166話 山への入り口
「大分人気が無くなってきたな」
ファミレスでの食事を終え空腹を満たすと、軽い足取りで『交錯の里』への道を再び進む。
人混みはなくなり、道行く人もまばらになっていってから、田畑がちらほらと見える見通しの良い開けた道を意識して歩いた。
無論敵を探知しやすくするために。
「フユミちゃん、疲れてない?」
「大丈夫」
徒歩での移動で心配だったフユミちゃんの疲労も今のところ大丈夫なようだ。
ステータスの発現したその身にとって多少距離があろうと平地を歩くことは苦ではないということだろう。
「……みんな。そろそろ道が険しくなりそうだ」
西日が差す中、徐々に周囲の影が濃くなる。
木々が見えはじめ空気も街にいた時より冷たく澄んだものに変化していっていた。
そんな中、ぽっかりと口を開けたように峠道への入口の前に四人は立つ。
「ここが『交錯の里』があるはずの山々への入り口で、舗装されている唯一の道だ」
最も、それも道半ばまでだが。
最終的には入山しさらに険しい山道を進まなければ『交錯の里』は見つからないだろう。
「今はまだ日が出てますけど、街灯がないと夜は真っ暗ですね」
正確にはこの峠道にも街灯がないわけではないが、肝心の光を灯すことはない。
朱音曰、この世界で限られた電力はこういった郊外の場所には回されないとの事だ。ましてこんな辺鄙な峠道の街灯に『魔導燃料』を導入する手間を裂くメリットもない。
「明かりは持ってきてるけど……どうするの?」
目の前の木々が茂り始める峠道は、その入り口を境に西日が照らすこちら側とは対照的に薄暗く、一層空気が冷えているような気配。
まるで異界への入り口のような雰囲気だ。
「そうだな…今のところは敵の視線も気配も感じられない」
朱音の問いは、山道への入り口になる峠道を暗闇が濃くなる中進むのか。その前に一晩を越し明朝明るい中先に進むのか。その2択を投げかけたのだろう。
「じゃあ、一度野宿でまた明日?」
「いや。だからこそ、進む。ここらは見通しが良い分敵を見つけやすいけど、それはあっちも同じだ。留まるなら進んだ方がいい」
敵に悟られないうちに山の木々に紛れてしまえばそう簡単に見つからないはずだ。
それに確かこの山は水源が豊富で開けた川原が何か所もあった筈。野宿するにはうってつけのロケーションだ。
「ここから先は野生の獣、もしかしたら湧いたままのモンスターもいるかもしれない」
『隔絶空間』を開き、目立つ事から仕舞っていたガントレットを装備しながら。
ちなみにファミレスでの休息と食事のおかげでMPも1/3程度まで回復した。
唯火の食いしん坊とMPの繋がりもあながち無関係ではないのかもしれない。
「皆も、装備を整えておいてくれ」
荷物を取り出すとそれぞれに支度を整える。用心のために変装はそのまま。
「フユミちゃんは登山用の靴に履き替えようか」
「ありがとう。姉者」
「用意できたのはマスターのサイズだけだけど…登山用の靴なんて必要なの?」
「山を舐めてると痛い目見るぞ」
いくらレベルの上昇で身体能力が上がろうと相手は自然で俺たちは所詮人間。ましてどこにあるかもわからない場所を、この広大な山々で捜し歩かなきゃならないんだ。
どんなしっぺ返しを食らっても不思議ではない。
人数分取り出したLEDランタンを検め、皆に渡しながら朱音にくぎを刺す。
「用心深いわね。ま、頼りにしてるわ」
「暗い道でこんなに明るいの点けてたら目立ちません?」
「心配ない。この山の杉の群生はかなり濃い。同じ標高でよほど近づかなきゃ見えやしないし、その範囲に入る前に気配は感知できる。その分、道にも迷いやすいだろうけど」
『隔絶空間』を閉じると忠告の様に
「「それって大丈夫なの…?」」
ここに来て女子二人の顔に僅かな陰りが見える。
「大丈夫だよ。いざとなったら空に飛んで場所は確認できる」
普通なら遭難した山の木々より高い景色を人間が望むことはまず無理だろうが、今の俺には『無空歩行』がある。
というかそれ抜きでも俺や、『魔添』で強化した唯火の身体能力なら十分に可能な行動だ。
「いえ…そうではなくて」
「や、山って、でるっていうじゃん」
「……野生動物か?」
「「霊、的な……」」
そういえばここまでの道中警戒を切らさずも、街とは違った久々の風景に皆少なからず浮足立った様子で談笑しながら歩いていた。
その話の中でそんな会話もしていた気がする。
たしか、事の発端は道端に地蔵が収められた祠を見かけた時―――
『朱音。姉者。道端に祀られている者に迂闊に手を合わせてはいけない』
縁が繋がってしまうから、と。
その意味深なセリフを皮切りに怖いもの見たさで何やら怪談大会のようなものをしていた。
(最初は、唯火も朱音も大丈夫そうだったんだけど……)
主な語り部はフユミちゃん。俺たちよりも長い年月を生きてきた彼女のその経験値は流石なもので、実体験や伝承、都市伝説に至るものからそれはもういろんな引き出しから生々しい怪談が飛び出す飛び出す。
しかも、フユミちゃん独特の幼いながらも余り抑揚のない語りが妙な不気味さを醸し出していて、日が高い中でも二人は恐怖に負けたのか、途中で無理やり話題を変えたくらいだ。
