158話 道行く仲間は
俺の回答を聞くと、響さんと聖夜二人は疲弊したように生き吐く。
「本当に済まないね。ナナシ君」
「僕も万全なら同行したいんだが・・・多分足手まといにしからないだろうからね」
「気にするな。なにより狙われている以上街を出ても追手がくるのは間違いない。頭数は少ないほうが目立たなくて動きやすいだろ。それに、あんたにはユニオンでやらなきゃいけないことが山ほどあるだろ?」
マスターのフユミちゃんが一時身を隠すとはいえ彼らのギルド『ユニオン』がなくなるわけではない。
去っていった者も失くした者もいるけれど、それでもやっていかなくちゃいけないんだ。
「そう、だね・・・・名持の竜に重傷を負わされたメンバー達の復帰。ナワバリ内の未活動ダンジョンの維持。君が制圧した『小鬼迷宮』の探索。拠点の再建・・・・この街を守ってくれた君に報いるためにもギルドで僕達がやるべきことをやらないとな」
そう、あのダンジョンの『攻略者特権』。
ダンジョン攻略時、パーティーに参加していた人間だけが攻略後のダンジョンに入ることを許され、その同行者も内部へ入ることが可能になる権利を持つのは、直接的な攻略者である俺。
そして、あの時聖夜を救出した切迫する事態の中で『攻略者特権』の獲得に対し朱音の機転により比較的安全な入口付近で俺の攻略を待っていた、唯火。朱音。聖夜の計四名だ。
聖夜の命がけの探索を無駄にしまいと、朱音が機転を利かせたのはその後の為だ。
「その通りだ、聖夜」
聖夜の言葉に響さんが力強く頷き。
「二人とも。フユがいない間は頼む」
「「はい」」
フユミちゃんの言葉にも同じく強い意志を滾らせ答えた。
「・・・しかしナナシ君。君にはつくづく驚かされるし頭が上がらないな」
「ええ・・・名持の竜の討伐。街を救い、僕も救われ、たった一人でダンジョンを制圧。『内通者』の捜索に尽力してくれて。最強と同格だという美弥子と戦い、マスターの事まで・・・もしかしたら、僕たちは今とんでもない人物と向かい合っているのかもしれませんね。次席」
「同感だ」
「それは、持ち上げすぎだ。俺一人の力じゃない」
廃棄区画からずっとそうだ。
池さんが命と引き換えに与えてくれた剣は今尚まぶしい輝きを放ち、公園のみんなが選別にくれた装備品も姿を変え俺を守ってくれている。
唯火には生き方の気付きをもらい、何度も背中を預け共に戦ってきてくれた。
ハルミちゃんの力にも助けられ、朱音たちと出会い竜種との戦いで背中を預けあう仲間が増えた。
「力になってくれる周りの人たちがいるからだ」
思えばいろんな人に助けられて俺はここにいる。
その道程の中で失ったものもあるが、それに躓きそうになってもそれ以上の力で周りの存在が背中を押してくれたから、不格好な前のめりで俺は進めるんだ。
「そうだとしても、その流れの中心には兄者がいる。兄者だからこそ背中を押し、支えたいと思うのだろう・・・・そうだろう?朱音」
「ちょっ・・・!?」
ビクリと背後の扉の向こうで気配が揺らぐと、わずかに開かれた扉の隙間から朱音と唯火が部屋の中を覗き込んでいた。
フユミちゃんが入室してくる前から三人で立ち聞きしている気配には気づいていたが、手間が省けると思いそのまま聞いてもらうことにした。
「じ、自分のタイミングで入ろうとしてたのに・・・」
「すみません。立ち聞きしてしまってて」
「いや、フユミちゃんの件は二人にも聞かせる話だったしな」
少しの間二人で泣きあって落ち着いたのか、泣き跡はあるものの唯火はいつも通りだ。
朱音はというと・・・
「・・・・えっと」
さばさばと物言う彼女には珍しくモジモジと部屋の境目に突っ立っていた
「ほら、朱音ちゃん」
「ぅ」
その様子に見かねたようで唯火が背中を押すと、たたらを踏むように入室する。
何やら気まずそうに頬を掻きながら。
「あの・・・さっきはごめん、なさい。あたしすごく酷いこと言った・・・・」
(ああ。そのことか)
「あんたのせいでもないのに、あんなこと言っても仕方ないことも。言うべきじゃないことも。あんたが辛い思いで『美弥子さん』と戦ったことも全部わかってたのに。一人でヒスってあんたのこと・・・傷つけた」
瞳を揺らし俺と目を合わせながらたどたどしく話す。
「ずっと、関係ないはずのギルドのために戦ってきてくれて、今日の事があって辛いはずなのに、今度はマスターのために動こうとしてるあんた見て。ホント自分に嫌気がさして・・・だから、ごめんなさい」
「・・・・」
何と答えたものだろう。
『『美弥子さん』のことを見抜けなかったじゃない!!』
彼女にそう言われたことは純然たる事実で、俺もそれを飲み込み思うところもない。
