160話 準備
《【逃亡者】すべてのスキルが最大値に達しています。クラスアップが可能です》
《【剣闘士】すべてのスキルが最大値に達しています。クラスアップが可能です》
《クラスアップ先を選択しますか?》
・・・・
《選択を承認。職業【逃亡者】は、上級職業【走覇者】へとクラスアップしました》
《『平面走行』LV.10(MAX)は『高速走法』LV.3 へと進化》
《『立体走行』LV.10(MAX)は『飛躍走法』LV.3 へと進化》
《『走破製図』LV.10(MAX)は『踏破製図』LV.3 へと進化》
《『無空歩法』LV.1 を獲得》
《選択を承認。職業【剣闘士】は、上級職業【戦人】へとクラスアップしました》
《『近距離剣術』LV.10(MAX)は『型無の剣』LV.3 へと進化》
《『体術』LV.10(MAX)は『型無の体』LV.3 へと進化》
《『直感反応』LV.10(MAX)は『駿動反射』LV.3 へと進化》
《『武具投擲』LV.10(MAX)は『武具投擲・至』LV.2 へと進化》
《『武具投擲』LV.10(MAX)が『虚空打』LV.1 へと派生》
「・・・・よし。これでいいだろ」
フユミちゃんの告白から一夜明け。
俺はアトラゥス討伐後、保留にしていた『職業』のクラスアップを済ませる。
「・・・・どれも強力だな」
新たに進化、獲得したスキルたちに『目利き』をかけると、元のスキルの上位互換でありまた新たな戦いの手札となる面白いものもあった。
「さて、支度を急ぐか」
俺はもっと強くならなきゃならない。
今までことさら力を求めるようなことはなかったが、この街で起きた出来事はそれを俺に焦らせるには十分だった。
竜種。シキミヤ。ミヤコ。
奴らとの遭遇は常に俺自身死を隣に置き、何より近くにいる人たちの危機に繋がる。
何度も直面してきた事実だが、負ければすべてを失う。だからより貪欲に戦う力を求めなければならない。
俺自身が生き残るためにも、仲間を失わないためにも。
そしてあの子の前で誰の命も散らせないためにも――――
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「ありがとな。フユミちゃん。こんな大事なこと教えてくれて」
「ん。兄者たちにも知ってほしかった」
フユミちゃんの告白を聞き終え、しばらく経った後も唯火は彼女を抱きしめ泣いていた。
それをひたすら受け止め金の髪を撫でるフユミちゃん。互いの年齢が逆転してしまったかのような二人の傍にしゃがみ込むと彼女と同じ目線で話す。
「それと、ごめんな。そんな危険な魔法。俺のせいで一度使わせちまった」
「・・・・」
かつてハルミちゃんを連れだした朱音を誘拐犯だと勘違いしたまま後を追い、その救出のために彼女を斬り捨てた。
その剣は絶命に至り、それを救うためにフユミちゃんは『反魂再生』の使用を余儀なくされる。
「気にしないでいい。一回の使用で戻るのは多分だけど数か月くらい。それと引き換えに大事な人が死なずに済むならフユは気にしない」
「マスター・・・・」
あの時蘇生直後の朱音が項垂れていたのはその代償の事を知っていたからだろう。
そして今、フユミちゃんの献身に朱音の表情に暗いものが差す。
「本当に、ごめんな・・・・フユミちゃん。俺誓うよ」
フユミちゃんが唯火にしているように、小さな頭に手を乗せ。
「君にもう、その力は使わせない。君の目の前で、君の大事な人は誰も死なせない」
「・・・・うん」
今まで他者のために命を時間を削ってきたんだ。
今度はこの子が、この子たちが救われる番だ。
誰にできなくても俺がやってやる。
