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151話 悩み

「「「あはははははっ!」」」

「・・・・」


 美弥子さんを影ながらケアするという名目で始まったこの飲み会も、早3時間近くが経過した。

 唯火が用意してくれたテーブルの上のご馳走達もほぼほぼ空の皿だけが取り残されている。


「あー、おっかしぃー」

「ふふっ、ほんと」

「たまにはこういうのも楽しいですね」


 ここにきてようやく女性陣の勢いが和らぎ俺としてもようやく一息つけるといったところだ。


「「「・・・・」」」


 ふと沈黙が訪れる。

 飲み会は終盤に差し掛かると時折こういう時間が何度か訪れるものだ。


 そしてその静寂を最初に破ったのは、



「今日は、ありがとうね。ナナシさん。朱音ちゃん。唯火ちゃん」



 美弥子さんだった。


「何よ?どしたの美弥子さん?」

「この集まりの事よ・・・気を使ってくれたんでしょ?」


 ふむ。

 医者の不養生、と言うのは彼女を見くびりすぎてたか。


「・・・ばれてましたか」

「ちょ、ワルイガ!」

「俺たちが思うよりも美弥子さんは優秀な女医さんだったってことだ」


「ふふっ。当然でしょ?」


 そう言うとグラスに残った酒を煽り、艶っぽい吐息を吐く。


「ちゃんと自覚はあるんだけどね。あなたたちにこんな気を使わせてしまうほどに表に出ていたなんて」

「「「・・・・」」」


 恐らくその兆候を見せていたのは彼女が一人きりの時だけだったと思うが、運悪くか運良くか俺はその場に居合わせてしまった。とは言えず、思わず三人で顔を見合わせ微妙な表情を交わす。


「・・・・ダンジョンの攻略班」

「!」


 思いもよらない言葉が出てきたのでさすがに少し動揺した。


「聖也君以外の12名は今も重症を負って動けないという話・・・それ、私のせいなのかもって」

「どういう、事です?」


 あまりの突拍子のなさにそう聞き返す他なかった。


「少し前に、ね。ダンジョン攻略班の人員が決まった直後。ダンジョンという閉鎖的で常に緊張感が付きまとうロケーションに長時間滞在するにあたって、個人個人に事前の診察を行ったの」

「・・・あぁ、確かにやっていたわね」


 俺と唯火は初耳であったが朱音は知っていたようで、俺たちに向けて説明してくれる。


「国側がステータスに目覚めた民間人を半ば強制的にダンジョンに送り込んだりしたって話はしたでしょ?」

「ああ」


 世界がこんな風になった直後の話だ。


「その時・・・確か『PTSD』だっけ?」

「そう、『心的外傷後ストレス障害』。ダンジョン内での経験がその人の心に深い傷を与えてしまう。わかりやすく言えばトラウマを抱えてしまって日常生活にも支障が出てしまうの」


 その症例は有名な話だ。

 確かに異形がひしめき合う閉鎖的な空間など恐怖でしかない。それがステータスを得て初期の頃なら尚更だろう。


「ダンジョンに入っていった人たちがそういったトラウマを抱えてしまう。それは、後の私たち『攻略勢(ペネトレイター)』。ギルドの人間たちの間で共通認識になったわ」


 なるほどな、響さんたちユニオンがダンジョン攻略に慎重になるわけだ。

 人員の不足もあるだろうがそういった懸念材料と恐怖心がナワバリ内のダンジョン飽和状態を生んだのだろう。

 俺も『小鬼迷宮(ゴブリンダンジョン)』に挑んだ時、もし唯火がいなければ同じ状態に陥っていたのかも知れない。


「だから私は事前の診察で攻略班に選抜された彼らにその過酷な状況下への適正があるか診ることを志願したの・・・・私はそこで問題ないと判断した。健全で強靭な精神であると診断して送り出したの」

