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155話 思い込み

(こんなステータスを隠していたのか)


 一度のみ効力を発揮するという目の前の女性を象徴する白衣。かつて朱音が着用していたものと同じく『目利き』を無効化する特性があったのは間違いないようだ。

 ニ度目の『目利き』にしてステータスを断片的に暴く。


 アトラゥスよりも高いレベル、そして見覚えのある文字列。


到達者(とうたつしゃ)


(確か、シキミヤの奴もそうだった)


 何を意味する称号なのかは知らないが、奴とのこの共通点が差すところは。


(――――強い)


 微塵の油断もなく剣先を下げ全方位に神経を巡らす構えを取る。


「怖いわね、この圧。まるで不可視の結界でも張られているみたい。流石は・・・・何だったかしら?・・・・そう、名持の竜を殺した男。ダメね、まだ記憶が離れてる」

「目的はなんだ?」


 無駄話に付き合う気は起きない。

『美弥子さん』の面影で発する言葉をなるべく聞きたくなかった。


「話術も何もないアプローチね]


 何がおかしいのか鼻で笑う息を吐き。


「随分と感情が昂っているみたいだけど、そんなに『美弥子(わたし)』に思い入れがあったの?」


 色香をひけらかす様に黒髪をかき上げ。


「もしかして、私を抱いたとか?」

「・・・・」


 挑発だ、乗るな。


「その反応、どっちかしらね。ふふっ、構わないわよ?あなたみたいな強くて冷静な男は嫌いじゃないもの」

「・・・・目的は?」


 平静を保て。


「私と一緒にくる?さっきは催眠が解けた直後で反射的に攻撃したけど、今はあなたに興味があるわ」


 奴の向こうに彼女を見るな。


「何なら、『美弥子』としてはあなたのものになってもいいのよ?また私自身に催眠をかけて」

「・・・・」

「そうすれば、あなたはまた『美弥子』に―――」






『平面走行』

『体術』

『洞観視』

『弱点直感』

『近距離剣術』






「―――残念。お気に召さなかったみたいね」

「お前の目的はなんだ?」



 一足で距離をゼロにし、剣閃は振り切ることなく喉元に刃を突き当てる。

 風圧に流れた長い髪が完全に静止し垂れ下がるまでのその間、女は微動だにすることはなかった。


「お堅いこと」

「くだらない冗談に付き合う余裕はない」

「冗談ではないのだけどね。不思議と」

「他のユニオンのメンバーに『催眠』とやらは使ったのか?」


 剣の柄に力を籠めると白い首元が浅く裂け赤い筋が走る。


「・・・・部屋の外が騒がしくなってきたみたい」


 一切の警戒を緩めず、強化した聴覚で室外へと耳を澄ますと先の壁を破壊した物音が騒動になっているようだ。


「ねぇ・・・・あなた、素敵ね」


 首筋に血を滴らせながら囁くような言葉。


「私の後ろに情の移った女を見ながら、迷いなく刃を突き付ける。ある意味強烈な『自己暗示』。自分を信じて自分をだまし切る覚悟がないとできないことよ」


『美弥子さん』がくれたアドバイスとはある種真逆の言葉。

 それが俺の神経をさらに逆撫でる。


「何度も言わせるな。お前―――」

「私もそう」


 刃先が食い込むのも意に介さずその双眸を見せつけるように首をねじる。


「私は私を誰よりも信じてる。私はやれる私ならできる。『プラシーボ効果』、思い込みの力。思い描いた理想の自分は・・・・」


「!!?」


 剣に伝う微かな手応えが消えうせる。視認していた女の姿が視界を外れ。



「そう在ると自分に『催眠』をかけることによって、体現される」

(この、反応速度・・・!)



