163話 道程の一歩
「ここまでくればもう大丈夫だよ」
フユミちゃんを連れて朱音ちゃん達が待機するクレーターの淵へと後退する。
「マスター!どこに行ってたんですか!?」
「心配ない。少し様子を見に行ってただけ」
「様子って、あんな化け物がいるんですよ!?ここはナナシ君に任せましょう」
「ん。済まない・・・・姉者もありがとう」
多分礼を言うのは私の方なのだろう。
あのまま留まっていればナナシさんの足枷になっていたかもしれない。
こういう察しの良さを見ると、この子が私よりも長い時を生きているのだと実感する。
「姉者。心配いらない」
そして今の私の心境も見透かされているのだろう。
「兄者は、何処にでも行けるし、何処にもいかない」
「・・・・」
幼い口から発せられる謎かけのような言葉に返す言葉はなく。
自身の胸の内を分析する。
竜が召喚される前、彼がメンバーの窮地に駆けつけた時に抱いた輪郭のぼやけたモヤモヤ。
彼が危険な賭けに身を投じるのを引き留めるに駆られた原因。
面倒な女だ。
「兄者は、あの人は誰かのために力を使う。誰かのために戦いに身を置く」
そう、彼はいつだってそうだ。
「だから、誰かのために戦い続けるあの人の傍には。あの人のために戦う誰かが必要。絶対に」
言わんとしていることは理解できる。
フユミちゃんがそうで在りたいと思う様に、私もそう在りたいと願わずにはいられない。
彼が『それまで見守る』、と約束してくれた時私は嬉しさと同時に僅かな焦りを感じた。それは今も常に私の中にあって足音となって聞こえてくるような錯覚さえある。
いつも私はそんな『今のままでは』という焦りに支配されている。
「『約束』をするということは、片側からの一方的な契約じゃない。それは互いに課し合う『誓い』」
大人びた言葉、考え。
外見とのアンバランスさなど些末なことで、その言葉には重みがあり。
「難しいことじゃなくて、立てた『誓い』に反しないように頑張るだけ。互いに」
抵抗なくその意見を受け入れられた。
「フユミちゃんは強いね」
言ってから、『屍人迷宮』でもハルミちゃんに同じ言葉を言ったことを思い出し懐かしくなる。
「約束してくれたから」
フユミちゃんには珍しい満面の笑みを浮かべ。
「もうフユの大事な人を誰も死なせないって」
その眩しさに目を背けるように、竜と一触即発の火花を散らす彼の背中へと向き直った。
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(【次元掌握者】。スキル『現象転移』)
腰溜めの構えから、大きく弧を描く横薙ぎの一閃。
四肢、剣、すべての間合いから遠く離れた座標から放ち、そこに成るのは『斬る』という結果のみ。
さらにその解釈を、次元を掌握せし今、俺自身の意思で自在に観測できる。
つまりは――――
剣閃を広域に伸ばし任意の座標に現出させる、理を無視した一閃。
「『次元斬・一重』」
口にするとともに剣閃を薙ぐ。
同時に。
目に映る眼前の竜、数多の首、伸びる中程の位置。
「「「カ・・・ッ!!?」」」
竜鱗に守られ束ね連なるその急所、その空間ごと―――
「「「ナニ、ガ・・・!?」」」
断裂。
景色の一部が、極小の世界の一部が斬り裂かれ空間のズレが生じたような錯覚。
そう目に映るほど、ヒュドラの22本の首は、
「・・・・うまくいったな」
その動きを同調させ滑るように落ちた。
全ての首が驚愕に目を見開かせながら。
そして――――
「―――どうやら、正解みたいだったな」
断面から血しぶきを噴出しながら胴は地に堕ち、黒い塵となり自壊を始める。
その光景に安堵の息を漏らした。
先の唯火の懸念、それを回避できた結果に。
「・・・・ダンジョン内にいるモンスター。いや、『王』の死に際と同じ反応だな。死後消滅していく」
先日まで倒してきた竜種は目の前の死体の様に消滅していくことなんてなかったが・・・・
「――――――それに、システムの声も聞こえない」
風に散るように完全に跡形もなく消えた今も、経験値を取得した等のシステムの声が響くことはなかった。
『魔牢石』から召喚されたモンスターは、何かほかのモンスターとは違うのだろうか?