「で、でもそれは・・・!」


 語るごとに長い黒髪ごと項垂れていく美弥子さんの姿に、たまらず言葉をはさむ唯火。

 その診察の相手は、ダンジョンに送り出したそのメンバーは『裏切者』だったと。だから気に病むことはないと告げようとしたのか、彼女は途中で口を結ぶ。

 事実を伏せておくべき、どちらにせよ人死にが出ている結果がある。そのどちらともの理由だろうか。


「・・・・美弥子さん。ダンジョンに入ったことのある目線で言わせてもらうと。あそこでは外の常識なんて通用しません」

「・・・・」

「迷宮は殺意と悪意を持って侵入者に牙をむきます。どれだけ強靭な精神力があろうと、生き抜く『力』がなければ死にます」

「ワルイガ!そんな言い方無いでしょう!?」


 実際は彼らは裏切り死に絶えたわけだが、真相を知らない美弥子さんを思い俺の言葉を遮るように声を荒らげる朱音。

 当然だ。

 俺の今の言葉は、『貴女にできることは何もなかった』と言っているのと同義なのだから。


「手厳しいわね、ナナシさんは」


 だが発せられたその声色は存外覇気が含まれていた。


「うん・・・ほんとはそれもわかってる。けど拭いようのない引っ掛かりはあったの。そしてそこに私個人の浮ついた気持ち・・・その罪悪感」

「・・・・美弥子さん?」


 何だろう、なんだか急に場の雰囲気が変わった気がする。


「―――ナナシさん」

「えっ、ちょっと?」

「み、みみ美弥子さん?」


 急変した彼女の様子に唯火と朱音も反応を見せる。

 いや、というか彼女の纏うこの感じ。直視できないほどの、というか見てはいけないものを見ているような感覚というか。


「ナナシ、さん・・・・ナナシさん」


 熱い吐息を吐きながらおもむろに、ふらつきながら立ち上がると。


「ナナシさん・・・ナナシさん・・・・私――」


 上気した頬、潤んだ瞳、普段白衣の下に隠されている豊かなものを強調する様屈む。

 その手がベッドへ突くと、ギシッ、と乾いた軋む音が部屋に響き。


「「「~~~~~~~ッ!!?」」」


 ベッドへ腰かける俺めがけてしな垂れかかるよう体重を預けてくる。結果として押し倒される形となってしまった。



「――――――」

「・・・・えっ?」



 耳元で、俺にだけ聞こえる声で呟くのを聞く。


「ちょ、ちょ!あー!み、みや・・・!ナナシさんのバカーーー!!」

「おち、落ち着いて!!流石にこれは美弥子さんに罪の天秤傾くから!」


 立ち上がり何やら騒ぎ立てる二人を制止する意味も含めて口先に人差し指を立てるジェスチャーを投げかけると。



「・・・・・すぅ・・・すぅ」



 静寂が訪れ美弥子さんらしからぬかわいらしい寝息が部屋に響く。


「――――え。ね、寝落ち?」

「・・・そうみたいだ」

「ナナシさん!いつまで乗っかられてるんですか!」


 各々声のボリュームを絞り主張すると、唯火は素早く動く。

 俺にのしかかる美弥子さんの上体を優しく抱えると横にずらしベッドへと横にならせる。


「多分、さっきの残りを煽ったのが効いたんだろうな」


 寝返りで眼鏡を壊しても気の毒なので起こさないようゆっくりと外す。

 こうして無防備な寝顔を見ると大人の女性というより、女の子という印象が強くなるな。


「美弥子さんそんなに飲んでた?」

「いや。多分そうでもないと思うが、体調、メンタル次第で酒の回りも多少変わるからな」


 量はそこまでじゃないから明日に残るようなことはないはずだ。


「今日はもうお開きだな。美弥子さんの悩みみたいなものも聞き出せたし」

「そうね。まぁ、本人の中ではもう割り切って答えは出てるって感じだったけど」

「吐き出して少しでも楽になってるといいですね」


 皆も同じ考えらしい。きっと美弥子さんなら大丈夫だろう。


「ところで、どうするの?これ」


 と、朱音がすやすやと寝息を立てる美弥子さんを見て言う。


「ちょっとやそっとじゃ起きなさそうですよね」

「・・・俺が担いでいこうか?」

「スケベ。眠ってる女に触るんじゃないわよ」


 それもそうだ。


「無理に起こすのもかわいそうよね」

「このまま寝かせといてあげればいいじゃないか」

「それだと、私たちが帰った後ナナシさん外で寝るようですよ?」

「強制なのか・・・」

「間違いが起きないと、天に誓って言える?」

「・・・・」

「どうして黙ってるんですか?」


 俺も酒が回っている様だ。

 さっきの美弥子さんに押し倒された時の感触や匂いが脳をぐるぐる回っている。

 らしくもない。


「ま。まだ日も変わっていない時間だし、明日は特段用事もないから三人でこうしてだべってましょ」

「そうですね。貫徹も止む無しです」

「いや俺は明日も張り込みがあるんだが・・・・」


 まぁまぁ、と。お前なら一日二日寝ないでも平気だろうというような言い分でやんわり言い負かされる。

 平気なのは事実だが人に言われるとなんだか納得しがたい。


「はい、じゃあ・・・二次会ってことで」

「「「かんぱーい」」」


 こうして美弥子さんの件に一区切りつけると、

 遅れながら『竜種討伐班』の勝利の宴がなし崩しに開宴され。



「―――でね。って、ワルイガ。どうしたの?」

「・・・・ん?」

「眠くなっちゃいましたか?」

「いや。そんなことはない、大丈夫だ」



 美弥子さんが意識を失う直前に口にした言葉を時折思い出し、


 夜は更けていくのだった――――

日常的な展開にしばしお付き合いください

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