168話 鬼
辺りに響く衝撃に揺らされる木々。
そこを住処とする鳥たちが驚きに飛び立つ。
その衝撃の中心地。
巨躯の襲撃者、少女めがけて振るわれた容赦の無い圧。
川原で少女が石を積み上げていたその場所は――――
「――――ケガはないか?フユミちゃん」
「兄者っ……!」
間一髪で破壊されずに済んだ。
体と剣を割り込ませることで。
「お前……なんだ?」
襲撃者に背を向けたままその攻撃を剣で受け止めた状態。
握った柄から小刻みに伝わる手応えと、耳に届く金属が擦れ合う音から剣のような得物だろう。こちらの刃に乗せたそれをわずかに押し上げながら、攻撃の意思を発するとともに睨みつける。
(……『竜王殺し』の『威圧』が効かない)
正確には戦意を折るほどの効果を与えられていない。この事実だけでも敵の戦力が垣間見える。
「『白足袋』の連中みたいな雑魚じゃないようだな」
揺さぶりの意味で『白足袋』の名前を出す。
こいつがフユミちゃんを狙う連中の一人なら、利用した相手の名に少しは反応するはずだが。
(……特にリアクションなし、か)
遅れて、襲撃者が巻き上げた土や石のつぶてが頭上と周囲に降り注ぐ。
あらかじめ変形し、フユミちゃんを覆う様に展開した『竜鱗の羽衣』が落下するそれらから彼女を守った。
そんな、ごつごつとした雨音のような騒々しさの中――――
「………面白れぇ」
やけに低い、ぐぐもった声が発せられる。
「目が合っただけで、寒気のするこの妙な重圧」
発生源は無論、襲撃者。
「あの位置からあのタイミングでここまで一足でたどり着く、驚異的な速度」
両の手で握られた得物、踏ん張りの利いた脚。上半身半裸の人の形を成したシルエット。
「こちらの衝撃をすべて周囲へ流す剣技」
それでも尚、ここまで人をかたどった姿でありながら、目の前の存在が『人語』を操るのに僅かな戸惑いが俺の中にあった。
「そして何より――――」
えらく発達した犬歯、深々と眉間に刻まれた皺、その形相。
月明かりの下でも褐色というにはあまりに鮮やかな赤みがかった肌の色。
その存在を象徴するような、一目でそれだと連想に至る部位、
「この『鬼人族』たる俺様が押し切れねぇこの地力よ!!」
額から突き出る二対の角。
そして襲撃者が発した単語、その二つと。
名:ダイギリ
レベル:91
種族:鬼人族
性別:男
MP:4500
攻撃力:3094
防御力:2730
素早さ:2548
知力:819
精神力:1001
器用:10
運:20
状態:
ふつう
称号:
なし
所有スキル:
《鬼人の加護LV.8》
《肉体操作LV.5》
《山神の加護LV.5》
「『鬼人族』……!?」
暴いたステータスでようやく確証に至る。
「ヴ…ごぉおおおあああ!!」
その本性を現したような咆哮。それとともに『鬼』の上腕に異変が起きはじめる。
「ナナシさん!フユミちゃん!」
「うちのマスターに、なにすんのよ!」
不意打ちの襲撃による余波で体勢を崩していた二人がこちらへと駆け寄る。
「気を付けろ二人とも!様子が変だ!」
夜闇を照らす唯火の燃える魔石の弾丸と、朱音の鉛の弾丸の挟撃。
それらが到達する刹那に、上腕の異変は加速。皮膚を突き破るように節の入った棒状のものが出現。
「なっ……!?」
「腕!?」
そう、そこにはなかった腕が二対生えてきたのだ。
その両手を左右にかざし二人の挟撃を防ぐ。
「なんだ。おい?左のは豆鉄砲か?こっちのは……中々面白れぇ。『肉』を集めても皮膚がただれた。下手したら吹き飛んでたかもな」
「こいつ!鎧もつけてもないのに鉄みたいに硬い!」
「魔石が掴まれて……振り切れない、です!」
「――――お?」
