149.5話 食の縁
本編に登場しない人物の視点から始まります。
ちょっとした小話なので飛ばしても物語には影響ありません。
俺はしがない食堂の調理人。
この道15年以上の、まぁベテラン寄りの中堅と言っていいだろう。
クライマックスから入るが、俺ぁかつて料理人としての理想と現実の差異に心を折られた。
料理の道を志したのは30に差し掛かろうって時期。周りと比べれば遅いスタートと言える。
そんな俺なもんだから何十件も料亭に頭を下げようやく弟子入りを許可されるまでに2年掛かった。
そんな初めての兄弟子連中は下っ端の俺を朝から晩までこき使い、主な仕事は皿洗いに床掃除に洗濯。
腕に自信のあった俺は料理さえ口に入れてもらえれば認めてもらえると思い、こっそりと賄いを作り兄弟子たちに試食を願い出た。だが彼らがそれを口にすることはなく全部床に食わせた。
あぁ、せっかくの料理がと嘆く気持ちと、きれいに拭いた床が汚れちまったと、呑気に思っていると追い打ちをかけるように平手打ちを喰らう。
下っ端が包丁を握るなんて図々しいとのことだ。
そして捨て台詞の様に投げかけられた言葉は、
『お前は一生下っ端。ここでは何者にもなれない』
俺は10年働いた調理場を後にした。
厳しい業界だというのは分かっていたが俺は逃げ出した。
その後一年腐った日々を過ごしたが俺は結局料理しかできねぇ。
知り合いのつてで高等学校内にある学生食堂の調理場に入ることになった。名の通った店でも何でもない場所でも、料理ができれば何でもいいと思った。
好きだった料理はいつしか惨めな自分を誤魔化す手段になっていたことを自覚した。
ただただ決められた分量通りに煮炊きしていく日々を数年程過ごす。
そんなある日だ、
『おじさん!このスープ、市販の固形スープじゃでない味が出てましたけど、何を入れたんですか!?』
一人の女子生徒が突然そんなことを聞いてきた。
彼女がトレイに乗せ見せてきたのは確かに俺が仕込んだものだったが、最初はただの学生食堂で何を興奮してるんだと、おかしな子だと思った。
けど、同時に俺の中に温かい、熱い何かがうずき始める。
『そんな謙遜しなくても、私にはわかりますよ。あっ、でもこんなおいしいレシピ、門外不出なのかな・・・』
ああ、そうだ。これなんだ。
『むむむ・・・こうなったら在学中になんとしてでもこの味のヒミツを暴いて見せます!』
栗色の髪の女の子はそう言い放ち。
『ちょっとー、お昼休み終わっちゃうよー?――――――ゆいかー?』
友人たちに急かされながら、
『あ、うん!今行くー!』
改まってこちらに向き直り。
『私、今年から入学してきた『篝 唯火』っていいます!三年間毎日ここのご飯食べに来ますので』
一方的に自己紹介し、
『では、ごちそうさまでした!』
俺が料理人として20年近く欲っしていた全てを、乾きを、空白を。
ものの数分で埋め散らかして少女は去っていった。
そしてそれから本当に毎日、少女・・・唯火ちゃんは食堂に通うようになった。
俺だけじゃなく同じ調理場で働く同僚たちにも積極的にコミュニケーションを取り、あの子の何かに触発された俺たちは、ただの学生食堂の枠を超えたメニューの改良などに勤しんだ。
そして俺は調理場を仕切る役職を任されるようになる。
楽しかった。
一人の少女によって俺という一人の料理人は救われた。
だがそれから二年半後、世界は変わった。
全てが突然で細かいことは思い出せない、思い出したくない。
気が付けば俺たちが働く高校は閉校し、唯火ちゃんがスープの隠し味へとたどり着くことは永遠に無くなった。
そして俺は包丁の代わりに武器を握る。
国からの通達でダンジョンとやらに放り込まれ、異形の炎に顔を焼かれた。
幸い一命をとりとめることはできたが、鏡を見るのもおぞましいほど、俺はかつての面影をなくした。
その一件以来、武器は握らなくなったし握れなくなった。
民間と国側で何やら色々あったとか、細かいことはよく知らない。
俺は居場所を作るようにそのまま国側が運用する施設で再び食堂の調理場に立つ。
包帯とマスクで焼けただれた顔を隠すように。
