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154話 黙れよ

 細い腕。

 掴んだそれは気を付けてしまわないと折れてしまうんじゃないかと思うほど、女性らしい細腕。


「どう、したんです・・・ッ!」

「・・・」


 だが、今の俺にはそのことに気を向ける精神的余裕がなかった。

 突然、彼女が俺の眼球へ手にしたペン先を突き立てようとした。その事実だけが今はっきりしているだけで。


「どうして・・・!」


 飲み込めない事態に、同じ問いを繰り返すしかない。

 そしてそれとは別に、こちらの平静を更に削ぐ要因。


(なんだ、このっ・・・力・・・!)


 ペン先の刺突の直線上から逃れるためにその細腕を払おうと力を籠めるが、拮抗するばかりで振り払うことができない。


「・・・くっ!」


 彼女の足への直撃を避けつつ腰掛けるオフィスチェアの脚を蹴り払う。

 脚部は砕けプラスチック片が飛び散り、自重を預けた支えが失われ余りに低空な一瞬の浮遊。

 その体勢を崩した隙に振り払う、いや拘束――――


「『離しなさい』」

「・・・・え」


 俺は掴んでいた腕を解放した。払うのではなく、ただ握力を弱め手放した。

 自身の意志とは異なる動作。

 その事実にほんの一時呆けていると、頭上から影が落ちる。


「み・・・!」


 脚は折れ一本の支柱のみになった座面に両の手を突き、流れるように後転する曲芸のような身のこなし。それに追従する白衣の軌跡。

 見とれてしまうほどの美しい動作。


 俺の肉体がようやく反応しだしたのは、


「や、こさんッ・・・!」


 何度目になるだろう呼びかけを口にし終え、それと同時に高いヒールが床を突く音を聞いた時。


 攻撃を察知。鳩尾への蹴り。

 いや、そんな生易しいものではない、その踵から伸びる突起は肉体を貫く。

 それほどの危機、それほどの威。


「ぐっ!?」


 それを真正面から受けると、俺の体は易々と救護室の壁面へと運ばれ石膏の肌を引きはがしコンクリへと背中を打ち付けられた。



「・・・・おかしいわね。さっきまで()()()()()持ってたかしら?」


 パラパラと崩れ落ちる破片を払い、砕けた石膏の粉塵にむせながら立ち上がると。

 拭えぬ戸惑いに揺れる()()を彼女へと向ける。


「随分固い腹筋だと思ったら、それで防いだの」

「あなたは、一体・・・」

「そんな長物どこにしまっていたのかしら?興味深いわ」


 いつもと、端々の動きから重心の置き方、発せられる言葉に含まれる冷たさ。

 何から何まで、まるで別人だ。


「ねぇ・・・『教えて』?」

「・・・・」


 数秒の沈黙。

 この一瞬に平静を取り戻せ、考えろ、この状況に想定を当てはめ現状を理解しろ。



「・・・・はぁ。ついさっきまでは一瞬でも効いたのにもう対応してる・・・・やっぱり()()()()と弱いわね」

「美弥子さん、何かに操られているんですよね?」

「・・・・ん?」


 俺の知る美弥子さんがいきなりこんな襲撃をかける理由は限定される。


 一つ目は彼女が内通者だった。

 二つ目は美弥子さんに扮した別人。

 三つ目は何者かのスキルにより操られている。


 一つ目は信じたくない、二つ目だったら会った瞬間に気づけている。

 三つ目が有力、三日に渡りユニオンの全メンバーと個人個人で面談していく中で俺の目を潜り抜けた内通者が彼女に遅効性のスキルをかけて操った。


「ギルドに潜む内通者。そいつに操られているんだろ?」

「・・・・」


 これはもう懇願だった。

 今だ片目から流れ光るものがその証だと思いたかった。


「それ、操られている本人に聞いても答えは出ないんじゃない?」

「そうかもな」

「ん~・・・・あまり稚拙な『スキル』と思われるのも癪ね」


 頼むよ。


「一言に操るといっても何パターンかあると思うの。ざっくりと三つかしら?」

「・・・・」


 その顔で。


「『洗脳』。これは時間がかかるけど掛かれば強い。次に『憑依』。こっちはお手軽だけど限定的な場面しか役に立たなさそうね。憑依できる程度の相手に憑依したって旨味は少ないもの。そして三つ目」


