173話 ローブの素顔
「じゃ、じゃあ。唯火。戻ってくれ………」
「わ、分かりました」
突然発狂した朱音が落ち着くと、唯火をフユミちゃん達の元へと帰す。
その朱音はと言うと、
「…………」
一通り奇声を発し終えると、羽衣で拘束の演技を続けたまま膝を抱えて蹲ってしまった。
俯いているのでその表情は見えない。
「大丈夫なんですか?あの人間達………善人だという女の子も奇声を発して、なにやら男の方に食って掛かってましたけど」
「も、問題ありません。定期的に、あの………そ、そう!ああやってお仕置きをしないと、主導権を握れませんので。少し気はひけますが」
「………その通り。あに……あの男の戦闘力は利用価値があるから。心を支配してしまえばとても役に立つ」
(酷い言われようだ)
細かい部分は唯火のアドリブに任せてしまったが、人の尊厳をどんどん踏みにじられて行っている気がする。
フユミちゃんも尤もらしいことを冷たく言ってのけるのは、流石は年の功だった。
「な、なるほど!流石は唯火さん!と…………」
「フユミ」
「フユミちゃん。幼いながらも人心を掌握しているんですね!」
その声色から無邪気に手放しに人を賞賛しているのが伝わる。
よく言えば純粋。悪く言えばやはりチョロい。悪人ではないのだろうが………
「そうでもない」
「できて当然、ということですね!」
その無邪気さを少しは俺たちにも向けてくれれば助かるな。
というか何故得意げなんだ、フユミちゃん。
「えーっと。でもですね、過ぎたお仕置きは『異種族』の品位が損なわれるのでいけません。利用する関係性でも、共存と呼べる形を保たなければ、『異種狩り』と同列になってしまいます」
「そこまで考えて………一つの共存の形。肝に銘じます」
おお。
なんだかほんとにそれっぽい事を言うな。それこそ唯火が彼女をマインドコントロールしているような状態だ。
まぁ俺と朱音への風当たりを弱くするための配慮だろう。
(―――女は嘘がうまいってのは、よく言ったもんだ)
マインドコントロール。
その単語から連想された、白衣に身を包む女の背中を思い出し、鼻で自嘲していると。
「二人とも!来てくだ………き、来なさい!」
どうやら出発する様だ。
「ん……おい、朱音。お呼びだぞ」
「…………」
だが俺の呼びかけにピクリともしない。
「おい。朱音。出発だ」
「…………」
「あ、あれーー?どうしたのかな?ちょっと呼んできますね」
「……唯火さん。私も行きます」
そんなやり取りが聞こえると、三人の『異種族』が目の前に立つ。
「えーーーっと…………」
「男。早くその同族を立たせなさい」
(ケダモノときたか)
ローブの女が困ったように唸る唯火の前に出てそんな言葉を吐き付ける。
確かに彼女から見れば俺は暴漢みたいなもの、というかそのものという認識だな。
第一印象は最悪だ。そういわれても仕方ないのかもしれない。
(す、すみませんナナシさん!)
後ろから、自分が作り出したシチュエーションで罵倒を受ける俺に手を合わせて謝罪のジェスチャー。
「少し、待ってくれないか?そう時間は―――」
「唯火さんが先を行くと言ってるの。早くしなさい。ケダモノ」
再びケダモノと呼ぶと、それまで沈黙を保っていた朱音が立ち上がる。
その勢いのままローブの女へと詰め寄り。
「あんた。黙って聞いてれば。何様のつもり?」
「朱音」
気の強さからくる喧嘩っ早さの面が出たようだ。
多分俺のために怒ってくれているのだろうからその気持ちは有り難いが……そもそもお前がいつまでもジッとしていたのがいけないんじゃないか?
「随分と短気な……これが善人、ね。唯火さんの言うことだからきっと訳があるんだろうけど……その男は私の、む、胸を触ったの。それも押し倒して。ケダモノって呼んで何が悪いの?」
「それは不可抗力で―――」
「ま。唯火さんはともかく、触るのが難しいくらい慎ましいあなたのソレじゃ。この気持ちはわからないか」
(銃を仕舞え銃を仕舞え!)
朱音を挑発する言葉にまんまと乗せられながらも、ホルスターから銃を抜きそうになるのを必死にこらえている様だ。
そこで、
「そ、そうだ!名前!」
「唯火さん……?」
唐突に声を上げる唯火に全員の視線が集まる。
「あなたの名前をまだ聞いてませんよね!?」
「あっ。そ、それもそうでしたね……ごめんなさい。そちらだけ自己紹介させてしまって」
どうやら力業で話題をすり替えようという魂胆らしく、それは成功したようだ。
「ほら、朱音。落ち着け。あまり事を構えると『交錯の里』にたどり着けなくなる」
「………分かってるわよ」
ローブの関心が唯火に移った隙に、今だ目の座ってる彼女を宥めつつ退かせ。
「ありがとな」
「ベ、別に……あたしがムカついただけだし」
突然礼を言われ照れたのか、しおらしく引き下がるのを見届けると。
「申し遅れました。私は――――」
深くかぶっていたフードをはだけさせていく彼女へと視線を向ける。
「ヴァシーリエフ・ドナートヴナ・エミール。育ちは日本ですが、生まれはロシアです」
「「「「――――」」」」
木々に溶け込むヴェールを剥いだその向こうに、誰もが言葉を失った。
濃緑を内包した翡翠の瞳。透き通るという表現さえ無粋な雪のように白い肌。目鼻立ちは言うまでもなく、何より―――
「………綺麗」
悪態をついていた朱音をもってして『綺麗』と言わせしめた、銀の髪。
白い肌以上に輝く艶めいた銀髪はその境目を曖昧にし神々しい美しさを発揮していた。
そして――――
(『目利き』)
彼女の美しさを、人間と異なる『異種族』としてのものと知らしめるその特徴。
名:ヴァシーリエフ・ドナートヴナ・エミール
レベル:88
種族:エルフ
性別:女
職業:
上級
【魔導野馳夫】
武器:新芽の黒弓
武器:スチールナイフ
防具:ルーンローブ
MP:17100/18000
攻撃力:704
防御力:792
素早さ:1320
知力:2200
精神力:2112
器用:280
運:90
状態:ふつう
称号:なし
所有スキル:
《弓術LV.8》
《短剣術LV.4》
《鷹の目LV.5》
《魔添・駆動LV.5》
《中級疎外魔法LV.6》
ユニークスキル:?
「「エルフ………」」
銀の髪から覗く先細の尖った耳を見て、そう言葉を重ねたのは唯火。
ステータスを暴くことのできない彼女が、
「はい。皆『エミル』と呼びます」
確信を持った様子で、呆けたような表情で言うのが、
やけに印象的だった。