彼女の目の端から零れるものを指で掬いながら、そう誓った。
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「別に見送りなんてよかったのに」
さらに翌日。
場所はユニオンが拠点としていたビルの跡地。ぽっかりとできたクレーターの中には数名のメンバー達がいまだにアトラゥスの魔石を捜索している。
その光景を眺めながら、背を向けた響さんと聖夜にむかって発する朱音。
「あんま目立つ行動すると、『探求勢』と揉めるわよ?」
「今更だ、マスターを連れたお前たちが姿を消すのだから、どの道一悶着起きる」
「ですね」
聖夜も順調に復調に向かっているようで、こうして難なく自分の足でここにきている。
用件は『交錯の里』へと旅発つ俺たちの見送り。フユミちゃんをそこに送り届けると決めたその日に今日には旅立つと皆で相談して決めていた。
ここに来たのは出発前にこの場所をなんとなく見ておきたいという理由だ。
「それに、私たちもすぐにあの施設を出る。負傷した者たちも順調に回復しているし、新しい拠点の候補も見つかった」
「それもそうね。聖夜。あんたあたしの機転のお陰で死にぞこないながら『攻略者特権』獲得したんだから、しっかり稼ぎなさいよ?」
「わかっているさ。帰ってきた時は前の拠点よりも立派になっているかもしれないよ?」
『小鬼迷宮』関連の事を軽口で流せるようになっている様だ。精神面でももう大丈夫そうだな。
「水、よし。食料、よし。調理器具、よし・・・あ。調味料・・・・よし」
「姉者すごい。こんなにいっぱい」
やけに大きなバックパックをゴソゴソとやり中身をチェックする唯火。
何週間も旅するわけでもないが、向かう先は険しい連山だ。舗装された道など期待できないし、もしかしたら道中モンスターが湧きっぱなしになっているかもしれない。
フユミちゃん達を狙うという連中も追ってくる可能性が高いから、きっとそうスムーズには進むことはできないだろうし、そもそも正確な場所が不明だ。
何より幼い肉体のフユミちゃんに負担はかけられない。必然的に長丁場を想定した準備になるわけだ。
「唯火。火種は大丈夫か?」
「私がいるから大丈夫ですよ」
「・・・・それもそうだ」
荷物を検めながら赤い輝きを内包する火竜の魔石を浮遊させる。
唯火の『職業』。【宝玉使い】が【宝玉指揮者】にクラスアップしてから以前よりも自然体で魔石を操っている気がする。
クラスアップによりMPの燃費もよくなったのだろう。
「しかし、よくこんなに確保できたな。缶詰はフルーツ缶、鯖缶、焼き鳥缶、トマト缶、蟹缶。保存の利くパックご飯に、精米された米まであるのか。レトルト食品も種類がたくさん・・・・それにすごい量の調味料だな」
こんな世界になっても変わらず働き、インフラを守る『回帰勢』の人たちがいるから、この手のものも生産されてはいるんだろうが、どうも供給が不安定らしい。
モンスターが湧いてその被害のせいでインフラが止まることもあり、常に安定した流通が確保できていないというのが現実らしく、それを想定してユニオンの拠点であったビルには多少賞味期限に目をつむれば何年とメンバー達が食いつなげる蓄えがあったわけだが・・・・その蓄えも『黒粛』により根こそぎ消滅してしまった。
「実は、例の施設の食堂にいる知り合いの方からいただきまして・・・・何でもあそこは食品工場と直接つながってるらしく、なんか色々潤っているみたいですよ?」
「そうなのか。道理で俺たちを受け入れられるわけだ」
この規模の人間がなだれ込んでも問題ないとは。伊達に国側に位置する勢力じゃないな。
