159話 二人の成り立ち
今後の方針と、その道程を行く少数メンバーを決め終えると。
その日の夜。
唯火と朱音に再び俺の部屋へと集まってもらっていた。
「「「・・・・」」」
俺がミヤコの事を最初に告げたこの部屋で、二人は泣きあい少しはショックも薄れてきたようだが、気持ちが落ち着くとつい昨日この部屋で過ごした記憶が浮かんでくるようで口数は少ない。
今朝までそこに寝ていた『彼女』の香りがベッドに残っているのも原因だろう。
「兄者。フユだ。入っても大丈夫?」
そのしんみりした静寂を打ち破るように部屋のドアがノックされる。
「ああ。待ってくれ、今行く」
来訪者は言わずもがなフユミちゃん。
「すまない。遅れた」
「時間通りだよ。さ、入って」
他のメンバー二人を連れ立って部屋の前に来ていたフユミちゃんへと入室を促す。
ついてきた二人は護衛だろう。施設内の『探求勢』が彼女を狙う者たちである可能性は低いとみているが念のためだ。
連れの二人に軽く会釈し扉を閉めると、部屋の奥へと案内し。
「・・・・女の人の匂いがする」
「どうしたの?フユミちゃん」
「それは、あたしたちがいますからね」
「いや・・・ちがう・・・」
スンスンと鼻を鳴らしながら部屋をさまようと。
「ベッド。このベッドからする」
シーツを叩きながら表情に乏しいフユミちゃんの状態では珍しく、わずかに眉を吊り上げそう主張する。
「あー・・・」
「兄者。ハレンチ」
「いや、それは・・・『美弥子さん』の匂いだよ」
しばらくの沈黙が流れ。
「あ、逢引き?」
おませな彼女に昨日の集まりについて説明した。
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「そうか・・・早とちりした」
「・・・・」
「どうしたの?朱音ちゃん」
「いや、マスターってもしかして・・・・」
「・・・ああ。それはね、実はハルミちゃんの時――――――」
説明を終えると得心がいったようで元の無表情に近い顔つきに戻る。
「フユミちゃんはおませさんだな。よく逢引きなんて言葉知ってたね」
「フユは子供じゃない。兄者とだって逢引きできる」
「そうか。そういうのは大人になってからな」
背伸びしたがりな小さな頭をポンポンと撫でてやると。
「ロリコン」
「なんだいきなり。人聞き悪すぎだろ」
唯火と耳打ち話をしていた朱音から酷い罵倒を受ける。
「朱音。それはフユにも刺さる」
「う。す、すみません」
失言だったと朱音が申し訳なさそうに頭を下げると。
「――――さて。無駄話はこれくらいにしておこうかの」
そう、俺たち四人が集まったのはこうしてお喋りしあうためではない。
「ああ。聞かせてくれるか?君たち『二人』のこと」
「・・・・・」
そう促すと、唯火は幾分か緊張した様子だ。
俺自身言い渋るフユミちゃんの反応もあって少し聞くのが怖い部分もある。
それでも俺たち二人は、聞かねばならない。すでにそれほどの思い入れが目の前の少女に対して生まれていた。
「ん。本当はハルが目覚めるのを待ってもよかったけど、まだ無茶した反動が効いている様だから」
シキミヤを追い返す時、無理やり目覚め【精霊使い】としての力を使った反動の事だ。
「まず、最初に言うとフユとハルの実年齢は『68歳』」
「「・・・・」」
いきなり受け入れがたいオチから始まるとは予想外だった。
「えーっと・・・・」
朱音は知っているだろうから驚きもしていないが、唯火は考えが追い付かないようだ。
そこで俺は一石を投じる。
「『スキル』が関係しているのか?」
「ご明察」
ここに至ってこの子が嘘を吐くとも思えない。
であれば外見と実年齢の齟齬は超常の力『スキル』の介入によってでしか説明できはしない。
そして真っ先に浮かんだのが、人を操るスキルを所有するミヤコ言っていた『憑依』。
他者の体に乗り移る異能。それであれば一つの体に二つの人格が住み着いているのも説明できるかもしれないが・・・・
「いわばこれは代償。人の生死に干渉する過ぎた力を使い続けたその代償」
どうやらそうではないらしい。
「その前にフユとハル、フユたち自身に触れておく。察しはついて居るだろうけど多重人格。『解離性同一症』、だったか。世界が変わる前からそうだった。昔からお互いを認識しどちらの名づけが先かは覚えていないけどずっとハルミとフユミと呼び合っていた・・・・時に、姉者に兄者。季節の春の反対は何だと思う?」
どこか悪戯っぽい表情で俺たちに振る。
