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172話 付与魔術師の勘違い

「ぐすっ……ぅっうぅっ…ひっ、ぅ……」

「大丈夫。大丈夫ですから……私たちはあなたと同じ『異種族』。味方です」

「二人とも『ハーフエルフ』。害意はない。安心するといい」


 何とか命からがら誤解を解き終えると。

 同じ性別で、同じ異種族である、年の功のフユミちゃん。人と仲良くなるのがうまい唯火の、『ハーフエルフ』コンビにローブの女性のケアを任せ。


「ちょっと、これきつくないか……?朱音」


 俺はと言うと、三人から離れた位置で朱音が操る竜鱗の羽衣に体を雁字搦めに拘束され動きを封じられている、


「そう?これくらいやらないと演技にならないでしょ」


 演技をしていた。

 ギリギリと体を締め付ける朱音の迫真の演技と共演しながら。


「彼は、えーっと……い、『異種狩り(いしゅがり)』が襲撃の際に私たちが捕らえた人間です」

「……そう。主導権はフユ……こちらにある。先ほどの交戦もこちらの指示。だから心配ない」

「はい。同じ『異種族』の方とは知らずに、怖い思いをさせてごめんなさい」

「少しやりすぎたみたいだから、拘束させてる」


 フードの隙間から、こちらを。俺を拘束している朱音を見る。


「ぐすっ……あの、三つ編み眼鏡の、女の子は……?」

「あ、あの子も。同じく私たちに従う者です。同じ女性ということで協力的な無害な善人です」


 ということになっている。そういうことにした。

『洞観視』で彼女を観察した結果、思い込みの強いタイプと判断した俺は自らこの役割を買って出た。

 正直言うと泣きたい。


「んっ…っ…そう、なの……?」


 依然として泣き顔を手で覆い素顔すらも晒そうとしない彼女をなだめるように二人は語り掛ける。


「そうです。私たちは彼を人質にとることにより、命からがら『異種狩り』の手から逃れました」

「そんな逃亡生活の中。『交錯の里(シェルター)』と呼ばれる場所の事を知った」


 それゆえに、同じく異種族が身を寄せ合うその安住の地を探している。と言うのが俺たちのシナリオだ。


「えーっと……か、彼には。もし『異種狩り』出現した時の保険として同行してもら……させています。同じ人間同士の身内には、中々手厚い仲間意識を彼らは持っているようなので」


 もちろん作り話だ。俺たちは昨晩ダイギリたちから『異種狩り』という存在を初めて耳にしただけで、その連中のことを全く知らない。


「なる、ほど………話は、分かりました」

「………落ち着きましたか?」


 ゆっくりと体を起こす彼女に、ミネラルウォーター入りのペットボトルを手渡す。


「あ……ありがとう、ございます」


 受け取ると、喉を鳴らしてそれを流し込む。泣きつかれて喉がかれていたのだろう。


「ぷは……ペットボトルなんて、久しぶりに見る………あなたたちは、街の方から来たん、ですか?」


 その一文だけでも得られる情報は多い。

 ペットボトルなどのプラスチック製品から離れた生活、街からの旅路かと問う言葉。そして彼女の『人間』に対する警戒心。

 まるで久しく『人間』の文明のようなものから距離を置いた………そう、例えば人里から遠く離れた山奥で『異種族』同士が独自のコミュニティを築く場所。

 そんな場所に彼女が身を置いているだろう事は想像に難くない。


「そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。同じ『異種族』なんですから………私は、(かがり) 唯火(ゆいか)って言います」


 それに年も近そうです、と唯火は言いながら屈んで目線を近づけた状態から立ち上がると、ローブ女に手を差しだす。


(よし。流石唯火。いい感じだ)


 彼女自身特段、特別に意識しているところはないだろうが、何とかローブ女の警戒心を解き『交錯の里』へと案内してもらえるまで信頼を勝ち取れるよう頑張ってみてくれとは伝えてある。


「……ううん。私はあなたたちの逞しさに敬意は払いたいんです」


 唯火の手を取り立ち上がると。


「敬意、ですか……?」

「はい。『人間』を人質に取って利用するなんて、並大抵の胆力じゃできません。今まで『異種狩り』に狙われているような恐怖心が大きかった私たちにとって、あなた達の存在はまさしくエポックメーキングなんです」

「そ、そう、ですか」


 上々だな。

 少し俺と朱音の身の安全が不安になる言動はあるが、この短時間で大分唯火たちへ気を許している。もっと言えばチョロい。


「あなた達はきっと、今の私たち『異種族』にとって革命的な存在になるかもしれません」

「は、はぁ………」


 とった手を両手で握りしめ、そう力説するローブ女。

 その圧に困ったような相槌を打ちつつ俺を見る彼女に。


(大丈夫。順調だ)


 という意味を込めて頷いて返す。


「…………」

(姉者。がんばって)


 そのあとフユミちゃんへも振り返り同質の頷きを受け取る。


「―――私たちにできることがあれば、力になりますよ」

「はい!私たちは、『交錯の里』は、あなたたちを歓迎します!」

(よし!)