 ペンで眼球を抉られそうになった時と同じ、常軌を逸した動き。

 そこに全神経を総動員することでようやくとらえられる領域。


 沈み込むよう意識の外へ逃れ攻撃態勢に映る敵を目の当たりにし、その言葉からカラクリを理解する。



「っふふ・・・!」

「質問に・・・!」


 察知した攻撃の気配、その数五連。

 0コンマ数秒秒内のタイムラグで急所を打ち抜く蹴りの応酬、全箇所同時とも観測できる速度の攻撃。

 その全てに黒鉄と剣を割り込ませ同次元の速度で遮る。



「あっははッ!すごい!こんな速さについてこられるんだ!?」

「答えろ!」



 五つ目の蹴りを剣の腹に乗せ受け流し、返す刃の反動でカウンターの斬撃。


「目もいい!読みも!」

「ッ!」


 受け流した蹴りで体勢を崩すつもりだったが、驚異的な柔軟性でそれを補完。

 剣はヒールと靴底の間で受けられ自重と膂力を乗せた勢いそのまま床を踏み砕くと、刃が一時拘束された。


「特注なの!いいでしょう?」

「ちっ!」


 すかさず頭蓋を砕こうと眼前に迫りくる膝蹴り。

 剣を埋められた場に置き去りにしたまま間一髪で飛びのく。


「ごめんなさい。お得意の得物取っちゃって」


 怒涛。

 そう言い現わせるほど間を置かず飛び退いた先へと踏み込んでくる。変貌してしまった、それでいて同じ風貌の顔が間近に。



「! 無手でもその域なのね・・・!」



 先の蹴り同様、だがより小さく短く放たれた急所を突いた貫手の数十に及ぶ刺突。それらも全て払い、流し、弾く。


 防勢を保持しながら、


「・・・なにを!狙っているのかしら!?」


 見出した機の一瞬に重心を落とし、床を指先でなぞらえる。

 そして『探知』した一点で制止。突いた指を拳へと形成。

 振りかぶらずその点に拳を沈めると―――



「ッ!? 足場を!本当にすごい!剣士じゃなかったの!?」



 抉り砕ける床、崩される体勢、生まれる隙。

 この機に取った選択は、埋もれた剣を取ること。



「―――お前が、」



 砕け崩れるその場を飛び、滑るように剣の元へ。


「情報を吐かないならそれでいい」


 柄を取り、腰溜めの構えを取る。



「その距離で何を―――いえ、初撃の動きを見るにあなたに間合いの話は無駄ね」


「ああ。無駄だ」



 そして、意識に沈み込むように引き延ばす体感時間。

 今ここに至ったわけは、



『知らないわよそんなこと。あたしは、このお兄さんの飲みっぷりが見れれば満足なの。はー・・・強い男が強い酒にあてられた熱い吐息を吐く様・・・・ささっ、どうぞー』

『んふっ。服、着させるまでが施術よ』

『へ、変じゃないかしら?』

『手厳しいわね、ナナシさんは』

『こほん!なんにしても、ナナシさんの帰りを待つ人もいるんだから、戦いに身を置く時もそれを忘れない事』



『美弥子さん』を追憶するため。

 向き合い、真の意味で決別を果たすための覚悟の一瞬。



「今度は何を見せてくれるの?」

「・・・見ることはない」



 それを認識と同時に結果が成る。

 間合いも、反応速度も関係ない。



「――――終わりだ」

「――――ッ!?」













「はいそこまでー」



 勝負を決する極限の緊迫状態に間の抜けた声が割り込む。



「お前・・・なんのつもりだ」

「あなたは・・・」

「はいはいはいはい。二人とも動かない。動けないだろうけど」


 喧嘩の仲裁でもするような気軽さで手を叩きながら姿を現した白髪。

 奴お得意の『影縫い』で動きを封じられ剣を振るに至らなかった。


「「シキミヤ・・・!」」


『催眠』を使う女と言葉が重なる。


「おひさー。ミヤコちゃん」

「・・・相変わらずユルイ男ね」


 二人は面識があるようだが、どうやら穏やかな間柄じゃないらしい。

 特にミヤコの声色からは攻撃的な意思が含まれているように感じる。


「なんでいきなり現れたのか知らないけど、この趣味の悪い拘束。解いてくれない?」


 俺同様ミヤコもまた影を縫われ身動きが取れないようで。


「そっちも相変わらずつれないね。てゆーかむしろ感謝してほしいけど。何を狙ってたか知らないけど、ナナシがさっきの振り切ってたらミヤコちゃんでもタダじゃ済まなかったよ?」

