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167話 夜の山道

「一気に雰囲気が変わるもんだな」

「そうですね。マイナスイオンって感じです」


 木々に囲まれ、落ち葉が積もるアスファルトを歩く。

 車道の中央付近まで葉が蓄積しているのを見るに、しばらくこの道は人通りがないのだろう。


(ということは、このルートは『交錯の里(シェルター)』からは遠い位置にあるのかもな)


 こんな山奥の、今や電気すら通っていない場所で異種族だけが身を寄せ合うという集落を維持できるとも思えない。

 農耕生活で食いつないでいる可能性もあるが、流石に半年かそれ以下の数か月でどうにかなるものでもない。狩猟の選択肢もあるけど、このご時世そこまで野生動物が多いわけでもないだろう。

 だから、里を維持するには人里に降りて物資を調達しなければならないはずだ。


「あ。リス!」

「えっ?どこどこ?」

「……愛くるしいの」


 峠道に入る前の幽霊騒ぎも通り過ぎたようで、和やかな雰囲気で順調に道を進む三人の背中を見る。


(急かすようなことを言うのも無粋だな)


 緊張は必要だ。フユミちゃんを追い、もしかしたら殺害を企てている連中から彼女を守らなくてはならない。だけど、根を詰めすぎて精神が蝕まれてしまってはそれは敵の策に堕ちたも同然。

 皆の憂いが少ない方がいいに決まっている。その上で笑っていられるのが完全な守護。


「ナナシさん、見てください!青い綺麗な鳥が!」

「あれはカワセミだな……水辺にいるような鳥のはずだけど」

「兄者、博識」

「へー…じゃあ川が近いってこと?」


 俺が気を張り巡らせておけば十分だ。『職業(ジョブ)』や『スキル』は、きっとこういうことのために使うために得てきた力だ。


「そう遠くはないかもな。そろそろ一気に暗くなるから、道を外れてキャンプ地を決めてもいいかもな」

「結構上ってきましたからね。わかりました」

「朱音。これはどうやったら明かりがつくのだ?」

「それはですね……」


 峠道を囲む木々の隙間から、沈みゆく陽。視界の端から影が侵食してゆくのを見ながら、それに比例する様に感覚を研ぎ澄ませていく。




 ::::::::




「さ、さすがに雰囲気あるわね……」

「空はまだ少し明るい気がするのに、山の中はまるで別の世界です……」

「逢魔が時、というやつだの」

「そ、それって、幽霊とかなんか出やすくなる時間帯的なやつですか?」

「黄昏時から夜にかわる、という意味合いで言ったのだが……」


 妙な視界の悪さと、静けさの中に紛れ込む木々のざわめきが不気味な雰囲気を漂わせている。

 その空気のせいもあって、オフになっていたビビりスイッチが再び押されたようだ。


 その時、攻撃の気配を後方に感知。共に上がる茂みを掻くような音。


「「~~~ッ!?」」

「兄者…」

(距離、5メートル内。有効範囲だ)


 向けられた攻撃の意思にこちらも同じそれで返すと。


「ブギィ!?」

「……ただのイノシシだな」


『竜王殺し』の『威圧』にあてられたようで、怯えたように一鳴きすると気配が遠ざかっていった。

 三人を振り返ると、変わらない様子のフユミちゃんと、互いの口を押えあっている唯火と朱音。

 何をどうしたらそうなるのか。


(しかし、野生動物ってのは存外気配を探りずらい)


 思った以上に接近されていた。この山は彼らの庭であり家、向こうに一日の長があるということか。


(ま。動物の敵意にも『スキル』が有効なことが改めてわかったから良しとするか)




 ::::::::




「……水の音だ」


 すっかり日は落ちLEDランタンの光源だけを頼りに木々をかき分け進むと、研ぎ澄ました聴力が川のせせらぎを近くに聞き取る。


「やっと開けたところに出てきたぁ~」

「月明かりが差し込んで明るいですね」


 周囲を木々に囲まれているのに思いのほか閉塞感を感じていたのか、朱音は窮屈さから解放されたように体を伸ばす。


「今日はここでキャンプにしようか」

「ん。了解」


隔絶空間(かくぜつくうかん)』から畳まれたテント、椅子、寝袋を取り出していく。

 MPも7割方回復したから問題なく使える。


「あ。ナナシさん、食事の準備もしちゃいますので私の荷物も出してもらっていいですか?」

「ほい」


 ありがとうございます、というと。パンパンに詰まったバックパックの中からテキパキと準備に取り掛かる。そこに朱音とフユミちゃんの二人も加わるのを見届けると。


(……炭の跡。誰かがここで俺たちの様に?)


 テントを張る場所を見繕っていると気になる痕跡を見つけた。


(多分、割と新しい。昨日今日ではないけど……)


 フユミちゃんを狙う連中ではない、と思いたい。先回りにしたって呑気に焚火をするとも思えない。


(『交錯の里』に身を置く『異種族』の人たちか?)


 川の魚かなんかを採りに来ていた、とか。であれば里がそう遠くない場所にあるという希望が持てるが。


「……ん?」


 痕跡を調べていると、数キロは離れていそうな距離から騒々しい物音が聞こえる。

 自然の物音が混在する山の中、通常であればそんな距離の物音だけを聞き取ることなどできないが。


「こっちに向かってきている……?」


 明らかにこちらへと近づきつつある物音。それは潜む気など皆無な何者かの。

 複数の生物の足音。


 その中でも、ひと際大きく速い、足音を率いる足音。

 それが遠くに見える川の上流、小さな滝付近まで差し掛かると。


「?ナナシさん、何ですか?今の音」


 地を鳴らす鈍い音と、水を叩く音が山中に響き、唯火たちもそれを聞く。



「――――逃げろ!」



 その音の正体は、跳躍。

 意思を持ってこちらへと向かっていた存在が、大きな影が宙高く跳んだ。月明かりを背にある一点へと落ちてゆく影。


 その落下地点には―――



「マスター!!」

「フユミちゃん!!」



 かまどを組んでいたフユミちゃんがいた。


「えっ……?」


 その場所へと降り立つ質量、振り下ろされた長物。

 それらの生む衝撃が川原の湿気った土と丸石を巻き上げ、

 山の木々を揺らした。

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