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173.5話 契約

 とある渓谷。


「くそが!なんなんだ!あの野郎共!」


 季節か時間帯か、普段川の水が至らないはずの道を、ぬかるみに足を取られながら走る。

 その訳は逃亡。


「なんで、俺が狙われんだよ!」




 ・・・・・




 つい先刻、深い森を進んでいるとある集団と遭遇した。実力に反して修羅場をそれなりに越えている経験則からその一団一人一人が自身の力を凌駕することを即座に悟る。

 そして当然、そんな格上相手に気配を悟らせずその場を立ち去る技法など持ち合わせていない男はその存在を悟られた。


 身を隠していた茂みに一斉に向けられる弓。その危機に男がとった行動は。



『ま、待ってください!僕は怪しいものではありません!』



 そういって姿を見せるというあまりに滑稽で無策なものだった。

 その無様で何の威も感じない姿に、弓を向けた一団の緊張は弛緩する。目の前の弱者を嘲笑うように。



 だが、その醜態に相反する様に。



『グゥゥゥ……!』

『ルルルルゥ……!』

『! 馬鹿野郎!お前ら!』



 彼に従う魔物たちは一切退く姿勢を見せず、盾になるように立ちふさがった。


(こいつらが気配を消してればやり過ごせたのに……!)


 内心そう零し唇を噛むが、一団と自分を遮るその二体の背中に罵倒の言葉を吐くことはできなかった。

 そして彼らの出現は、弓を向ける者たちの何かを刺激したようで。


『狼型のモンスターに、こいつは竜種(ドラゴン)じゃないか!』

『どういうことだ?二種の異なるモンスターが同じ場所に』

『それ以前に、ここまでモンスターなどには遭遇していない』

『……あの男を守るような動き。従属しているのか?』

『なるほど。『魔物使い』か。連れていく価値はありそうだな。手ぶらで帰るよりかはマシだ』


 その言葉を皮切りに、使役する二体と一団との戦闘が開始された。

 数の差はあるものの、ロケーションは木々が茂る森。野生を発揮する二頭に大きく分があった。

 

 だがそれでもやはり数に押されはじめ―――


『オオォーーーーン……!』


 孤狼の遠吠えを合図に上空からの影。


『ピュイッ!』


 猛禽の一鳴きとともに主の腕を掴み体ごと搔っ攫う。


『お、お前ら……!!?』


 守り切れないかもしれないと、主を戦線から離脱させた、命じてもいない個々の独断。


『ギャオオォオオァ!!』


 森中の木々を揺らすような竜の咆哮が敵の鼓膜を震わしさらに隙を作る。


『くっ!逃がすな!』


 二体を残し、猛禽の爪に運ばれながら遠ざかる。

 後ろ髪を引かれるように今さっきいた場所を振り返ると。


『ピィッ!?』

『! 弓の追手!』


 一瞬、煌めく何かが視界を通り過ぎると、短い鳴き声が聞こえる。


『撃たれたのか!?』


 尚も羽ばたきを止めることなく飛び続けるが、その高度は徐々に下がっていき。


『おい!馬鹿が!翼の付け根に刺さってるじゃねぇか!片翼になっちまうぞ!?』

『ピ……ィ』


 浅い清流へと墜落。気高いその羽は冷たい水に沈んでいた。




 ・・・・・




 そして傷ついた猛禽を残し川沿いを下る。


「どいつもこいつも勝手なことしやがって……!」


 使役した三体に、それぞれ背を向けて今逃亡を続けているのは。



『『『行け』』』



 と、彼らの一鳴きに押されたからだ。



「………くそがぁ!!」



 その声とかぶさるように、


「い、今の音は……」


 周囲の地形に反響するほどの轟音が、逃げてきた方角から鳴り響く。

 残してきた三体とも、これほどの爆音を奏でる攻撃手段など持たない。言外に、敵の放った圧倒的な圧だと直感した。


 それに身をさらす三体の姿が、見てもいないのに一瞬頭をよぎる。

 それは動揺となり、

 


「―――ぐッ!」



 足をもつれさせ派手に転倒。川原の石たちに身を打ち付けながら転がった。


「……クソ、が」


 腕を突っ張り状態を越しながら吐くその悪態は。


「……てめぇらは何なんだ」


 既にこちらへ追いつき、周囲を囲む者たちに向けられたものだった。


「俺を、連れていくとか……いってたよなぁ?」


 上等だ。


「雑魚には雑魚の意地があんだよ!死ぬまで抵抗してやるぁ!」


 懐からポケットナイフを取り出し展開する。

 だがこの場においてこんな矮小なものは棒切れも同然だった。それでも俺は手にして吠える。



「おぉぉあぁあああ!!」



 決死の特攻。劣等感と喪失感を散らせるための空しい叫び。

 その咆哮は――――



「――――ぐぁっ!?」



 進行方向目の前で爆散するような衝撃によって体ごと弾き飛ばされた。



「く……そ、なん、だって……」



 眩む視界と耳鳴りのする中、視線を上げると。

 そこには、


「! お前ら……!」


 狼と竜と鳥。

 今しがた背を向けた従者たち、


「てめぇ、は」

「………」


 体高の小さい外套に身を包んだ者がその三体を。自らの何倍か体の大きい彼らを担いでそこに立っていた。


「タダ飯喰らいが、なにして―――」

「悪くない」


 こちらの声を遮る、初めて聞く声。

 突如眼前に現れたこいつに動揺を隠せない、こちらを包囲する敵から上がったものではない。

 背を向けた外套から発せられる、明らかな『人語』。


「あ?お、お前……言、葉……?」


 森を進む中、何にも干渉せず、ただ追従してきた者。


「この三体に免じて。と言いたいところだが……貴様も……『(ぬし)』も中々どうして」


 担いだ三体を慈しむ様な動作で下ろすと。横たわる彼らの隣に立つことでよりその身の小ささが際立った。


「言動とは裏腹に、滾らせ秘めているものだな。これだから人間は面白い」

「何、言って……」

「こちらの意思とは関係なしに感情が流れ込んでくる……妙な契約だ」


 全身をすっぽりと覆う外套、それが小刻みに揺れていることから笑って事が、かろうじて見て取れた。



「―――()()()()()



 話の区切りなのか。そういうと()を天へと突きだす。それは人と同じく五指が伸びるシルエットをかたどっていて。

 それにつられるように空を仰ぐと――――



「浮い、てる……?」



 恐らくこいつが、三体を担いで降り立ったこいつが巻き上げた砂利や石やら水滴。

 それらすべてが虚空で静止していた。


「―――そこを動くなよ?()()

「え………?」


 刹那。

 周囲を走る圧。

 不可視の圧、としか言いようがない何かが、宣言通り全周を薙ぐ形で走り回る。

 その軌道上のものは、水流、砂利、石、そして人体。さらには地形さえも()()()()()()()


先程の轟音の発生源は、こいつなのだと理解した。



「………主の理念とは逸脱してしまったが。許せ」



 変貌してしまった周囲の地形。圧によりせき止められていた清流は、圧によってできた水路を新たな川とし、俺たちを避けるように流れ。



「少しは認めよう。弱き主よ。そして」



 こちらを振り返り外套越しにこちらを見るそいつを、



「私の『名』を呼ぶ権利をくれてやる」



 俺は呆けたように見ていた。

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