません」

「姉者の言う通り。『人間』の枠を超えた鋭さ。聞いておいて損はない」

「そう、ですか?お二人がそう言うのなら……」


『エルフ』である彼女は、同じ異種族である『ハーフエルフ』コンビの二人にだけ殊勝な反応を示し、一歩下がる。


「それで、どうしたんですか?」

「つい今さっき、遠くでどでかい音が聞こえた。まるで山が抉られたんじゃないかってくらいの」

「……確かに何かの反響音はしたけど」

「ただの山びこじゃないの?」


 今いる場所もそうだが、ここは山々が連なるようになっている広大な地形だ。

 言う通り多少大声を出しただけで方々に反響してもおかしくないかもしれないが、俺の耳には発生源に限りなく近いような轟音が聞き取れた。


「……まぁ。ここは山が連なっています」


 以外にも、エミルが発言。


「つまり、色々な方角からこれからお連れする場所を狙う不届き者が入山し得る」


 と、俺と朱音を睨み。


「異種族を狙う『人間』です。そういった下賤な連中から里を守るために、警備の手は山々を広範囲に広げています。大方、その侵入してきた『人間』が警備の者に始末された音じゃないかと」


 どうやら『人間』の俺たちに釘を刺したいだけだったらしい。

 目を奪われるほどの見た目に反してねちっこい。これほど女性に対して『口を開かなければ』と思ったことはない。


(……とはいえ)


