165話 街並み
「しかし、平和だな」
朱音の大声で民衆の注目を集めてしまいそそくさとその場から逃げるように離れ、歩道を四人で歩く。
目に映る街並みは、数日前まで竜種が闊歩していたのが無かったかのように普通で平和だ。
今でこそここら一帯には、もうモンスターが出現しないわけだが・・・・
「結構な事じゃない」
「そうなんだけど・・・・危機感が薄いというか」
よく見てみれば、どこかのギルドに所属しているのか、明らかに雰囲気が殺気立っている人や武器を隠しもせずに持ち歩いている者もいる。
それでも、圧倒的になんというか・・・・堅気の人間が街の道ゆく人の大半を占めていて、その割そういった物騒ないで立ちの者たちを気にした様子もない。
なんだか、俺にはひどくアンバランスな光景に見えた。
「まぁ言いたいことは分かるけどね・・・・」
駅に母竜の眷属が溢れかえった時の朱音の話では、子連れが襲われそうになっていたという。
あの時はあちこちで毎日一度、竜種が出現するというのは皆分かっていたはずだ。それだというのに自粛するような素振りは一切見られなかった。
「兄者。『回帰勢』・・・・彼らには何を解こうとしても無駄。それが、ギルドに身を置く人間の共通意識。『探求勢』にとってもそう・・・・それが、多くの争いの末に生まれた答えの一つ」
フユミちゃんが『力』を使い続けていた日々を思っているのだろう。見た目の幼さからは計り知れないものをその目で見ているような気がした。
「でも、居なくなられたら困る。だから助ける。そこに人道的な感情もあれば、利用する打算的な考えもある。どっちを取るにしてもその人の自由」
前者を取り、自らの存在そのものを削ってきた彼女の言葉は、やはり重かった。
::::::::
「驚いたな。あれだけ街が損壊していたのに、もうほとんど復旧してる」
「そりゃそうよ。後始末に関しては『探求勢』連中は一級品よ。備品も人材も揃ってるしね」
「一週間くらいでここまで直るものなんですね」
道中で、俺がアトラゥスと戦った区画へと足を踏み入れていた。
そこら中に刻まれているはずの戦いの爪痕は、今もところどころで行われている修繕作業により、ほぼ戦い前と変わらぬ街並みを取り戻していた。
あの生きた心地のしない時間が今ではウソのようだ。
「倒壊したビルの瓦礫なんかも撤去されて、もう新しく着工してる」
「・・・ビルが無くなったのってウチだけじゃないの?」
「ああ。いや、戦ってる時にアトラゥスがな・・・」
嵐のような礫の弾丸によりビルを倒壊させたことを説明する。
「そういえば、戻ろうとした時すごい音で建物が崩れるのが見えた気がします・・・・よ、よく無事でしたね」
「ほんと、呆れたしぶとさ」
随分な言いようだった。
「・・・でも、『黒粛』の発動中心地が、この密集地帯じゃなかったのは不幸中の幸いだった」
周囲を囲むビル群に目を向け見上げながらフユミちゃんは言う、それには俺も同感だった。
ユニオンのアジトがあった土地は緑地帯と駐車場に囲まれていて隣接する建物はない。だからこそ、ヒュドラの召喚も大事にはならなかった。
そして、その広い土地を丸々消滅させるほどの威力を『黒粛』の残滓は有していた。
「そうですね・・・良かった、とまでは言えませんが被害は最小限で済みました」
今しがた発った場所に思いをはせて複雑な表情で肯定する朱音。
「もうホームシックか?」
「そんなわけないでしょ」
「寂しければフユに甘えるといい。こう見えて朱音よりも年上だ」
「マ、マスターまで・・・・」
フユミちゃんが見た目にそぐわぬ母性的なことを言う。
いや、実年齢的に言うと『母』というより『祖母』か?