「尚更邪魔ね。余計なお世話にもほどがあるわ」

「・・・・んん~?なんかいつもと雰囲気違くない?めちゃくちゃナナシに興味ありげ?」

「・・・・」

「おい白髪。お前こいつを知っているのか?」

「シラガって・・・・」


 こちらを無視して呑気に世間話を決め込んでいるので無理やり割って入る。


「その口ぶりだとこの状況はそいつを庇ったようだが、お前の仲間なのか?」

「んーにゃ。この子とはそんな感じじゃないよ。ゆくゆくはそうなっちゃうのかもしれないけど」


 妙な言いぶりだ。こいつの言葉は何を信じていいのか判断がつかない。


「てか、ナナシだって僕に感謝してほしいよねぇ。仲間だった女を斬って罪の意識に悩まされずに済んだんだから」


 こいつ、何をどこまで知っているんだ。


「余計なお世話だ。覚悟のうえで戦ってるんだ」

「冷たいねぇ。食堂ではあんなに仲良さげだったのに」

「・・・・あの時消えたのは、そいつとの接触を避けたのか」

「うん。なんか全然別人だったから目を疑ったけど、まぁ多分また趣味悪いことしてるんだろうなぁって」

「・・・・そろそろ、おしゃべりは止めにしましょうか」


 ミヤコがそう言うと、影を縫う複数の苦無の内の数本が甲高い音を立て亀裂が走る。


「まじで?自力で取れちゃうの?」


 成程、力ずくでも外せないことは無いのか。


「――――ナナシはさぁ。まだはやいんじゃないの?その域(これ)は」


 膂力を振り絞ると、今しがた目にした現象同様に苦無は鉄片となり砕け散る。


「なのになんでできちゃうかなぁ・・・・」


 初見の時はどうにもできなかった『影縫い』の拘束。多少時間はかかるが今の俺なら外せるようだ。


「でもだめだよ。自由になったら殺しあうでしょ」

「・・・・ちっ」


 外せるようにはなったが楽ではない。苦無を破壊した傍からまた新たな苦無に影を縫われていく。


「なんでそう物騒なのかなぁ。まともなの僕だけ?」

「お前にだけは言われたくないな」


 確かに、とシキミヤは心底おかしそうに笑う。


「はーおもしろ・・・・でも、何をそんな殺したいほど怒るのかねぇ?」

「ダンジョンの攻略にあたったギルドメンバー12人。仲間だった彼らをそいつが操って殺し合わせた」

「そりゃ極悪人だ」

「・・・・」

「ま。図式ではそうだけどねぇ」

「お前、何か知っているのか?」


 どこか品定めするように、マスク越しに顎をさすりながら俺を見る。


「立場上ねぇ。詳しいよ」


 それからミヤコを振り返ると、すべての拘束を外し終わった姿に満足げに頷く。


「ま。こういうのは自分の手で暴くのが一番っしょ。今日はとりあえずここまでにしておこうよ。ミヤコちゃんに死なれると結構困っちゃうし。あとナナシもね」

「・・・・ホント、気に食わない男ね」

「ナナシ。君の回りにいる女の子はなんでみんな僕の事毛嫌いするの?」


「――――待て!!」



 勝手に話をまとめ始め、撤収に向け踵を返す二名の背中を呼び止める。


「・・・・」

「ん?え?聞く耳もつんだ?」


 背中を向けたまま歩みを止めたミヤコが意外だったのか、シキミヤはその顔を覗き込みながら興味深そうにしていた。


「ダンジョン内でメンバー達を操ったのは何が目的なんだ。聖夜の暗殺か?」

「せいや・・・・ああ。違うわ。始末するにはそこがちょうどよかっただけ」

「それだけの、ためだっていうのか?」


 12人も殺しておいて淡々と言う。


「言っておくけど。私は私が。あなたの言う『()()()()()()()()』だなんて一言も言っていないから。誰に組しているわけでもない。結果としてユニオンにとっての害虫を駆除した形になったけど」

「・・・・」


 この言葉の意味するところは・・・・ダンジョンで死んだ、ミヤコが殺した12人は元からユニオンにとってもミヤコにとっても黒だった。とでもいうのか?