意識が二人へと向いた一瞬の隙に、剣を逸らして受け流し敵の刃を川原の地に沈める。
その反動で反転。振り向きざまに黒鉄の裏拳を巨大な太刀の腹へ当てると、
「! 大太刀が砕けやがった!今の全然見えなかったぞ!何したんだ!?あ!?」
どこか嬉々とした様子で喚き散らす。
砕けた太刀の破片が飛び散る中、その破片を避けながら肩口に斬りかかる。
が、
「っとぉ!捕まえたぞ!」
(四つの腕で……)
刃先が食い込んだところで四つ腕が刀身を掴み斬撃を止められる。
「今度は『腕』に膂力を全部集めた!振り切れりゃしねぇぞ……!」
(……なるほどな)
『肉体操作』。
目利きで内容を見てもピンとこなかったが、こいつのセリフとこの馬鹿力で大体特性が分かった。
(『虚空打』)
「ぐっ!なんだ、飛び道具……!?」
力負けすると判断し即座に剣を手放すと、敵の眉間めがけて牽制の『虚空打』を放つ。
「……あ?消え―――」
力負けしたとして特段気にすることもない。
(奪い返せない膂力だろうが俺には関係ない)
展開した羽衣を縮小、操作しハルミちゃんへと装備。
打撃により跳ね上がった首と瞬きが作りだす隙に直上への跳躍と、虚空を蹴る『無空歩行』で巨躯の頭上を取る。
頂点に達し、自重落下のまま体をひねり反転しながら『隔絶空間』を発動。
「剣が……!?」
四つ腕で握りしめていた剣は、既に空中で斬撃を放つ初動に入ったこちらの手中へと収まり。
「がッ!?上、だと!?」
落ちながら、生えてきた両腕を斬り飛ばす。
主から離れ宙を舞う腕を見ながら、
「すげぇ!何が起きてるのかわからねぇ!!」
やはり嬉々とした様子で、
「ぅらあっ!!」
怯むことなく、先ほどよりも肥大した右腕を振り向きざまに繰り出す。
だがその動作はあまりに緩慢で、見切るのは容易く、そして強い威を孕んだ分――――
「お、ぉぉ、おおぉおっ!?」
流し、掴み、その巨躯を投げ飛ばすのも容易かった。
自らの腕力の惰性、重心の崩れ、諸々の力ごと川原を跳ね向こう岸へと転がる。
「二人とも。フユミちゃんを頼む」
そして、フユミちゃんとの距離も空けさせた。
技の余波をその身に浴びさせずに済む――――
『高速走法』
『洞観視』
『弱点直感』
『弱点特攻』
『型無の体』
スキルの進化により訪れる、合わせ技の変化。
試したことはないが、体がそれを知っている。発動の初動で理解する。
『高速走法』の速力で放つ、超速の『崩拳』。
「くっそ。小さいくせに――――」
「『瞬押・箭疾歩』……!」
敷き詰められた川原の石を蹴り散らし、流れる水流を切り裂き、瞬く間に詰めた間合い。
急所、鳩尾へと沈む拳。
その勢い、疾走は――――
「ご、はっ……!!?」
『鬼人族』の図体を巨大な岩塊に叩き付け、
臓器を守る骨格、肉を潰し、その先の背にした岩肌が砕け散るに至るまで止まることはなかった。
「……反動は、無し」
細かく砕けた破片と石の粉が、力なく首を垂れる『鬼人族』の襲撃者に降り積もるのを見ながら、拳の感覚を確かめる。
素手で放った技だったがほとんど反動は感じられない。進化したスキルで放つのは初めてだったので多少の懸念はあったが、肉体の強度がかなり上がったということだろう。
「皆!もう大丈夫だ!動きは止まった!こっちに来てくれるか?」
とはいえ殺してはいない。素手の右腕で殴ったし、なによりそれだけこいつは頑丈だ。
「……こいつ」
後ろで、こちらの岸に飛び渡る唯火たちの足音を聞きながら。
目の前の『鬼人族』の体に訪れる異変。
「……やけに、縮んだな」
先程上腕から腕を生やした時のような兆候が全身に起きると、
巨躯の体は俺とそう変わらない体格までに縮小し、意識を失い熟睡するようなその表情は、俺よりも幼く感じた。