そして贅沢だとわかっていても比べてしまう、食を楽しむ様子もなく糧を貪る職員たちの姿と、若者たちの未来の糧を提供していくあの満ち足りた日々。
そしてこんな世界になってしまった今、あの子はどうしているのだろう。
怪我などしていないだろうか?俺の様にひどい目にあっていたりしないだろうか?今の俺には知る術のないことが延々と頭の中をめぐっていた。
施設内の妙な雰囲気に感化され心がざわついているのもあるのだろう。
ここ最近とんでもない化け物が街に湧いてきているらしい。だがそれも先日街中で起きた大規模な戦闘を最後に終息したという。
こんな戦場にいるみたいな話を聞くたびにあの子への心配が募る。
もし叶うなら、あの時俺を、料理人としての俺を救ってくれた礼をきちんと言いたい。
神にすら祈りたい気持ちだった。
『あ。ナナシさんと朱音ちゃん』
調理場に立ち淡々と作業をこなしていると、ふと、ここでは珍しい若い女性の声が聞こえてくる。
(・・・・ああ、昨日の街中でのごたごたで焼きだされたギルドとかいう連中か)
昨日は非番だったから、彼らの存在を目にするのは今日が初めてだ。
人数が増えた分、分量も調整しないといけないと思い戸棚を漁っていると、自身の中で何かを見逃しているような感覚が生まれ。
(この声・・・・)
耳を澄ます。
『朱音ちゃんは何食べてるの?』
『かけ蕎麦』
『相変わらず食に関心のなさそうなチョイスね・・・・唯火ちゃんは』
『生姜焼き定食です』
『・・・・うん。おいしいわよね。でも・・・量多くない?』
『そうですか?』
やがて4人の男女が食事を終えトレイを下げにこちらへと向かう。
(・・・・ウソだろ、神様)
呼ばれた名前だけではない。髪色は随分と派手になっているが、顔立ち、瞳の色。
何よりあのうまそうな食べっぷり。
トレイを返しながら、俺の視線に気づくと。
『あの、この添え付けのスープすごくおいしかったです。作った方にレシピを教えてほしいくらい』
(ああ・・・・間違いない)
ここでも同じようなこと言って・・・。
『懐かしく、すごく温くて。おいしかったです・・・・作った方にも伝えてもらってもいいですか?』
『・・・・ッ!』
その言葉に唯火ちゃんの顔を直視できなくなる。
歳をとると、涙腺が緩くなっていけない。
『そうかい・・・・』
こんな顔面ぐるぐる巻きのナリだ、この子が俺に気づくことはないだろう。
けどそんなことはどうでもよかった、元気でいてくれた事実だけがただ嬉しかった。
『伝えておくよ』
湿った俺の言葉を聞き届けると、唯火ちゃんは満足そうに微笑み。
『ごちそうさまでした。学食のおじさん』
今度こそ俺は流れ出る涙を止められなかった。
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「あのぉ~、すみませーん」
そして明日の仕込みの最中に唯火ちゃんは訪ねてくる。
「実はですね。折り入って相談なんですけど、ここの調理場と食材を少し使わせてもらってもいいです、か?」
しばらく会わないうちにどこか大人びた雰囲気を感じる。
・・・・いや、前から礼儀正しい子ではあったか。
遠慮がちなお願いに胸が温かくなる、娘が居たらこんな気持ちだろうか?
「おう。好きなだけ使いな」
「あ、ありがとうございますっ!」
長い髪を一つ縛りにし中へと入ってくると、
「―――ありがとうよ」
「へ? お礼を言うのは私の方では・・・?」
再びこんな機会を与えてくれた神様に感謝しつつ。俺にとっての小さい女神さまにも感謝を告げる。
「そうだ、唯火ちゃん。スープも持っていくといい」
「え?・・・でも、もう空っぽですけど」
「無くなったら作ればいい」
この子がどれだけここにいるかはわからない。
だけどこうして頼ってもらえた時は全力で応援しよう。
「そ、それって・・・!」
「メニューのヒミツを教えてあげるよ」
そしてこの笑顔が見れなくなっても俺はもう大丈夫だ。
「お願いします!」
「ああ。実はこいつの隠し味はな――――――」
二度もこの子に救われたのだから。
それに恥じないよう生きていくだけだ、
この一変してしまった世界で――――――
こういうメインキャラの過去を混ぜた小話が好き。