 久しぶりに耳にする『エルフ』という種族。記憶の琴線を揺らし思い出すのは、『屍人迷宮(グールダンジョン)』での出来事。

 レジーナという『エルフ』の女性。


 思わず唯火の様子をうかがう。


「そう、なんですか。昨晩遭遇した、確か………ダイギリさん?という人もその中の一人ですか?」

「あ、そうです。中でも『鬼人族(オーガ)』の彼らは腕が立つんですが……もしかして何か失礼なことしましたか?」


 彼女が立ち会ったというレジーナという女性の最期。顔を合わせたのはその最後の時だけでも、友と呼べるその存在は『人間』達に利用される形で帰らぬ人となってしまった。


「そ、そんなことは……無かった、かな?戦ったのはナナシさんだし」

「ナナシ……あの人間の男の事、ですよね」

「え、あ、うん!そ、そう。彼に対応するよう指示したから」

「やっぱり、こいつがあのダイギリを……」


 そんな悲劇があったという事実を思うと、唯火の今の心境も、『人間』に敵意を向ける異種族、エミル達の気持ちも推して知るべしこと。


 傍目にはわからない極小の兆し、唯火の微かな動揺が俺には見て取れた。




 ・・・・・




「………あの、エミルさん」

「何ですか?」


 先程エミルと交戦した場所から進むと道は徐々に険しくなる。


「この道ってさっきも通った気がするんだけれど……」

「流石は唯火さん。もう地形を把握してるんですね」

「把握できていないから不安というか……」


 唯火の言う通り、坂道や獣道が目立ってきたあたりで、周りの景色が変わらない。

 遠くに見える景色も一向に近づかない錯覚すら感じる。


「大丈夫です。景色が変わらないように見えるのは『結界』が張られている証拠。つまり、目的地に確実に近づいてます」

「『結界』、ですか」

「先程私が使ってた霧の結界、『ブロウミスト』の応用です。視覚による認識を阻害して方向感覚を狂わせます」


 確かに彼女の言う通り、『踏破製図』でのマッピングは常に更新されていて唯火が今危惧しているような、同じところをぐるぐる回っているようなことはないようだ。

 それでも景色が延々と変わらないというのは中々気味が悪いし、脳内にマッピングされた景色との齟齬がとても気持ちが悪い。


「今もエミルさんがこの『結界』を張っているってことですか?」

「いえ、流石にこんな大規模なもの、年中維持できません。これは触媒を通じて―――」

「あー、すまないが少し休憩にしないか?」


 話が長引きそうなので割り込むことにした。


「……休憩?まだ先は長いの。この結界内に入ったのだってほんの入り口で―――」

「先が長いからこそだろ」

「あなたの身体能力なら山の踏破なんてわけないんじゃないの?」

「……『人間()』を気にするのも結構だけど。大事な同族への配慮が疎かになっているんじゃないか?」

「あ……兄、者」


 この険しい道に入ってからフユミちゃんのペースが急激に落ちている。

 最初は唯火とエミルに並んでいたが、次第に最後尾の俺とその前の朱音の間を歩いていた。

 当然だ。今の幼い身体で反り立つようなこの悪路はステータスの恩恵があったとしても過酷。


 そんな彼女の軽い身体を抱きかかえる。


「ちょっ!あなたみたいな『人間』がフユミちゃんに触らないで!」

「そんなつもりもないし、何もできやしないよ………()が効いてるからな」

「……!」

「先を急ぐっていうなら、この子は俺が運ぶ。目をつぶれ」


 そのまま目も合わせず、彼女たちを追い越した。


「兄者……ごめんなさい」

「大丈夫だよ。剣より軽いくらいだ」


 小さな声で短くやり取りすると。


「ま、待って!」

「……下ろせって話なら聞けない」


 これで話がこじれて『交錯の里』への道が閉ざされても曲げるものか。

 この子に無茶を通させて進む路なんて埋まってしまえ。


「違う。ここで、休憩にしましょう」

「……いいのか?」


 言っては何だが心底意外だ。


「要求してきたのはそっちでしょ。それに、これはフユミちゃんの疲労に気づけなかった案内人である私のミスだから」

「そうか。助かる。ありがとう」

「……なんで、フユミちゃんのためなのにあなたが礼を言うの?」

「フユミちゃんのためだからだ」

「……『人間』のくせに」


 更に食い掛ってくるとも思ったが、何か思うところがあるのかそのまましおらしく引っ込んだ。


「こっちに休めそうな場所があるから。ついてきて」


 景色の変わらない結界内でも土地勘があるようで再び先を行くエミル。その背中を見送っていると。


「ナイス」


 大人しく提案を聞き入れたエミルの姿にすっとしたものでも感じたのか、俺たちを追い越しながら朱音は言い。


「………」


 唯火はどこかばつが悪そうに目を伏せながら彼女たちの背中を追った。




 ・・・・・




『結界の点検をしてきます』


 俺たちが休憩のために腰を下ろすと、そう言い残してエミルは森の中へと消えた。


「随分と仕事熱心ね」

「それだけ、同じ異種族を守るって義務感が強いんだろ。『人間(俺達)』が嫌いなだけで根はいいやつなんだろうな」

「………」

「兄者たちの内面を知ればきっとわだかまりも解ける」

「………」

「そうだといいんですけど」

「何にしても、里に着くまでの短時間じゃ無理そうではあるな」

「………」