(あれで日和ったか…)
とはいえ、居るかどうかもわからない存在のために進退を決めるわけにもいかない。
もし居たとして、目に見える霊より、目に見えない追手の方が厄介だ。
そういう幽体のモンスターがいるのなら話は別だが。
「というか、唯火は『屍人迷宮』でも平気だっただろ?そういうの」
人の形を成し、血色は青白く、体の一部は欠損や腐敗が進んで嫌悪感を催すうめき声で徘徊するモンスター。有体に言えばゾンビ映画のそれだ。
「そういうのはいいんです!殴って蹴れば倒せるので」
「あ。あたしはそういうの無理」
「お前は拳銃持ってるだろ…」
片や唯火は無手で倒すと言い。映画などではゾンビに有効な攻撃手段である拳銃を所持する朱音は無理だという。
ある意味対照的な二人だった。
「二人とも。心配することはない。フユがついてる」
意図的かは分からないが二人のビビりスイッチを押したフユミちゃんが言う。
「ふ、フユミちゃん。気持ちは嬉しいけど…」
「二人とも。なぜフユはあんなにも怪談話を知っていたと思う?」
「え?えーっと……な、長年の経験。で、すか?」
かなり気遣った言い回しで答える朱音に。
「まぁ、そう。長年それらを見てきた」
「「「見てきた?」」」
彼女の言葉に俺も共々疑問符を重ね。
「フユとハルの家は代々『霊媒師』の家系だった。この体になってその力は弱まっているけど、見る分には問題ない」
「……え。マジ物の霊能力者?」
「マジ物の」
こくんと頷いて肯定する少女の言葉に。
「あー……『反魂再生』を使える職業の話かな?それとも、もう一つの?」
「違う。家が代々そうだと言った」
なるほど。ステータスが出現する前からそうだったと。
まぁ、散々自分自身いろんな異能を身に着けて今更『霊能力』だけ信じないというのも妙な話ではあるが、どうにも拭いきれない先入観が素直に受け入れるのを妨げていた。
「ちょっと、あんた『目利き』でマスターのステータス見てるんでしょ?どうなのよ!?」
「落ち着け。ていうかお前は聞いてなかったのか?」
「初耳よ!どれよりどうなの?ステータスは!」
「何か手掛かりになりそうなこと載ってないんですか?」
だから本人の目の前で三人そろってヒソヒソ話をしても仕方がないと思う。
「いや…実はそれがな――――」
「…朱音。昔ペットを飼っていたな?」
「え?は、はぁ」
俺が言い終わる前に、フユミちゃんは唐突に言い出す。
「猫。変わったブチ柄。額には星形の…六芒星のような模様がついてる」
「え!?」
「なんだか、顔を洗うのが下手だの」
「なんで星ちゃんのこと知って!?」
次にフユミちゃんは唯火を見ると。
「姉者は、犬か。可愛らしいの。狸のような……ポメ……何とかいうんだったか」
「フユミちゃん、なんでそれを……?」
「オスか。小さいというのにお盛んだの」
「た、確かに。末吉はお散歩の時メスのワンちゃん見かけるとオイタしてたけど…え、なんで分かるの?」
二人とも最後まで大事に看取ったんだの。とフユミちゃんが言うと、唯火と朱音を顔を見合わせ。
「「ほ、本物!」」
「うむ」
と。得意げに頷いた。
守護霊という奴が見えているんだろうか?
「兄者は――――」
「おいおい。もう信じたよ」
二人の時同様に俺の肩辺りを注視すると、
「――――言わぬほうがいいかもしれない」
「え?どうしたんですか?マスター」
「そんな言い方気になっちゃうよ、フユミちゃん」
何故か言いよどむフユミちゃんと、当人よりも食いつく二人。
「……毛は、黒い。後ろはそこまで長くないが前が長い」
「「それから?」」
「目も…黒い。真っ黒」
「……」
黒猫か?そんな思い出深くかかわった覚えもないが……
「兄者にすり寄るように、随分と親しげな様子。両肩にもたれかかってる」
「う~ん……?」
「何よ薄情ね、昔飼ってたペットの事も思い出せないの?」
「顔はかなり整ってる。体つきも相当なもの」
「ナナシさん、トリミングとかしっかりしてあげてそうですもんね」
「服は、ワンピース」
「……随分と解釈が広いな」
犬猫に着せる服は大体ワンピース同様つなぎ状だ。
というか増々心当たりがないんだが。
「肌は真っ白。文字通り生気がない」
「そんな短くトリミングしてたんですか?」
「……いや」
これは、どうも……
「今、力を込めて肩に指を食い込ませてる」
「「……指?」」
「何本だ?」
「? 五本と五本で十本」
「「「……」」」
二人が息を呑むのが伝わってくる。
「フユミちゃん。それは―――」
「「さぁ出発しましょう!」」
「……ん」
先を急ぐのをダシに会話をぶった切る二人。
固い動きで手をつなぎながら峠道へと入っていく背中をフユミちゃんは追いかける。
「兄者。早く行こう」
「あ、ああ」
立ち止まる俺を振り返り急かしながら、その視線はこちらの後方に向けられているのが印象的だった。
浅い位置で輝く西日が影を伸ばし、
夜の帳は、加速度的に下りてゆく。
霊の話は、本編に深く絡む要素ではないです。
雰囲気を出したかっただけ説。