 その声で。


「『催眠』。人間の精神のベースそのものに訴えかけ強制的に支配下に置く・・・・ここからは、答え合わせ」


 その目で。


「『催眠』の支配は無意識下に潜ませることができる。つまり行動開始の条件を与えて設定しておけば、時間差でダンジョン内で背中を預けあった仲間に刃を向けさせることも可能」

「・・・・」




『聖也君以外の12名は今も重症を負って動けないという話・・・それ、私のせいなのかもって』




「で、ここからが『催眠』のすごいところ。プラシーボ効果って知ってるでしょう?その思い込みの力は『催眠』により増強できる。つまり、外傷、疲労回復にも効果を発揮する。さながらセラピストってところかしら」


 俺たちの仲間の姿で、


「そして『催眠』は自らに使用することもできる。時に『暗示』とも呼べるわね。例えば『お茶目で有能な女医さん』って自身に『催眠』をかければ、()()()()()()()()()()()()()。幸い医学も齧っていたからね。それに事前に細かい条件を設定しておけば、その状態の無意識下でも他者への催眠行動が可能になる。綿密な計画というやつね」




『少し前に、ね。ダンジョン攻略班の人員が決まった直後。ダンジョンという閉鎖的で常に緊張感が付きまとうロケーションに長時間滞在するにあたって、個人個人に事前の診察を行ったの』




「・・・・もういい」


「気のいいお姉さん。よくできてたでしょう?自分でも結構不思議な体験なのよ?なにせ人格がもう一つ形成されたようなものなんだもの。いまだに『美弥子』との記憶の統合が完了しないし。この涙もその名残かしら」


 俺の知る美弥子さんの姿で、


「そして自分すらも偽るこの催眠の解除条件は、私にとって最も脅威を感じる一瞬にした。この力の性質上『知られる』というのが一番厄介だから」


 そんな冷たい言葉で、


「この、白衣。一度のみ効力を発揮するこのマジックアイテムが発動した時、その声を聴いた時」


 もう、喋らないでくれ。


「『【鑑定士】などによるラーニング系統の攻撃を受けた時』。それが、催眠解除のキーワード」

「黙れよ・・・・!!」



 感情の昂りが、漏れ出す魔力を唸らせ大気を弾く。

 魔力ってのがどこから生まれるものなのかは知らないが、精神の起伏に敏感に反応する。



「・・・・左腕の黒鉄。首元の羽衣。また、何もないところから・・・」


「あなたが・・・お前が、誰で、何なのかわからない」


 分かりたくもなかった『目利き』など使わなければよかった。


「わからないけど、見過ごす事は・・・・できない」


 現実から逃避する感情と、先の言葉の羅列が突き付ける真実達が俺に剣を握らせる。


「私は、殺されるのかしら?」


 戸惑いを振り切るように闘気を高めながら、目を閉じるといまだ鮮明に思い出せる仲間たちとそこに居る彼女。



「美弥子さん・・・・」



 口にしたところで、胸に空いたこの空白は、足元が崩れてしまいそうな虚無感は消えることはない。


 それでも――――






「――――さよなら」



 決別の言霊を音に乗せた。








 名:?

 レベル:156

 種族:人間

 性別:女

 職業:

人繰り(あやつりびと)


 MP:■4■0■

 武器:?

 防具:?

 攻撃力:■■92

 防御力:■84■

 素早さ:■■7■

 知力:4■■■

 精神力:■9■8

 器用:■■■

 運:■■■

 状態:ふつう


 称号:【到達者(とうたつしゃ)

 所有スキル:?

 ユニークスキル:?


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