161話 召喚
「な、なんだてめぇ!いつの間にそこに・・・・手品か!コラ!」
「いや、『スキル』だけど・・・」
今の発言と言い、銃に頼り切った様子と言い、あまりこの世界に順応していないようだ。
「手ぬぐいなんか振り回して、妙な野郎だ・・・・」
(手ぬぐい・・・羽衣の事か)
「マスター。あれ銃弾弾いてましたけど」
「ちっ。やっぱゴム弾じゃ威力が足りねぇか」
(ゴム弾だったのか)
太ももを打たれたメンバーを見ると出血はあるが弾は貫通していないようだ。
随分と緊張感のない感じだが、こいつらがユニオンのメンバー達に危害を加えようとしたことは事実。
「おいコラ!見ねぇ顔だが邪魔すんな」
「こっちのセリフだ。彼らの仕事の邪魔だ。お前たちが退け」
おまけにせっかくこれから出発って時に、幸先の悪い。
「吐くじゃねぇか。上等だ。おめぇら撃て!」
「マスター。弾切れっす」
「弾倉を変えればいいだろ」
「あの石につぎ込んで予備を買う資金なんてないじゃないですか・・・」
「じゃあぶん殴ってでもあの若造を退かすんだよ!」
(こいつらやる気あるのか?)
グダグダとしたやり取りに毒気を抜かれ羽衣とともに取り出していた剣から手を引く。
命まで取る必要もないだろう。
「やっちまえ!!」
一斉に飛び掛かる連中をどこか冷めた気持ちで見ながら、応戦すべく一歩踏み出すと。
「「「「ひぃ・・・ッ!!?」」」」
「・・・・ん?」
さっきまでの勢いはどうしたのやら。
全員がそれぞれに武器を持って接近していた足を止めて腰を抜かしたように這いつくばる。
「お、おい!何やってんだお前ら!」
「か、体が!動きませんん!」
「・・・・あ。あれか」
《称号『竜王殺し』:竜種を限定とし、使用するスキルの効果が1.3倍。さらに攻撃指定した対象が半径5メートル内で敵意を発した時、自動で『威圧』の効果を与える》
(称号『竜王殺し』の効果か)
この連中は軒並みLV.30以下。レベル差も相まって『威圧』が効いているのだろう。
「あー・・・・どうする?この状況じゃ何もできないだろ。全員連れて帰ったらどうだ?」
「な、な、な、な・・・・ふざけ・・・っ!」
最初にユニオンのメンバーの太ももを撃った拳銃の照星をこちらへと向け攻撃の意思を感知。
だが奴がその引き金を引く事はなかった。
「弾かれッ!?てめぇ、銃でも持ってんのか!?」
「そう見えるか?」
無論そう見えないからこその問いだったのだろう。
口ぶりから俺が行った動作を視認できていないようだ。
「もう諦めろ。ちなみに『名持』の魔石は一応捜索を続けているけど多分もう見つからないぞ。早く仲間を連れて帰ったらどうだ?」
連れた部下は全員戦意喪失。武器を失いこいつ一人戦ったところで勝ち目がないことくらいは理解できるだろう。後ろには響さん達も控えているし。
(とはいえ、また性懲りもなく危害を加えに来るかもしれない。しばらくこの街を離れるわけだし、少し脅しておこう)
残った『白足袋』のギルドマスターだという男へ『竜王殺し』の『威圧』をかけるため効果範囲内の間合いに寄ろうとする。
「若造が、調子に乗りやがって・・・・こうなりゃみせてやるよ。切り札をなぁ!!」
そう言って取り出したのは、先ほどもひけらかしていた『魔石』のような石。
そしてナイフを一本。
「それと引き換えに見逃せって?」
「へへへ。舐めた口きいてられるのも今の内だ」
「!」
『白足袋』のマスターは片方の掌をナイフで切りつけ、傷口に食い込ませるように血液の滲むその手のひらで石を握り込む。
すると、拳の隙間からどす黒い煙のようなものが漏れ始めた。
「ひ、ひひひっ。どうやら紛いもんじゃなかったみたいだなぁ」
「・・・『目利き』」
先程までとは一転していやな予感が背筋を撫で、その正体を探るように握り込まれた石を注視。
《【魔牢石】:モンスターを封じ込めた魔石。使用者は対価を支払うことによって『代償召喚』が可能》
(あの中にモンスターが?じゃあ・・・・)
「よしよし、いいぞぉ。俺の血をくれてやる、俺の召喚に応じろ!」
「皆下がってろ!怪我人に肩を貸してやってくれ!響さん達のいるところまで行くんだ!」