まぁ、だったら国民に供給しろよと言いたいところではあるが、そう簡単なパワーバランスでもないんだろう。
『攻略勢』が持ち込む魔石などの資源と引き換えに、『探求勢』が物資等を分け与える。そういう図式だ。
「山を目指すって言ったら、こんなに沢山分けてくれて。またいつかあそこに行ってお礼をしたいです」
「ああ。そうだな」
まぁ、唯火とその食堂の知り合いはそんなルールも勢力も関係なしに良好な関係を築けているみたいだけど。
色々落ちついた頃には、その知り合いにまた顔を出すこともできるだろう。その時は俺も礼を言わせてもらおう。
「ってナナシさん。手ぶらじゃないですか。テントとか寝袋とかはどうしたんですか?」
「ちゃんと用意してあるよ」
昨日の一日丸まる出発のための準備に使った。
唯火は食料係。野宿も想定して、俺はテント、寝具類係。
「え・・・・でもどこにも荷物が見当たらないですけど」
「確かに。兄者、装備も何もつけてない」
「ああ。そうか、そっちの『スキル』は言ってなかったな」
「「?」」
「実はな――――」
少しだけ自慢げに、アトラゥスとの戦いで獲得した新しい『スキル』を唯火とフユミちゃんへのお披露目と洒落こもうとしたその時。
「お前ら全員動くなぁ!!」
深く抉れ荒れ果てたユニオン跡地のクレーターの中から穏やかじゃない声が上がる。
「・・・なんだ?」
「あまりいい予感はしないですね」
皆で様子を見るためにクレーターの淵に立つと。
中には魔石の探索に当たっているメンバーたちとそれを囲む重火器を携えた人間が十数人といた。
「動いたら撃つぞ!」
メンバー達は銃口を突き付けられ中心へと集められている。
その銃を持つ一人が俺たちの存在に気が付き。
「お前さんは、『ユニオン』のナンバー2じゃねぇか」
「響さん、知合いですか?」
「ああ。顔見知りではあるがね」
「あんたが来る前、ウチにちょっかいかけてきてた別ギルドの連中よ。今喋ってんのがギルドマスター。確か・・・『白無垢』?」
「『白足袋』だ!『白足袋』!あの最強の男、公認のオマージュよ」
・・・・シキミヤの事か?
あいつのギルドは『黒足袋』とか言ったか・・・・確かに、適当に面白がって公認化してそうだな。
「うちの者たちに何の用だね?そんなものを突き付けて」
「決まってんだろが。あるんだろ?『竜種の魔石』がよぉ」
「呆れたね。こうも堂々とハイエナ行為とは」
「そう?こいつらにはお似合いでしょ。残飯漁り」
聖夜と朱音が煽る煽る。
どうにも『白足袋』とかいうところとは反りが合わないようだ。
「ガキが口出すんじゃねぇ!探し出したところで横取りしてやろうと思ったのに、てめぇらときたらいつまでたっても見つけやしねぇ!まじめにやってんのか!?」
「な、なんだか・・・変わった人ですね」
「あんな奴に労働の姿勢を問われるとは・・・・捜索にあたっている人が気の毒だな」
「・・・・おい。ガヤがいつもよりも多くねぇか?」
この距離でこの声量を聞き取るのか。結構いい耳してるな。
「まぁいい。とにかく、もう待ってらんねんだよ。てめぇらに代わって俺たちが探してやる。場所を空けろ」
「馬鹿じゃない?そういうのは夜闇に紛れてこそこそ漁ってればいいのに」
「馬鹿はそっちだ!暗いと見えねぇじゃねぇか!」
「明かりを付ければいいのでは・・・・」
「彼らは資金のすべてを武器と食料に使い込んでしまうから、そういう備品を一切所持していないのだ」
「相変わらず無計画だね」
「バカよ。バカ」
「てめぇら・・・・今日はいつまでもそんな口叩いて居られると思うなよ?」
そういいながら懐から一つの石を取り出す。あの不思議な輝き、魔石か?