 今の様子だと、本当に俺と朱音だけ里から放り出されそうだ。


「あの、兄者。さっき言ってた『毒』って、なに?」


 エミルにしか聞こえない声で言ったつもりだったが、抱えていたフユミちゃんには聞こえていたか。


「文字通り毒だ。さっきエミルの矢が当たった時、毒の状態異常をもらったらしい」

「っ!」

「え!?なんで早く言わないのよ!」

「いや、遅効性なのか俺も気づいたのはついさっきでさ。大丈夫、手足の痺れと虚脱感程度だ」

「そ、そう……でも確かに、少しあんた動きがぎこちなかったもんね。ねぇ?唯火」


 ふと、朱音、フユミちゃん、俺の三人の視線は、


「……唯火。どうしたんだ?」


 やけに静かな唯火へと注がれた。


「えっ!?あ、なんでしたっけ?」

「いや、別に大したこと話してたわけじゃないけど……唯火も疲れてるの?」

「う、ううん。そんなことないよ?」

「……やっぱり、エミルの事か?」


 大きな反応は見せずに静かに目を伏せる。


「あいつがどうしたの?」

「兄者たちを(しもべ)みたいに扱うのが辛い?」

「……それは、いやだけど。そうじゃないの」


 唯火の過去の詳細を知らない二人の言葉に小さく息を吐くと。


「ごめんね。フユミちゃん」

「え?」

「近くにいたのに、疲れてるのに気づいてあげられなかった」


 唯火は自然に気配りのできる女の子だ。そんな彼女が妹のように扱っているフユミちゃんの異変に気付かないのは確かに違和感はあった。


「ナナシさんの事も、朱音ちゃん言ってたような動きのぎこちなさに気づきもしなかった……ううん、見向きもしなかった」

「どうしたの?何か変よ」


 朱音は唯火に寄り添うように隣に座る。


レジーナ(彼女)のことを思い出したんだろ?」

「……はい。突然過ぎてちょっと古傷が、って感じです」

「どういうこと?あたしたちにもわかるように教えて?」


 俯いたまま唯火に簡潔に語る。


「ナナシさんと会うより前は、『探求勢(シーカー)』の研究施設に軟禁されていたって話はしたよね」

「ええ。覚えてる」

「あの、眼鏡の男……ハルミの時に見た」

「その頃、一緒にその施設にいた『エルフ』がいたんだけど、結論から言うと私のせいでその人を死なせてしまった」

「唯火、それは―――」


 俺の声に顔を上げると儚げに笑いながら小さく頷く。


「分かってます。私もあの人の最期を看取った責任から逃げるつもりはありません……けど、あまりにも―――」


「――――唯火さん?」


 再び俯きながら言葉をつなげていると、エミルが姿を現し中断する。


「エミル、さん……」

「えっ……唯火さん、なんでそんな悲しそうな……」


 ハッと、何かを察したように息を吐くと、案の定俺を睨みつける。


「あなた、何かしたの?」

「ち、違うの!何もなくって―――」

「姉者は今空腹らしい」

「え?あ、うん。そう……お腹空いちゃって」

「……川原で朝食食べてませんでしたっけ?」

「う……」

「あ。いえ、険しい道ですからね。お腹もすいてしまいますよね!」

「……少し、腹に入れておくか」


 場の空気を変えるためにフユミちゃんの発言に乗っかる。

隔絶空間(かくぜつくうかん)』から食料の詰まったバックパックを引きずり出すと。


「! ど、何処から出したの!?」

「当然スキルの力だ。エミルも何か食べるか?牛しぐれ煮の缶詰なんか結構いけるぞ」

「お、お肉?……って、気安く呼ばないでもらえる?誰が『人間』の用意した食べ物なんか……」

「ヴィ―ガンってやつか?それとも朝飯食べたばっかりなのか?」


 国外ではそういった慣習が盛んだから、ロシア生まれだというエミルもそのクチなのだろうか。


「ち、違う!お肉は好きよ!朝ごはんは食べてないし………じゃなくて、あなたの出したものなんて喉を通らないって言ってるの!」

「心配ない。フユたちが選んで預けたものだから。何なら先に毒見する?」

「そ、そんな!二人にそんなことさせられません!」


 そう言って俺の手から缶詰をぶんどる。


「お、お二人に免じて、お肉(これ)は頂戴します」

「そうか。まぁ遠慮なくいってくれ」

「言われなくてもそうします」


 割り箸も渡してやると、つっけんどんな言いぐさでそれを割り、見た目とはアンバランスに慣れた箸使いで口に運ぶと。


「んん~~ッ!おいひぃ~~ッ!」


 随分と直情的で無邪気な食レポを口にする。


「お肉なんて久しぶりだから、缶詰でもすごくおいしい!」

「……お肉。好きなんですか?」

「あ。す、すみません私ったら。大騒ぎして……あの、里に住んでると中々お肉にありつけないもので。食料に困っているわけではないんですけど」

「ふふっ。朝ごはんがまだならそれじゃ足りないんじゃないんですか?待っててください、簡単なものならすぐに用意できるんで」

「お、お言葉に甘えさせていただきます………」


 俺の横に置いた食料を漁りながら、唯火は俺にしか聞こえない声で、



『分かってます。私もあの人の最期を看取った責任から逃げるつもりはありません……けど、あまりにも―――』



「あまりにも、似ているんです」



 木漏れ日に煌めく白銀の髪も、その面影も、


 まるで私と会わなければ、あったかもしれない彼女の未来を見ているようで。

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