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156話 彼女が去って

「流石にこんだけ人里から離れると、道らしい道も見当たんねぇな」


 鬱蒼と茂る木々が行く手を阻む緑の迷宮を、手でかき分けながら進む。


「いっつ!?」


 手を伸ばした先に棘の鎧で身を守るツタがあったようで指先にできた赤い筋から雫が漏れ出した。

 その指先を。脆弱な人の肌を見つめると男は自嘲する。


「世界にゃあんなイカれた奴らがいるってのに、俺はこのザマか」


 数日前まで潜伏していた街、そこには自分よりも強く徒党を組むギルドなる組織を形成する人々。

 そこに現れる竜の眷属、そしてその上位存在である名持の竜。

 何より、その化け物のさらに上をいった化け物。それが人間であったことに、『あの男』であったことに言いようのない劣等感を抱く。

 怒りよりも空しさが先立つほどに。


「ルルル・・・」

「クゥーン・・・」


 主の血の匂い過敏に反応する竜と孤狼。

 二匹は鼻先を両腕と脇腹の間にねじ込ませるように寄り添う。


「ん?ああ、こんなもんただのかすり傷だ、なんのこたねぇ」

「・・・・ルルゥ?」

「なに?・・・・ダメだ」


 竜は何かを問いかけるように主を見上げる。男には人語を発せない異形の声が聞き取れた。


「確かにお前の鱗なら先行すりゃ楽に道も開ける。だがダメだ。そこまで干渉するのは」

「ルルルゥ・・・」

「わりぃな。自然(ここ)には自然(ここ)のルールがあるもんなんだ」

「ワゥ~・・・」


 そこで話を途切り前へと向き直り再び草木をかき分けていく。


「だからてめぇも余計な真似せずに後からついてこい!はぐれたら置いていくからな!」

「・・・・」


 背中を向けながら数メートル離れた後方から男が作る道をのそのそと影は進んでいく。


「あーくそっ。なんだって俺がこんな・・・・本当にこんな山奥にあんのかよ!」

「――――――」

「! おい、てめぇ今なんか言ったか?」


 竜でもなく孤狼でもない何かの声を聴いたような気がして振り返る。

 だが相変わらずそこには一定の距離を保つだけの虚ろな存在が立っているだけで。


「・・・・ちっ!未だにうんともすんとも言いやしねぇ」


 舌打ちを一つ鳴らし前を向く。


(――――――そう言えば)


 今日、舌打ちしたのは今のが初めてだな。と。


「・・・・」


 何の意味も持たないようなつまらないことに気が付くと。


「ちっ!あーくっそ!ちっ!」


 続けて舌打ちが漏れるのだった。






 ::::::::