「んー、春夏秋冬。冬の反対は夏だと思うから、春の反対は秋?なのかな?」
「俺もそうだと思う」
俺たちの回答にくすくすと小さく笑う。
「そうだろうな・・・・ハルの反対はアキ。フユの反対はナツ。物心つき知識も蓄えた頃には二人して互いの名に違和感を覚えた。人格の表裏なのに反対じゃないのはおかしいって。結果として、冬が巡って春が来る。隣り合わせでいいじゃないか、というところに落ち着いた」
「そっか。うん・・・素敵だと思うよ」
優しい声色で肯定する唯火に同じ質の微笑みを返し。
「話を戻す。その頃はハルミが9割近く肉体の主導権を持っていて、フユはいつも記憶と感覚を共有しているようで、それでいてとても狭い意識の部屋からハルが見る景色を、抱く感情を第三者のような気持ちで見ているだけだった。たまにフユが出てくるのはハルミが心を酷く取り乱したり何かしらの体調変化が訪れた時だけ」
懐かしむように俯き胸に手を当てながら語る。
「そんな日々が60年以上続き、世界は突然変わった。そして周りとの違いに気づいた。フユとハル。フユたちにはそれぞれ一つずつステータスが与えられ、種族の・・・・『ハーフエルフ』の特性としてそれぞれ二つの『職業』を獲得した」
いつか、推察した俺の考え。
『職業』が人間の魂に起因するという朱音の噂話から浮かんだ予想が的中していたとは。
あの時の朱音の意味深な言い方はやはり二人の事を差していたのか。
「そして更なる変化が起きる。肉体の主導権が真逆になり、フユが多くの時間主導権を持つようになった。多分これはステータスの数値の違い。フユの方が数値が高かったからだと思う。フユは年甲斐もなくはしゃいだ。手足を操るのが、鮮明な景色が嬉しくって。ステータスが肉体にもたらす恩恵も相まって何でもできる気がしていた」
自分の体にもかかわらず60年以上第三者のような気持ちで意識の底に閉じこもるその日々は、経験したことのない俺たちには全く想像もつかない。
俺も唯火もその複雑な境遇にかける言葉は見つからず、フユミちゃんの言葉を待つしかできない。
「そして自分の力が理を捻じ曲げる異常なものだということに気づき、フユは気持ちの昂りもあって謎の使命感に駆られた。フユは『反魂再生』を使い続けた、何度も。その頃は反動もほとんどなくて一日に数回は使えていたから何度も何度もそれを繰り返した」
反動がなかった?
死んだ者の蘇生。それは今の様に一度使えば数日眠りについてしまうとしても、その反動有り余ってとてつもない力だというのに、日に何度も繰り返し発動が可能だったのか。
「無論、人目につかないよう悟られないよう。日々そうしていると自分の肉体が若返っているのに気が付いた。それとともに日に日に使える回数も増えた。ある日フユは蘇生した人間の寿命のようなものを自分が吸っているのでは?と考えた。でも、それでもその場で死にゆく命をフユは見過ごせなかった」
使用のたびに若返る・・・・今の彼女の幼い肉体はその結果というわけか。
日に日に使える回数が増えたのは熟練度の問題か、それとも若返ることによる変化なのか。
いずれにしても能力の代償としてはむしろプラスなような気もするが・・・
「誰かを、仲間を、何度も何度も。世界改変直後とギルドと呼ばれるものができた当初はあちこちで争いがあったから・・・・そうやって片っ端から蘇生しているうちにフユは周りから神のように扱われることになりそれを酷く嫌った結果、『マスター』と呼ばれるようになった。時を同じくしてさらに肉体と、そして精神の異常に気が付く。体の若返りが幼い領域へと入り、自分の思考に幼く稚拙なものが混じっているのを自覚した」
精神への影響。
そうだ、フユミちゃんの口調や知識はその肉体年齢とはかけ離れている。
それにもう一人の人格、ハルミちゃんは肉体に見合った精神年齢だった。
「困惑した。事態を把握するために久しく体の主導権を引き渡していなかったハルを呼び出した時、更にその困惑は深まった。ハルの精神はフユよりも遥かに幼く退行していてその時の体は・・・・姉者よりもぴちぴちな15歳くらいだったかの。なぜ二人で精神の変化に差異が現れたか?それは恐らく、この肉体のオリジナルともいえる人格がハルミだからだろう。フユは、後から生まれた仮初の人格であることを、その時60年越しに理解した」
フユミちゃんが仮初の人格。
それは想像の域を出ないだろうけど、二人の差異に説明がつく。
元より幼いころから九割近くハルミちゃんが肉体の主導権を握っていたんだ。今はステータスという超常の介入でそれが逆になっているだけ。