「・・・・兄者。何か失礼なこと考えてる?」
どちらにしても、年月で培った女の感は鋭いようだった。
「・・・・ん?」
ふと、道の端を行く重機を眺めているとどこか違和感を感じる。
「・・・・あ。排ガスが出てないのか」
「ん?どうしたの?」
感じた違和感の旨を朱音につたえる。
「そりゃ燃料に『魔石』を使っているんだから当然よ」
「・・・あぁ、何度か聞いたことがある。『魔導燃料』だったか?」
初めて聞いたのは、唯火に『小鬼迷宮』で魔石の価値を教えてもらったときか。その後は、聖夜が使っていた魔石を使った無線機の説明を受けた時ぐらいだな。
「流石に国側の組織だけあって、こんな希少そうな代物を持っているんだな」
「んー。珍しいに違いはないけど、あの重機そのものは別に希少とかそんなことないわよ?」
「そうなのか?聖夜が見張りの連絡手段に使っていた無線機はかなり珍しいものだと言っていたけど」
『探求勢』である久我達でさえ持っていなかったものを所持しているのに感心したのを憶えている。
「まぁ、あれはね。魔石主の特性を利用したレアだけど。あの重機はただ魔石を燃料に動いてるだけだから」
「ふむ・・・・そういうものか」
「ギルドで使ってた車も『魔導燃料』よ」
そうだったのか。
ギルドでも所持できるほど普及しているようだ。魔石などの未知の資源が出現してたったの半年程で信じられない順応力だな。
「といっても、そこら中にあるわけでもないけどね。いきなり全てを取り換えるなんてできないし、ガソリンとか。いろんな資源が混在しているのよ」
「・・・・ステータスの発現と共にそういった技術に精通する『職業』を獲得した者も大勢いる。元あった技術と新たな技術は親和性がよいらしく、既存の資源を未知の資源に変換するのは容易かったと聞いてる」
朱音の話を補足する様にフユミちゃんは言う。
確かに、公園にいた吉田さん達も未知であるはずの魔石から『ミスリル』という素材に生成し、『ミスリルガントレット』に加工したりその見識も深かった。
まるで以前からその分野に精通していたかのように。
「そして、その技術を持つ者の大部分が、以前より国お抱えの研究者であることが多かった。だから必然と『探求勢』と呼ばれる側に彼らは身を置く・・・・そういった面も、争いの火種になったのかもしれんの」
国が国民をないがしろにし、何かを独占しようとしている。
そんな漠然とした不満もあったのかもしれない。
「ま。要するに、『探求勢』は技術を持ってる。『攻略勢』は資源を集める頭数が揃ってる。winwinってやつよ。使われてる感は否めないけど」
「なるほどな」
::::::::
「――――なんだか懐かしいな」
アトラゥスとの戦いの地を抜け4駅ほど歩いた所。郊外へと続く道で徐々に建物の密度が減り空が広く感じる場所に。
「病院、ですか?」
「・・・なに?病院で働いてたの?」
「兄者。お医者さん?高給取り」
「違くて」
流石に医師免許は持ってやしない。確か保健師は持ってたか。
白い清潔感のある外壁を見上げる。
「半年前、自・・・事故で意識不明の状態でここに運ばれてその半年後、ここで目が覚めたんだ」
危うく飛び出しかけた単語を言い換えながら言う。
「ここが、そうなんですね」
「ま。それだけなんだけどな」
どうにもそれからの日々が濃すぎて、大した日数も経っていないのに懐かしんでしまう。
ただそこに建っているこの光景が、世界が変わる前と何ら変わらない光景だからだろう。
「なに?ホームシック、ですか?」
「病院でか」
さっきの意趣返しか、かけた伊達メガネをつまみながら悪戯っぽい含み笑いでこちらを覗き込む朱音。
「そういえば、ナナシさんのご両親は・・・?」
ホームシックから連想したのだろうか。唯火のそんな問いに、
「もう、随分と前に亡くなってるよ」
「あ、す、すみません。そんな話、したことなかったのでつい・・・」
「気にするな。言ったろ?随分と前だって」
それを言えば唯火に関してもそのような話をしたことはないのだが、あまり根掘り葉掘り聞く気もない。
「じゃあ、兄者は身寄りがないの?」
「ん?いや――――――」
年の功(?)か、デリケートな内容ながらも躊躇ない問いかけに返答しようとすると、
「「「・・・・」」」
閑静な区画に、くぐもった唸り声のような音が小さく響く。
決して大きくはないが、たまたま言葉の継ぎ目に割り込むようなタイミングだったのでよく通った。
「「・・・・」」
俺とフユミちゃんは以前の記憶から唯火を振り返る。
ハルミちゃんの時もこんなことがあった。
「い、今のは私じゃ――――」
「ごめん・・・・今の、あたし」
観念する様に挙手する朱音。
「・・・・昼時だし、そこで少し休憩しようか」
ちょうどよくあったファミレスを指さし提案した。
路銀も響さんから渡されているし、街の道端で煮炊きすることもないだろう。
急ぐ道ではあるけど根を詰めすぎても消耗するだけだ。
多分俺のMPの回復も、食事を伴う休息をとることで加速するはずだし。
「気にするな。朱音。育ち盛りの時分だ」
「は、はい・・・」
「だ、大丈夫だよ朱音ちゃん!私、外には聞こえてなかったけどずっとお腹鳴ってたから」
女性陣のフォローし合う会話を聞きながら、入店のベルを鳴らした。




