152話 飲み会の効果
健康診断最終日、今日で予定していた全工程が終わる日だ。
今日も今日とて俺は救護室の天井裏で息を潜める。
(・・・・うん。昨日よりかは体の力が抜けてるな。美弥子さん)
常時発動している『洞観視』越しに見る彼女は自然体、という感じだ。
様々な所作が昨日までとは違うことを現していた。
(今朝の様子は少し心配だったからな・・・・)
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「二人とも、もう部屋に戻って寝た方がいいんじゃないか?」
「んぇっ!?な、らに言ってんのひょ・・・・起ひてるってば」
「むにゃむにゃ・・・・隠し味は!・・・むにゃ」
『竜種討伐班祝勝会』と称した二次会は、美弥子さんの熟睡により本当に寝ずに行われ、カーテンの隙間から夜明けの明かりが漏れ始める。
「いやいや今、ビクッてなってただろ。呂律回ってないし・・・・唯火も九割がた寝てるだろそれ。寝言言ってるし」
「・・・・すかー」
「すぅ・・・すぅ・・・」
ああ、落ちたようだ。
「ったく。世話が焼ける」
床では寝心地が悪いだろうが仕方ないせめてブランケットでもかけてやろう。
・・・・手のかかる妹が二人いるみたいだ。
「もうすっかり朝だな」
カーテンの隙間をわずかに広げ外を眺める。
意識がある状態で一晩越すと、いつも以上に朝日が身に染みる。この感覚は嫌いじゃない。
「・・・・ん」
「おっと。起こしちゃったか」
漏れ出た光がベッドに横になる美弥子さんの瞼に重なってしまったようだ。
眠気に抗うような声を上げながら、もぞもぞと気だるそうに首を上げ。
「あ、れ・・・・ここ・・・私は・・・?」
まるで記憶喪失テンプレみたいな反応だ。
「おはようございます。美弥子さん」
「・・・・ナナシさん?」
緩慢な動きで軽く癖のついた黒髪に指先を通しながら眠気眼でこちらを見ると。見る見るうちに瞳が見開かれて意識が覚醒しているのだろうとよくわかる。
「えっ!?え、え、え、え!?」
身を隠すように被っていたタオルケットを引き寄せ、中で忙しなくゴソゴソやる。
流石にその様子が何を意味しているのかは俺も察しが付く。
「あ、あの。美弥子さん落ち着いてください。何もなかったので。ほら、二人もずっと同じ部屋にいましたから」
「・・・・あ。う、うん・・・そっか。そう、よね」
うん、うん。といまいち感情のつかめない反応。
「・・・・二人も寝ちゃったの?」
「ほんのついさっきまで起きてたんですけどね」
入れ替わりで眠りに落ちました、と伝えると。ミネラルウォーターを注いだグラスを渡す。
「あ、ありがとう・・・・んっ、んっ」
一気に飲み干し深い息を吐く。
ベッドサイドに置いておいた眼鏡をかけ。
「今、何時くらいかしら?」
「まだ4時ですね」
ベッドサイドのデジタル時計をつかみ取って見せながら言うと。
「よかった。結構早く起きられたみたいで」
「よく眠れてたみたいでしたからね」
「・・・女の寝顔なんか見ちゃダメなんだからね?」
彼女のイメージに反して子供っぽい仕草で苦言を申し立てる姿に微笑ましさを感じた。
「すみません。でも本当に急に落ちてしまったもので」
「そ、そんなにいきなり寝落ちしたの?」
記憶が曖昧なのだろう。前後の記憶をひねり出そうと必死に唸る。
「まぁ、でも『竜殺し』強いですから―――」
「あ」
酒の強さのせいにしフォローしようとすると、思わずといった感じの特大な『あ』が美弥子さんの口から洩れる。
「私・・・・なにか、言った・・・?」
「――――――」
その問いに。
「? 何をです?」
「い、いえ・・・何でもないの」
質問で返す選択をした。
「じゃ、じゃあ私は先に失礼するね。シャワーも浴びてカウンセリングの準備しなくちゃ」
「はい。今日もがんばって下さい」
「あっ・・・・」
何か琴線に触れたのか、手際よく白衣を羽織るところで動きは静止し。
「い、行ってきます。なんて」
「いってらっしゃい」
「~~~~ッ!」
颯爽と白衣を翻しながら部屋を出ていった美弥子さんの口角は柔らかく吊り上がり頬は色づいていた。
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(そう悪い様子ではなかったけど、変っちゃ変だったからな)
眼下のメンバーと向き合う姿からもぎこちなさはすっかり消えている。
(どうやら杞憂だったみたいだな)
そして、
「美弥子ちゃんありがとねぇ」
「はい、お大事にねー」
最後のメンバーの診察が終了すると。
「「ふぅーーーー・・・」」
潜んでいることを忘れ深い息を吐く。
美弥子さんも同時にそうしたようだからバレずに済んだ。
(よかった。内通者の件も杞憂で終わったみたいだ)
最終日である今日も怪しい挙動を見せる人物は一人としていなかった。
『小鬼迷宮』で聖夜が遭遇した一件が最後だったということだ。
(運がよかったな・・・・内通者全員がダンジョン内で裏切り。そして奇跡的に聖夜だけが生還)
これが逆だったら事態はもっと複雑になっていたに違いない。
本来なら聖夜が一番疑わしい立場にあるというのが順当な推察だが、『小鬼迷宮』での出来事を語っている時終始『洞観視』をかけていたが彼にも怪しい挙動は一切見られなかった。
(終わった・・・・)
胸のつかえが取れた。
フユミちゃん達もさぞ安心することだろう。
「・・・・ん?」
一仕事終え、三日間世話になった天井裏ともおさらばしようかと思った時、救護室にいる美弥子さんが落ち着きなく救護室内を歩き回る。
高いヒールを履いているので小気味よい足音がよく響いた。
「次・・・次で最後」
(どうしたんだ?)
その所作には先程までの自然体見られず、緊張状態にあるようだ。
「次・・・・次は・・・・」
備え付けの洗面台の前に立ち、自分に言い聞かせるように鏡に向かい、
「ナ、ナナシさん・・・ッ!」
(・・・そういえば、俺も受けるんだったな)
最後に残された内通者候補としてカウンセリングを受けるべく、天井裏を後にした。