 北にあるという以外手掛かりがなかったが一気に道が開けた。

 おまけにこれなら彼らに対するフユミちゃんの第一印象はばっちりだ。


「ちょっとワルイガ。大丈夫なの?これ。なんかとんとん拍子に行き過ぎて怖いけど」

「………まぁ、大丈夫だろう。いざとなったら俺たちは姿を消せばいい」


 ヒソヒソとやり取りをする。

 朱音の心配もわかる。唯火の言葉なら『人間』である俺たちも里まで同行はできそうだ。

 だがその先はどうだろうか?ローブ女の様子を見るに、『人間』を受け入れられない者も当然いるだろう。

 そうなった時の俺たち二人の処遇は?そんなもの生かして解き放つわけがない。

『交錯の里』の場所を知った俺たちはその場で始末されるだろう。


「消えるって、どうする気?」

「その時になったら逃げだす。そして唯火達に俺たちを追わせて直々に始末したことにすればいい」


 まぁ、ローブ女以外の『異種族』の人たちもチョロい部類であることが前提だが。


「どうやら、響さんの言っていた通りになりそうだな」

「パ……次席が言ってた通り、って…………」


 唯火とフユミちゃんを里に残して俺たちは別行動を取る、という響さんの予想。


「食料もまだかなりある。二人だけなら、しばらくはこの山に滞在できるだろ」

「――――ッ!?」

「いてて」


 急に羽衣の拘束が強まったので朱音を見ると、羽衣を掴む手はプルプルと震えていた。


「な、な、な、なに言ってんの!?それって、こ……こどっ」

「………何をそんなに不安がってるんだ」


 かすかな怯えと不安が感じ取れる。

 食料の話だったな。料理上手の唯火が居なくて心配なのかもしれない。


「心配するな。しばらくやってないけど、経験がないわけじゃない。うまくいくさ」

「は、はぁ!?何言って………!あんたがそうでもあたしは……ッ!!」


 簡単ではあるが、朱音も唯火に教わってフレンチトーストなんかを作ってたんだ。


「大丈夫さ、二人でやればなんとかなる」

「ぁ……え?ま、まって………!」


 耳まで真っ赤にして様子のおかしい朱音。


「だ……だ、め………唯火が……いる、のに」

「? 唯火は、その時は里の中だろ?」

「………っ。ぁ、あんたは、いやじゃ、ないの?」


 珍しく弱気だな。勝気な朱音らしくもない。


「大丈夫だ。時間はある。二人なら、作れる」

「ワ………ナ、ナナ、シ」


 締めあげていた羽衣の拘束がヘナヘナと弱まる。見ると、朱音はのぼせた様な面持ちだった。

 というか、今『ナナシ』って呼んだか?


「おい。緩めてくれるのはありがたいけどこれじゃ怪しまれ―――」

「二人とも、どうしたんですか?」

「ゆ……!?」


 ヒソヒソと話しているのが気になったのか気が付けば唯火が一人こちらに来ていた。


「二人が何やらコソコソと話しているのを、あのローブの人が気にしてまして………」


 視線を向けると、確かにフユミちゃんの横でこちらへと疑念が込められた敵意を飛ばしてきている。それは恐らく朱音にもだろう。

 大方、『人間』の俺たちが何か悪だくみでもしているのではないかと疑っているって感じか。


「悪いな、手間かけさせて………適当に『命令して黙らせた』とでも言っておいてくれ」

「いえ。それは構わないんですけど………何をお話ししていたんですか?朱音ちゃん顔真っ赤で、目もトロンとしてるけど………」

「えっ!?そっ………な、何もやましいことなんて!そんな話してないわよ!?」


 何をしてるんだ、そんなあからさまに動揺した様子じゃますますローブの女に疑われるだろう。


「大したことじゃない。俺たちが里の内部に入れなかった場合、その間の料理の問題で話してただけだ」

「あー、そうですよね。あの人の反応を見てると、どんな理由であれ『人間』が中に入るのは難しいかもしれませんからね」

「そ、そう。料理よ。料理の話。料理の得意な唯火がいない間…………ん?」


 数秒、朱音は言葉も動きも停止すると。


「料理の話………」

「? ああ」

「『しばらくやってない』って………」

「? 料理だな」

「『二人なら、作れる』って………」

「二人でやれば料理の一つや二つできるだろ」

「…………」


 直立のまま震えながら空を見上げると。


「死ね!!あたし死ねーーー!!あんたも死ねーーー!!」

「いだだだだ!!」

「あ、朱音ちゃん!?」


 朱音の怒号に応じるように、強烈な羽衣の締め上げを喰らった。

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