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171話 不可抗力

「――――あいつか!」


 その姿を見つけ一瞬だけ目が合うと、足場にした木を背に身を隠す影。


(追手ならここで倒す。『交錯の里』関係者なら、穏便に対話を試みたいところだ)


無空歩行(エアジャンプ)』を発動し足裏に物理的感覚が伝う。ローブの人影目掛け下方に跳躍しようと膝をかがめると、そのタイミングを狙ったかのように矢を番え再び姿を現す。


「っと」

「ちっ!」


 咄嗟に進路を若干逸らして矢の射線から逃れる。索敵能力も正常に機能している様だ。

 音が聞こえなかったのも気配を探れなかったのもやっぱりあの霧が原因だったらしい。


(……いい観察眼だな)


 俺の『無空歩行』が宙を自在に浮遊するスキルじゃなくて、空中を跳躍するものだと気づいている。

 その特性ゆえに一度ずつの空中移動が直線になるのを見越して、その移動先へ次々と正確に矢を射てくる様子はまさに矢継ぎ早というところだ。


(だったら、その倍以上の速度ならどうだ?)


 徐々に距離を詰めつつも耳元をえぐるような矢を首をひねり躱すと。

 渾身の跳躍。



「―――えっ?」



『高速走法』の速度でローブの狙撃手の横を取り、すかさず『無空歩行』により滞空する刹那。

 不意を突かれたような声を漏らしながらも、体だけはその残像を追う様に反転しはじめるが。


「悪いな」

「あっ!」


 弓矢を中ほどで両断。弦が張られていたそれは弾けるように分解。


「このっ!」


 一瞬怯むも、矢筒から取り出す矢で刺突を繰り出してくる。

 だがそれも危なげなく躱すと。


「ぅわあっ!?」


 不安定な樹上での立ち回りが災いし地面へと落下していった。


「く……ぅぅ」

「―――なぁ。少しはな―――」


 後を追う様に着地し、打ち所が悪かったのか、かぶりを振る相手へ対話の提案をしようとするが。


「あの二人を解放しなさい!」


 背後から間合いに入ろうとすると矢の刺突が再び迫る。


「―――その口ぶりだと。追手じゃないみたいだな」


 弓矢から放たれる鋭さとは違い数段落ちる攻撃。

 躱しつつ細い手首を取ると動かない程度に力を籠め。


「話を聞いてくれ。俺たちは―――」


 右腕での刺突を防がれると、間髪入れずに腰から抜いた短剣を抜きざまに斬りつける。


「取り付く島もないな……」

「『人間(あなた達)』と話すことなんて何もない……ッ!」


 手を放し距離を空けながら避けローブの人物を観察する。

 言動と敵意の強さが語るように『人間』である俺へ強い憎悪を向けている様だ。


(ここまで敵視されていると、交渉は無理か……?)


『交錯の里』への案内など到底頼めないだろう。

 ならせめて、あの妙な霧だけでも解いてもらいたい。穏便に。



「!? な、なに!?」



 不可視の打撃、『虚空打(からうち)』で両手に持った危険物を弾くと、


「ぅ、あぁっ!?」


 怯んだすきに踏み込むとともに胸倉を掴み、


「頼む。話を聞いてくれ。あんたを傷付ける気はないんだ」


 可能な限り優しく引き倒すように組み伏せた。


「……あっ」

「……ん?」


 襟元を押さえつけた腕に当たる、ふにふにと心地よい手触りと弾力。


 ………


 ……


 …


 なるほど……そういう話か。


「あ、あなた最低ね!『異種狩り(いしゅがり)』の中でも最っ低!」

「……申し訳ない。女性とは思わなくて」


 装備しているローブの効果か、声からも女性のものだと聞き取れなかった。


 そしてそのローブの留め具は投げた時に解けてしまったのか、身を隠す役割を失い四肢を晒す。

 どこか中世というか、ファンタジー感のある機動性のよさそうな服装で、体つきは完全に女性のものだった。


「その舐めるような視線……!あの子たちに何させてるの!?」

「ちょっと待ってくれ。誤解が―――」

「人の胸触りながら誤解も何もない!」


 いや、正確には鷲掴みにしてるとかそんなことでなく、少し当たってしまっているだけなんだが……おそらくこの言い合いは俺が負けるだろう。


「最低最低最低!」

「お、おい!少しは話を―――」

「『異種狩り』なんて、『人間』なんて!そんな風にされるくらいなら死んだほうがましよ!」

「頼むから!!話を聞けって!!」


 あまりに聞く耳を持ってくれないので、思わず大声を出すと。


「ふ……ぅ、ぇぇえん……おねぇちゃぁあん……っ」

「う、ちょ!?ま、まて!今のは……ごめん!あの………ッ!」

「こわいよぉ……!わたし、どう…ひっく……なっちゃうのぉ………っ!?」

「わ、わかった!離す!離すから、少し落ち着いてくれ!!」


 組み伏せた女性が泣き出すという人生で初めての状況に、酷く心が乱され罪悪感と禁忌感が一挙に押し寄せてくる。

 まるで触れたら爆発する爆弾から距離を置くように恐る恐る後ずさった。


「ま、まいったな……」


 拘束を解き距離を取っても泣き止む気配がない。

 泣き顔を手で覆う所作で、目深に被ったフードもはだけ始めてローブの効果が消えたのか、彼女の地声の嗚咽が当たりに響く。

 声質から年齢の若さがうかがえる。


「そそそ、そうだ!唯火たちを呼んでくれば―――」


 余りに動揺しすぎて声も若干震えてきてはいるが、名案だ。

 彼女は『交錯の里』関係者で間違いない。昨日の『鬼人族(オーガ)』たち同様に同じ異種族である唯火とフユミちゃんが気にかかって襲ってきたのだろう。

 さっき二人を気に掛ける言動も聞き取れた。同じ異種族の二人を呼んでくれば―――



「ナナシさん!大じょ――――」

「あ。唯火!助かった……」



 羽衣の変形させた盾を残してきたから迎えに行こうと思ってたが。俺の手元を離れた状態なら別の誰かの魔力で操作可能ってことか。



「えっ?……これ、って……」

「唯火!……ってなによ。ワルイガいるじゃない」

「兄者。無事?」

「ああ。皆来てくれたのか」



 唯火を追ってきた皆が集結。あとは女性陣の力を――――



「私、もう……ぐすっ……お嫁に、いげないん……だぁ、ぐすっ」

「「「…………」」」



 今に至って、このタイミングが最悪なことに気が付く。



「いや……違うぞ?ほんとに」

「やだよぉ……おねぇちゃぁん、ぐすっ……おっぱい触られたぁ……ぅぅっ、たずけてぇ……」



 冤罪とも言い切れない、誤解の中に混じった事実に。



「……まず、話聞いてくれる?」



 強く否定もできず、下手に弁解の席を求める。



「「「…………」」」



 是非とも取れない沈黙の中、


 仰向けに泣きじゃくるローブの女の嗚咽を聞きながら、


 誤解を解くのに一時間ほど費やした。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわークソ女ですね 異種狩りにぼこぼこにされてほしい
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