「・・・・ステータス」
今考えても恐らく答えなどでない疑問。それに割く時間を惜しみ、思考を切り替える。
ステータスを開き俺が負ったリスク、懸念の正体を再確認するために、ある一部の数値を注視。
《MP:60/2200》
「当然、『MP切れ』寸前だよな・・・・」
そう、これが唯火も懸念していた現象。MPの消耗。
今回ヒュドラとの戦闘では新しいスキルを駆使して戦っていた。
『無空歩行』、これは空を蹴るたびにMPが40持っていかれる。この戦闘で使用した回数は7回、つまり280のMP消費。
『隔絶空間』、開いて閉じてでMPを20持っていかれる。使用回数は3回。60の消費。
そして、『現象転移』。
先の様に斬撃という現象そのものを任意の座標に現出させるスキル。
今しがたヒュドラの首を根こそぎ斬り飛ばした『次元斬・一重』の様に、範囲を延長させてもさせなくても発動一回ごとに――――
「やっぱり、一度に1800はキツイな・・・」
大きな対価が必要となる。
その効果は目の前の消えゆく竜を見れば絶大なものだが、いかんせん制約が大きすぎる。
切り札ともいうべきスキルだ。
『小鬼迷宮』で聖夜を救出した時もこの力で無数のゴブリン達を一掃した。
もっとも――――
「俺も唯火くらいにMPの総量があればな」
放てる状態でなければ意味がない。彼女の様にMPの総量が多ければ、とどうしても思ってしまう。
アトラゥスとの戦いで魔力が発現後、初めてステータス画面でMPを確認した時はがっかりもしたし。
言っては何だが倍近くレベル差のある朱音よりも、どういうわけか俺の方がMP総量が低い。
「手札はあるけど、自分のポテンシャルのせいでうまく扱えない、か」
いかにも『器用貧乏』らしい皮肉だ。
「はぁ・・・ま。この系統のスキルとはうまく付き合っていくしかないか」
自分でも久々に連想された四字熟語にため息を吐きながら剣を鞘に納めると。
「ほっ」
唯火たちが待つ方へ跳躍、そしてさらに残り少ないMPを使って空を蹴り更に高度を上げる。
見晴らしの良い街の景色に目をやりながら、
「ナナシさん!」
皆が待つ場所へと着地。
「よかった・・・読みが当たったみたいですね」
「兄者。お疲れさま」
「あんな化け物相手にあんた無傷なの?空まで飛びだして、極めつけは最後のあれ・・・いよいよ化け物じみてきたわね」
「失礼だけど・・・僕も同感だ」
「出立前だというのにまた手間をかけたね。ナナシ君」
それぞれ言葉を受け取る。
「しかしまさか、『白足袋』があんな化け物を用意していたとは・・・それに自ら喰われるなんて」
敵対はしていたが、無残な彼らの最期に響さんも同情したのだろう。
馬鹿者が、と言いながら苦い顔をした。
「・・・・響さん。あいつらが武器を仕入れてたルートは知っていますか?」
「ルート、かね?いや、それは把握していないな。『探求勢』との取引でも武器のやり取りはあるにはあるが、あのモンスターを呼び出したような石などを扱っているのは見たこともない。確かにあんな危険なものどこで手に入れたのやら・・・」
「それなんですが、多分フユミちゃんを狙っている連中と関係しているかもしれないです」
全員に向けて言う、それからフユミちゃんと目が合い。
「フユは大丈夫。続けて」
「・・・ヒュドラ。さっきの竜と戦っている時、ずっと異質な視線を感じていた。間違いなく誰かが俺たちを監視していたんだ」
ここに戻る時わざわざ高く飛び、辺りを見渡したのは視線の主を探るためだ。
「誰だったのかは結局見つけられなかったけど。このタイミングでの『白足袋』の介入」
「その何者かがあの人たちを利用して、ヒュドラを呼び出した。ってことですか」
「それって、そいつらの目的は・・・」
ヒュドラの強さから考えるに、フユミちゃんの殺害。
朱音は途中で言葉を切ったが、彼女もそう言おうとしたのだろう。
「最終的な目的が何であれ、フユミちゃんを守る。変らないさ」
「ですね」
「兄者、姉者。ありがとう」
俺たちの意思も、目的地も、依然として変わることはない。
「だが、ナナシ君。君は戦いの消耗を否めないだろう?出発を見送った方がいいのではないか?」
「そうかもしれないね。回復を待って後日―――」
「いや。出発は変わらず今日。今だ」
二人の心配はありがたかったが、その気遣いを断り。
「あんな怪物、そうそう用意できるとも思えない。それを倒された今敵は相当慎重になっているはず。策を練らせる間を空けたくない」
ただでさえ見えない敵相手。
ヒュドラという大胆な一手を潰した今恐らく体勢は崩せたはずだ。こちらへの警戒心で手をこまねいているうちに『交錯の里』への足を急いだ方が得策。
「そう、か・・・・わかった。君が言うなら間違いないのだろう・・・マスターを頼む」
「はい」
響さんに答えると。
その場で唯火たちにお披露目しそびれた『隔絶空間』を開く。
「とまぁ、今から出発だ。皆、今すぐ必要ない手荷物はこの中に放り投げてくれ」
「ぅわ!?ちょ、なにこれワルイガ!?」
「あ。ここにナナシさんの荷物を入れてたんですね?」
「便利だろ?あ、でもこれでちょうどMPが底を尽きるから装備はそのまま身に着けていてくれ」
時間経過で徐々に回復はしていくが睡眠無しでは何時間もかかるだろうし、MPを回復するという『MP回復薬』も持ち合わせていないしな。
「マスターにこの中にいてもらえば安全なんじゃない?」
「それは何か、かわいそうな気がするけど・・・・」
「・・・・」
「安心しろフユミちゃん。生物は収容できないから」
「ほっ・・・・」
・・・・・
「こんなところか。閉じるけど、忘れ物はないな?」
「大丈夫です」
「問題なし」
「ん」
余計な横やりは入ったが、俺たちは今は無きユニオンの跡地前に並んで立つ。
それぞれの時間、思い思いにその光景を眺め終えると。
「では、くれぐれも気を付けて」
「「「「いってきます」」」」
蓋を開けてみれば敵の先手を潰した幸先の良いスタートを、
その道程に向けて俺たちは踏み出した。