『スキル』の精度を上げていくべきだと意気込みはするものの、彼女の言うような心の傷ができるようなことではない。
「あと。これはお願い・・・・マスターを『交錯の里』まで連れていくのに、あたしも同行させてほしいの」
「朱音・・・・」
彼女の提案に真っ先に反応するのは父親の響さん。
竜種の時や合間のシキミヤの介入時もそうだったが、親として子の心配をするのは当然だろう。
まして今度は軽い旅と言っていい間自分の手の届く範囲からいなくなってしまう。そしてその道程は恐らくフユミちゃん達を狙う未知の敵との会敵もあるかもしれない。
であれば肉親である彼の心中は察しがつく。
「あたしは。あたしたちはまだワルイガに何も返せてない。それなのにもし『交錯の里』にたどり着いたとして、もう会うことがなくなったら一生この借りは、恩は返せないもの・・・・」
なるほど。
だが響さんの心境を考えると、そこまで恩に感じなくてもいいと思うのだが・・・・
確認の意味で唯火に目配せする。
「もちろん事前に承諾しました。ナナシさんは『私に同行する』んですから、異論はありませんよね?」
そう言われると俺としても弱い。
『俺も一緒だ。唯火が胸を張って生きていける自信がつくその時まで。俺も手伝う。力になると、約束してきた』
唯火の恩人で友人。エルフの『レジーナ』から彼女を託され唯火自身にもそう約束した俺が、唯火が進む路を決めるにあたってその意思を尊重しない選択肢はない。
ギルドに留まり竜種の討伐を決めた時同様、今回も彼女の意見とすり合わせなかったことに対するちょっとした意趣返しなのかもしれない。
まぁ、俺個人としては未知の敵と遭遇するにあたって朱音の力は大変心強いのは事実だ。
「―――ああ。俺からも頼みたいくらいだ」
「あ・・・!ありがとう・・・!」
「・・・・」
と、あとは肉親の響さんの気持ちの問題があるが・・・
「多分ここで見送ったら一生後悔する。それに聖夜を、私たちを裏切った連中と繋がっている可能性もあるんでしょ?」
「・・・・ああ」
「ワルイガへの恩も、そいつらへの借りも、ギルドの皆に代わってあたしがまとめて返してくるから・・・・お願い。パパ」
「・・・・わかったよ。好きにしなさい」
やはり竜種の時同様にすんなりと折れた。
「きちんと、役に立ってきなさい」
「わかってる。ありがとう」
彼女を一人のメンバーとして、果たす責務のある人間として送り出す様だ。
以前と違い『娘を頼む』という言葉は出てこなかった。
「よかったね。朱音ちゃん」
「ええ。足手まといにはならないわ」
「いいんですか?響さん」
「ああ。いつまでも子ども扱いはできん・・・・それに」
「それに?」
「『異種族』が集まる『交錯の里』。『スキル』の力で外界と遮断されていると聞く。もしかしたら『人間』の侵入を危惧してのものかもしれない。その場合、マスターと唯火さんしか入れない可能性がある」
なるほど、それはシキミヤもほのめかしていたな。『人間』の俺は受け入れられないかもしれないと。
そのことに目を付けるとは流石、響さんだ。
「確かにそうで―――」
「そうなると朱音とナナシ君。二人きりで行動することになるだろう」
「・・・ん?」
「『交錯の里』は山奥。マスターたちを置いて下山するわけにもいかず野宿になるやもしれん・・・・そして、標高の高い山は冷える・・・・身を寄せ合うしかあるまい」
妙な話の流れに俺だけでなく唯火と朱音も反応を示し。
「寂しい思いはあるが、これは帰ってくる頃には私の悲願がかなうかもしれんな」
「ちょ、ちょっと。あほ次席何言って――――」
響さんはこれまでで一番渋めのいい笑顔を見せながら。
「初孫だ」
「――――――ッ!!キモい!!」
そう言い残し、娘の渾身のビンタに沈む響さん。
度重なる竜種との戦闘で朱音のステータスも相当伸びた証だな。うん。
「野宿・・・孫・・・そ、そんな落とし穴が・・・・」
「姉者。しっかり」
妙な様子の唯火をフユミちゃんが宥めているのを尻目に、頬に綺麗な紅葉をこさえ地に伏す父親を見下ろしながら肩で息をつき耳まで真っ赤に染め上げる朱音。
身内のこんな発言はさぞ恥ずかしく居た堪れないことだろう
ギルドに初めてきて彼との決闘直後、娘の朱音を嫁に勧めてきた時から思っていたが、彼女が絡むと中々残念な人らしい。
「君もなかなか隅に置けないね。ナナシ」
「響さんの妄言だろ・・・・」
まぁ多分彼なりに、続く暗いニュースが運ぶ鬱屈した空気を変えようと身を挺し場を和ませるための冗談だったのだろう。
「ぅ・・・・ま、ご・・・」
「まだ言うかっ!!?あほ次席!」
(・・・・多分)
何はともあれ。
アトラゥスを倒し、ミヤコの離脱を経て、俺たちの新たな目的地はこうして決まった。