肉体の変化も、精神への影響も、すべてオリジナルのハルミちゃんのもの。ということか。
(60年越しに自分の存在が精神だけの存在であると突きつけられる・・・・悲しいな)
「そんな変化に戸惑いつつも、争いは絶えなかった。やはり見過ごすことはできず力を使い続けた。そして今の具合に世界が落ち着くころには、この状態の体まで若く、幼くなっていた。魔力の総量も退行し日に一度力を使うと眠りにつくようになっていた。そこに至って、フユは仮初の自分が力を乱発し、オリジナルのハルを閉じ込め幼い状態まで退行させてしまったと。取り返しのつかない過ちに気づいた・・・・罪の意識から肉体の主導権をハルに引き渡し、世界が変わる前に戻ることにした。退行してしまった精神でもせめて無邪気なその姿のまま、今の精神の年齢相応に自由に外の世界を駆けてほしいとの自己満足から・・・・そして今に至る」
「・・・・君たちのお母さんは・・・・」
一度区切る彼女へと、いくつか残る疑問を俺は問う。
ハルミちゃんの言う攫われた時一緒に出掛けていたという『お母さん』。
隣にいる唯火も気になるところではあるだろうが、肩を震わせて口元を覆う彼女を見るに言葉を発するのは難しいだろう。
「母は、世界が変わるより前にとっくに他界している。もしハルミが母親の事を口走っていたなら、それも精神退行の副作用。記憶も幼いころに戻ってしまっているからだの・・・ユニオンのメンバーを時折母親と認識してしまうことがあった」
「・・・あたしの事もそう呼ぶときがあったわ。あたし的には年の離れた妹みたいな感覚だったけど」
「ハルミは肉体相応の幼い精神ゆえ記憶の前後もあいまいな時がある・・・でも、兄者と姉者。二人に対する認識の揺れは感じない・・・」
そうだったな。
それこそ姉妹の様に唯火に懐いていた。
「それだけハルにとって二人との出会いは鮮烈なものなのだろう」
その気持ちを共有しあっているはずの自分にとっても、とは言わないのに意図的なものを感じ。
彼女が自分に課しているものの深さが垣間見えた。
「もう一つ、質問してもいいかな?」
「大丈夫」
最後の疑問。
「『反魂再生』のを使い続けた代償でハルミちゃんもフユミちゃんも精神が退行し、ハルミちゃんは肉体相応まで精神が幼くなったわけだけど・・・・それはプラスには捉えられないのか?」
ハルミちゃんの60年あまりの時間を無かったことにする形にはなるが、それでも生きていればもう一度同じ人生とはいかないが彼女の時間は進む。
そんな俺の意図を汲み取ったのか、フユミちゃんは儚げに笑う。
「兄者。この肉体は、もう成長しない」
「成長、しない?」
余りに唐突な返し。
「爪も、髪も。一切伸びなくなった。時間の流れから置き去りにされたように、この体は変化しなくなった」
「それは・・・」
「自分の体だからよくわかる。内側の魔力を感じることでより詳細が把握できる・・・・『反魂再生』を使う度に退行していく肉体と精神はもう戻ることはない。そしていずれ残るのは・・・いや、もしかしたら肉体も精神も消えてなくなるのかもしれない」
その言葉に、彼女が、フユミちゃんが自らに課した罪を理解した。
もう、進むことのない時間。前も後も踏み出せず、力を使えば存在そのものが削ぎ落されてゆく。
「力を使う毎に『寿命』のようなものを吸われていたのはフユたちの方だったのだろう。代償に今までの自分たちを削られてきたのだろう。多分、『反魂再生』を使わずとも、変化しないこの精神のまま肉体のまま、削られた寿命を全うし眠りにつくと思う」
「フユミちゃん・・・」
俺はその子の名前を呼ぶことしかできず。
唯火は言葉もなく嗚咽を漏らしながら小さな体を強く抱きしめた。
「でもフユたちは運がいい方なのだと思う・・・・死んだ生き物を生き返らせる。こんな異常な力を何度も使って、今もこの場にいられるわけがない。一つの体にフユとハルの二人がいたことと、『ハーフエルフ』だったこと・・・・それとフユたちは、『人間』よりも寿命が遥かに長い」
それでも、あとどれだけ生きて居られるのかわからないけど。
その言葉で、彼女たち二人の成り立ちの締めとした。
「ごめんね・・・辛い話、させて・・・ごめんね・・・」
俺たちには計り知れないもの抱える、時の止まった小さな体。
この子がどこかへ行ってしまわないよう、存在をつなぎとめるように唯火は抱きしめ。
「泣かないで。姉者」
フユミちゃんはなだめる様に、優しく彼女の頭を撫でていた。