立ち込める黒煙にただならぬ気配を感じ、囲まれていたメンバーに退避を促す。
アトラゥスが出現した時のようなヒリつく感じだ。
「す、すげぇ・・・やばそうじゃねぇか!おかげですっからかんだが、大枚叩いた甲斐いがあった!」
「・・・・おい。多分お前の手に余るぞ」
「へっ。もう負け惜しみか?さっきまでの――――」
言い切る前に、唐突に、魔石を握る腕が根元から消し飛ぶ。
「――――は?」
その光景を見て『喰われた』という印象を受けた。
腕を失い痛覚を脳が自覚するまでの猶予。その間男は間の抜けた表情で。
「ッ!」
そこから驚愕に目を見開くまでのわずかな時間に、人の掌から解放された『魔牢石』から複数の敵意を感知。
その気配の数だけ圧が散るように飛び出し、それを躱す。
「腕がぁぁあぁ!!?」
ようやく己の欠損に気が付いた叫び声を合図に、『魔牢石』から飛び出したそれはへたり込む『白足袋』のメンバー達へと向かう。
その射線上にある肉はすべて齧られたように欠損、瞬く間につい今そこにあった命を喰らいつくしていった。
「・・・これが、『代償召喚』。か」
召喚した相手に食われては元も子もない。
なにより――――
「後始末だけ残して。傍迷惑な連中だ」
召喚主とは天と地の差ほどもある危機感に、剣を抜きながら、左腕にガントレットを現出。黒鉄に包まれた重みを感じながら愚痴る。
「こ、ごんなの、ぎいてない!!」
『白足袋』のメンバーを食い散らかし気配だけだったその存在は、徐々に具現化していく。
食らった血肉により受肉しているような光景。
その足元で、
「こんな、化け物――――」
己が招いた惨状に絶望の叫びをあげる声を遮るように、完全に具現化した首は眼下の対価を一瞬のうちに貪りつくした。
「早く諦めていれば死なずに済んだんだ・・・」
悲惨な死と言える最後に僅かばかりの同情で短い黙祷をささげ。
名:ヒュドラ
レベル:116
種族:九頭竜
性別:男
MP:11000
攻撃力:2760
防御力:3080
素早さ:2150
知力:3111
精神力:2890
器用:80
運:44
状態:
ふつう
称号:
【神竜の系譜】
所有スキル:
《竜鱗の加護LV.7》
《瞬間再生LV.10》
「また竜か・・・何の因果だ」
つい先日死ぬ目に遭わされた異形の種族にため息交じりに言う。
「シャァアアア!!」
「『名持』でも言葉も交わす気もない、か」
喋れたとして、餌としか見てない目の前の存在にわざわざ話しかけても来ないかもしれない。
「「「シャ!」」」
眼前に現れた竜において、もっとも特徴的な外見である九つの首。
うち三つが得物に食らいつく蛇の様に長い首をバネにし迫る。
(速い!)
そのうえ複数の牙が多角的に襲い掛かる。
その光景はかつて『下等・吸血鬼、ヴェムナス』が『操骨』で操った骨の大蛇を彷彿とさせる。
(力は別格って感じだが)
無論その速度も。
貪欲な噛みつきを最小限の動きで躱すとその勢いのまま地盤をえぐり取る。
(首一本一本の攻撃がすべて致命傷)
対価を喰らった時の光景も納得の威。まともに喰らえば半身は齧りとられることだろう。
かといって回避ばかりではじり貧、ヴェムナスの時は不規則な軌道と骨の集合体という無機物ゆえの読みにくい動きに追い詰められた。
だが———
(あの時と別格なのはこっちも同じ)
進化したスキルは直感・視認による驚異的反応速度と、肉体を繰る高次元の反射速度を叩きだす。
しびれを切らしたように五つの首による時間差攻撃。ミサイルの様に迫るそれらを流れるように前進しながら躱していく。
「ふっ・・・!」
伸びきる首、晒す隙、あまりに一瞬だが今の俺にはそこに刃を通すことが叶う。
両腕を回しても足りないほど図太い一つの首へ『竜殺し』の剣を振るう、必然――――
「ギシャァァアァ!!」
両断。
切断面から血が噴き出るよりも早く、躱して伸び切った首が戻る。
敵の竜もまた驚異的な反射。だがその先を行くように沈むような踏み込みでそれを躱すと、斬撃対象も見ず無骨な切り上げ。
一見すると大雑把な動きで隙も生じやすい。だが不思議とこの型が今はしっくり来ていて、間違いなくこの動きが己の最速。
それをもって二つ目の首も両断した。
「「シャァッ!」」