「なんにしても、自分の目で確かめてもいない事を、憶測で決めつけるのは少し乱暴じゃないかしら?」


 何が真実でウソなのか。

 その虚実は目に映る情報によって暴かれている。

 ただ、その先に潜む隠されたものが、ミヤコの言葉をうのみにすることを反射的に拒んでいた。


「それとさっきの質問だけど。ほかに『行動を促す催眠』をかけた人間はいない。大部分の人間に私に対しての認識に大規模な『催眠』をかけたけど害はない。私に関して多少の認識のずれは生じていると思うけどね」

「そんな言葉信じるとでも――――」

「別に好きにすればいい」


 俺の言葉を遮るように言い放つ。


「それとも、そんなに真実が気になるなら・・・・私とくる?」

「え?これ・・・・え?」


 二度目の提案。

 キョロキョロと、背を向けるミヤコと俺に交互に視線を行き来させるシキミヤ。


「・・・もし、またお前が、このギルドにちょっかい掛けるなら。今度こそ斬る」

「そう。そうよね・・・・それも悪くないわね。でももう私はここでの目的を済ませたみたいだから、用はない」


 だから本当に安心して、と言い残すと。

 ヒールを鳴らしながら救護室の扉に立ち。


「多分()()()()()()()また会うこともあると思う。どうやらシキミヤ(そいつ)もあなたに相当入れ込んでるみたいだし」

「先見の明ってやつだねぇ」


 緩い返しに吐き捨てるような息を吐くと。


「それまで死なないように気を付けなさい・・・・『ナナシ』」


 最後にそれだけ言い残し、救護室を後にした。


「なーんか臭うなぁ。ミヤコちゃんあんなだっけ?」

「・・・・お前らは、一体何をしているんだ」


 それぞれが好き勝手に引っ掻き回しているように見えるが、先の二人のやり取り、交わす言葉を聞いていると、何か同じものを見ているようにも捉えられる。

 ゆえに『お前ら』と広い解釈で問う。が、


「ミヤコちゃんも言ってたでしょ、このままいけばいずれ分かるよ」


 まともな答えは返ってくるとは思っていなかった。


「じゃ。僕も帰るね。『影縫い(それ)』の外し方はもう知ってるでしょ?好きな方法で外しなよ」


 扉へと向け歩みを再開するが、ミヤコ同様そこで立ち止まり。


「そうだ。君んとこの・・・君は正式なメンバーじゃないか。まぁいいや。あのロリッ子マスターだけどね・・・・あ、ロリコンの達人的な意味じゃないよ?」


 下らない補足を挟み。


「しばらく身を隠した方がいいよ」

「・・・・どういう意味だ」

「そのまんまの意味。察しが悪いね、こういう言われ方する時は決まってんじゃん」


 首だけで振り返り。


「狙われてるよ。あの子」


 次から次へと真実を疑いたくなるようなことを言う・・・


「誰にだ」

「君が知るにはまだ早いよ」


 然るべき時、ね。

 と続け、


「あの子も死なれると困るんだけど僕がそこまでする義理もないし。だからおすすめは身を隠すこと。なんかあるらしいよ?そういう溜まり場が。なんてったっけな・・・・『なんとかの里』って書いて『シェルター』って呼ばれてるところ」

「信用しがたい上に情報が浮ついてるな・・・」

「狙われてるのはもうすぐにでも実感するよ。僕がしばらく街からいなくなるからね」

「そうか。住みやすくなるだろうな」

「別に君も留まるわけじゃないでしょ」


 最早こいつが何をどこまで知っているのか等の言葉は出てこなかった。


「とにかく、そのあの子を連れて『シェルター』に行くのをお勧めするよ。君の連れのおっきい方のお嬢ちゃんもいるからすんなり受け入れてもらえるんじゃない?」

「そういう意味だ?」

「何でもそこは、『異種族』が身を寄せる場所らしいから」

「お前の訳知り顔にはうんざりするね」

「言ったじゃん、立場上詳しいって。ま、『人間』の君が受け入れてもらえるかは知らないけど」


 ファンタジーだよねぇ、と言い残し今度こそ去っていった。


「次から次へと・・・」


『美弥子さん』との決別。シキミヤの介入。得体の知れない何かの流れの中にいる感覚を味わい。

 ハルミちゃん・・・・フユミちゃんが狙われていると言う。



「・・・・少し、疲れたな」



 肉体よりも精神が、心がすり減った気がする。

 失ったもの、抜け落ちてしまったものを思い、


 深い息を吐きながら荒れ果てた救護室にしばらく立ち尽くしていた。

貴重な『お姉さん』が行ってしまった・・・

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