「こいつが何だかわかるか!?」
「わかんないわよ。遠くて」
「ああ!?」
「もっとこっち来て近くで見せなさいよ」
「ったくしゃあねぇなぁ!見て驚くなよ!?」
「・・・・マスター。それ多分罠っす」
「ちっ」
「・・・・こんのツルペタ二つ縛りがぁ!!卑怯な真似してんじゃねぇ!!」
「ねぇ。あいつら早くやっちゃわない?ねぇ。ちょうどこんな大きい穴空いてるし。早く埋めちゃわない?」
「あ、朱音ちゃん。落ち着いて・・・」
想定外のダメージを受けたようで。言うほどじゃないもん、と勢いをなくした朱音を唯火は慰めていた。
「けっ!まぁこいつは切り札だ・・・・とりあえず、お前ら退けや」
「! 撃つ気か!?」
「心配ない。あの男はいつもちょっかいをかけてくるが、殺生の類は―――」
響さんの言葉を遮るように乾いた発砲音が響く。
「なっ・・・!」
放たれた弾丸は、メンバー一人の太ももを打ち抜いたようで傷口を抑えながら倒れ込む様子が見えた。
「どけや」
白足袋のマスターが何かを合図するように片腕を上げると、周囲の部下たちがアサルトライフルを構え。
「ちょ・・・ッ!」
「や、やめろ!!」
「―――お気をつけて」
フルオートで放たれる弾丸、数多の発砲音が周囲に木霊する。
その寸前、引き金を引き一発目の雷管を打ち火薬が爆ぜた音を聞いた瞬間に俺は動き出す。
「・・・・あ?」
地を蹴ると景色は瞬く間に切り替わり、囲まれたメンバー達の元へ。
遅れて一瞬前の跳躍による音が追い付いてくる。
その間に装備した『竜鱗の羽衣』に魔力を通わせるまでに先頭の弾丸はこちらには届いていない。
全方位から迫る凶弾の速度よりも早く、羽衣をあやつり帯状に伸ばしたそれを半円状に展開。メンバー達と弾丸の間を隔てる障壁となる。
「な、なんだ!?急に繭みてぇのがでてきて・・・!」
『白足袋』のギルドマスターが驚きの声を上げる頃には、耳障りな無数の発砲音と。
「じゅ、銃弾が効かねぇ!?」
弾丸が掠り弾かれ逸れてゆく甲高い音が埋め尽くす。
(鉛の弾丸が、『竜の鱗』に通るわけないだろ)
その騒音は数十秒ほど続き、ぴたりとやむと、銃身内のピストンがこすれる乾いた音が耳に届く。
「弾切れだな」
横殴りの銃弾の雨が止んだのを確信し展開した羽衣を収縮させる。
開けた視界には、いまだ俺の存在に気が付かず立ち尽くすメンバー達と。
突然その場に現れた俺に驚く『白足袋』連中がいた。
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「まさか、本当に撃つとはな・・・ナナシ君のおかげで間一髪助かったようだ」
「あいつ、今どんな速さで動いたのよ・・・」
朱音はナナシが動き出す直前、それを見送るような言葉を吐いた唯火に向けて言う。
「銃弾よりも速く。ですね」
「そうなんだろうけど・・・・てかあいつ、さっきまで丸腰だったのに」
「それは不思議ですよね・・・」
首元になびく羽衣は先の朱音やフユミが見ていたように、数秒前にはなかったものだった。
「あの伸縮する帯は、僕を助けてくれた時と同じか」
「・・・・彼を見ていると、感嘆とともに・・・僅かながら『畏怖』を感じてしまうな」
つい数秒前までそこにいたはずの青年が残したアスファルトに刻まれた足形。
目にも留まらぬ高速移動の痕跡たるそれを見ながらそう零す。
「・・・・」
唯火はその言葉を聞きながら、自身も同じ思いをかつて・・・いや、今でも時折その底知れない何かを垣間見える時。
彼自身に、その見る先に、進む先に。
自分などでは共にいられないような次元の隔たりのような壁を感じることがある。
その度に不安になる。
いつか来るだろう別々の道を歩む日が、そう遠くない予感。
その力ゆえにいずれ彼が一人になってしまう予感。
そして、自分自身が彼が居なくなった喪失感に耐えられるか。
そんな、輪郭がぼやけた思い。
「・・・・姉者」
「ん。なんでもない」
当人ですら掴み処のない予感を察知したように、幼い少女は呼びかけその手を握る。
「大丈夫だよ。ナナシさんなら」
今しがたよぎった予感に対してか。
目の前で起きようとしている戦いに対してなのか。
「・・・・ん」
それすらもわからないまま、その背中を見ていた。