すかさず躱した首が復帰し三又の挟撃。
屈むには低く、受けるのは不可。迷いなく跳躍、その高度もまた進化したスキルの恩恵によって巨大なヒュドラの体高程まで達し、眼下では三つ首が衝突。
するかと思われたが――――
「「「猿ガ!掛ッタナ!」」」
それこそ蛇のような柔軟さで各々首をくねらせ衝突を避けながら直上、つまり空中で無防備なこちらへ向かう。翼を持たない生物にとって全方位無防備なその時間。
「開口一番が『猿』とは、なっ!!」
下方の虚空を殴りつける。意識は昇り詰める先頭の首の片目。
「馬鹿ガ!短イ手足デ届カヌワ!!恐怖デ機ヲ急イ――――――グッ!?」
人を見下した高説を遮り響く打音。
着弾点は奴のむき出しになっていた眼球。
潰すまでには及ばないが勢いを大きく削いだ。
「小癪ナ猿ガ!」
ひるんだ首を追い越すように二陣の接近。こちら見下しながらも未知の手札に警戒してか後続の首と合流し今度は空中での挟撃。
「!」
「「シャッ!」」
交差する牙。それが通り過ぎる数秒後にはそこには無残な肉片しか存在しない。
飛翔する術を持たない俺は――――――
「――――また猿呼ばわりか。首同士で思考が繋がっているのか?」
「「!?」」
もう一度跳躍した。
地の無い虚空に足裏のみ物理干渉させての、
(新スキル、『無空歩行』。便利だな)
先に敵の眼球を触れずして殴った正体は、派生スキル『虚空打』。
『白足袋』のマスターの拳銃を間合いの外から撃ち落としたのもこれだ。
どちらも目に見える派手なものではないが、初見で意表を突くのに効果的。
(MP残量には気を配らないといけないけど)
どちらも『スキル』である以上MPを消費して発動する。
その縛りからは通常恐らく逃れられない。
けど――――――
「餌ノ分際デ、調子ニ乗ルナ!!」
初めて実戦投入したスキルに考えを深めているとそれを遮断する様に、挟撃に失敗し衝突してもつれ合う二つを、片目を瞑る首が追い越し迫る。
「心外だな。慢心してないから考えるんだ」
「ァガ!?」
大口を開けた口内へ今度は『竜殺し』の剣を投擲。この投擲もスキル進化により踏ん張りの無い空中でも、上半身の反動と腕の膂力のみで高威力の投擲が可能。
肉へ深々と刺さり、当然弱点属性のため苦痛に一瞬動きが鈍った。
その隙を見届けると無手の状態で斬撃を放つ型を取る。
「――――三つめ」
次の瞬間には、ヒュドラの口内に飛び込んだ剣は手のひらに収まり口の端へと刃を通す。
(【次元掌握者】。スキル『隔絶空間』)
『白足袋』連中が姿を現す直前に唯火たちに披露しようとしていたスキルだ。
こいつは俺を中心としてレベル×2メートルの範囲内で別の次元にある俺専用の空間から自在に物体を出し入れできる。
まだ検証が足りないからもっと色々秘めた効果がありそうだが、とりあえずはこれでも戦いに転用できるほど有能なスキルだった。
(これもMP残量には要注意――――――)
新しい戦法に手応えを感じながら通した剣に自重を乗せ切り裂き、首の中ほどまで切り進むと、
「――――だッ!」
刃筋を水平に立て両断。その高度にはもつれた首二つ。
虚空を横方向に跳躍し、
「「ギャッ!?」」
空を駆けながら二つを両断。
「これで五つ目。残るは」
四。
数秒の攻防の末首を半分潰し、着地とともにヒュドラの傷口から鮮血が噴出した。
その光景を、残った四つ首は言葉なく眺め。
「多分、全部潰せば倒れるだろ?」
『竜殺し』の剣先を突き付ける。
その宣言に。
「「「「――――潰セレバ、ナ」」」」
人の顔立ちであれば目を細めほくそ笑んでいるであろう意味深な声色。
その読めない秘められた意味に自らの眉がひくつくのを自覚すると。
「「「「「・・・・」」」」」
「! 首が・・・!?」
半ばで切り落とされ今尚蛇口をひねったように血を流す首なしの首。
体から伸びるそれはその先を失ったはずなのにうねうねと動き出し、ぴたりと止まると。
「・・・『再生』、か」
切り落とした首、計五つ。それぞれの切断面から新たな首が二つずつ生えてきた。
「「「振リ出シ。イヤ・・・・斬レバ斬ル程追イ詰メラレルゾ?」」」
「・・・絡まるぞ、それ」
ヒュドラの首の数は、計14本へと増えた。