「うそ、ですよね・・・?」

「・・・・」


 口元を手で押さえ驚きを隠しきれない様子の唯火。


 シキミヤとミヤコが去った後、『影縫い』の拘束を解くと真っ先にユニオンの次席である響さんが救護室へと駆け付けてきた。

 壁も床も砕けた有様の室内に驚く彼へその場で手短に経緯を説明すると。



『・・・・分かった。『探求勢(シーカー)』の職員へは私から説明しよう』



 言葉少なにそう言う彼にその場を任せると、唯火と朱音を俺の部屋へと呼びだす。


「・・・ちょっと、ワルイガ。何とか言いなさいよ!冗談だったらマジで性質悪いわよ!?」


 俺の言葉に激昂し詰め寄ると、胸倉を引っ掴み怒りの形相で言い寄る朱音。


「・・・『美弥子さん』が襲ってきた」

「い、いつもの、おふざけじゃ――――」

「俺の眼球を抉ろうとしてきた」


 胸倉をつかむ手が震える。怒りと戸惑いに支配されているその様子は見ているこちらとしても、辛い。


「『催眠』。そう言っていた・・・・俺たちが『美弥子さん』として接してきたあの人は。自らにそう在ると『催眠をかけた美弥子』だと」


 この説明はニ度目だ。

 既に、あらましの事情は説明してある。


 ミヤコの襲撃。美弥子の正体。ミヤコとの戦闘。シキミヤの出現。ダンジョン内で死亡した12名の不審点。

 口にしながら、俺も改めて突き付けられる思いだった。


「そんな・・・あんなに―――」


 楽しくやっていた。昨日の飲み会が思い出される。温かい思い出だ。

 けどそれは『催眠』によって作り出された『美弥子』との、真意を掴めない襲撃者『ミヤコ』との、ハリボテの思い出だ。


「・・・なんなのよ。一体なんだっていうのよ・・・!」


 朱音の腕が力を失ったようにだらりと下がる。


 二人の思いはその一言に集約されるだろう。

『一体何なんだ?』と。


「『内通者』は美弥子さんだったってわけ?」

「いや・・・この一件の首謀者ではあるだろうが多分俺たちが思っていた『内通者』とは違うだろうな」


 そうだったと言ってしまえば、いっそその方が彼女たちも楽かもしれない。

 手放しに裏切りを恨めるかもしれない。


「じゃあ、一体あの人は・・・」

「これは俺の考えになるが・・・『奴』が何かの目的でギルドに潜伏したのは間違いない。その大まかな目的は『小鬼迷宮(ゴブリンダンジョン)』に入った12名の始末と言っていた」


 だが俺は見たまま聞いたままを伝えることを選ぶ。

 あえて『奴』と呼んだ俺に二人は顔をゆがめ。


「そしてこうも言っていた。殺した12名はユニオンにとって『害虫』だと」

「・・・ギルドのために、やったってこと?」

「いや違うだろうな。結果としてそうなっただけで、あいつにはあいつで12名を消す理由があっただけだ」

「わかんない・・・・何を信じたらいいの・・・?」


 額に手を当て俯く朱音。


「『洞観視』で終始視ていた。多分発言に噓は――――――」

「『美弥子さん』のことを見抜けなかったじゃない!!」

「・・・・」


 朱音の叫ぶような指摘は的確で、悲痛なもので。事実、自身すら騙す『催眠』の影に俺は全く気づけなかった。

 返す言葉は、見つからなかった。


「朱音ちゃん・・・」

「なんで・・・なんなのよ・・・なんで『美弥子さん』なのよ」


 息を荒らげ肩を震わすその様子に、唯火はなだめるように彼女の頭を抱きしめる。


「ナナシさんも、すごく辛かったと思う・・・・『美弥子さん』と、戦う・・・ことになって」

「ぅぅっ・・・」


 それだけ言うと、二人とも次ぐ言葉を吐き出せず何かに耐えるように嗚咽を漏らしていた。






 ::::::::






「ご苦労だったね。ナナシ君」

「いえ。響さんも対応ありがとうございました」


 泣きあう二人にかける言葉を持たなかった俺は、響さん達と必要な話をするために聖夜の部屋へと訪ねる。


「・・・大丈夫かね?」

「二人とも、辛そうでした。昨日まであんなに仲良く――――」

「ナナシ君は大丈夫なのかい?」

「・・・はい」


 ウソでも無理でもない。俺の心はすり減ったような感覚はあるものの立ち止まり蹲ってしまうようなものではない。

 もし、スキルの恩恵がなければ唯火と朱音の様に嗚咽に身を震わせていたのだろうか。



『弱さを失うのも、なんだか悲しい気がするわね・・・』



(・・・・まったくな)


 心の平静と裏腹に浮かび上がる言葉と情景。

 それを振り切るように緩くかぶりを振る。


「ナナシ君。やはり・・・・」

「いえ。問題ありません」


 顔を上げそう言った俺の顔はきっといつも通りだったはずだ。


「君は・・・強いね。ナナシ」


 力なく言う聖夜を見ると、その表情から読み取るに複雑の一言で表せないほど心が乱れているらしい。


「『内通者』をあれだけ恨んでいたのに、不思議なものだ。ダンジョン内で裏切りを目の当たりにして覚悟はしていたが・・・・やはりキツイな。おまけにその狙いも明らかにはならず、死んでいったあいつらに関しても不明瞭なまま・・・一体何に怒りを向ければいいのか・・・気が、どうにかなりそうだよ」

「聖夜。傷に障る・・・寝ていなさい」


 拳を震わせる彼をなだめながら。


「ウチに来てこっち。君にはずっと負担の多い役割を押し付けてしまっているね」

「いえ・・・・全部、俺自身が選択してきたことです」


 そう。

 どんなにこの身が傷つこうと。

 心が擦り切れようと。

 誰と戦うことになろうと。

 それは全部俺が選んだことだ。


ワルイガ=ナナシ(この名)』を名乗るようになった瞬間から変わることはない。


 変わらず、俺という個人が何者に成り得るのか。

 自分(それ)を捨てずに戦い続けるだけだ。



「響さん。まだ整理がつかないでしょうけど、重要な話があります・・・・フユミちゃん達に関しての事です」

「マスターの・・・?」



 俺がこの一変してしまった世界で立ち止まることは、決してない。

なんだか打ち切り漫画の最終回みたいな感じですが、

続きます。

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