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148話 再生の兆し

「どう、だった?ナナシ」


 初日の健康診断を終える頃には太陽が頂上より若干沈みかけていた。

 そのままの足で俺は聖夜の部屋へと向かい、そこに居るであろう面々へと本日の報告を行う。


「今日見た中じゃ怪しいやつはいなかったように見えたな。美弥子さんのカウンセリングもいい感じに進んでたし間違い無いはずだ」

「そう、か・・・」


 実際に裏切りの現場に遭遇してしまった聖夜は開口一番に結果を聞いてくる。俺の報告を聞くと安堵、と取ってていい深い息を吐く。


 内通者の探し出し方は事前にみんなに伝えてあり、自分で言うのも何だが傍から見れば確度に欠ける方法だとは思う。だが、竜種を倒してきた実績も後押し皆俺のやり方を信頼して任せてくれている。

 ダンジョンでの経験から、人間不信になってもおかしくない聖夜も今の反応を見るに信じてくれている様だ。


「中には聖夜とダンジョンに入ったメンバーと繋がりが深いメンバーもいたが・・・」

「ナナシ君、その話は———」

「いえ、次席。僕は大丈夫です。それで?」


 辛いことを思い出させるかと危惧した響さんが間に入るが、聖夜ははっきりとした口調で続きを促す。


「皆、『重傷を負った』彼らを本気で心配する様子は見られたが、裏の繋がりはないと判断した」

「・・・そうか」

「それは、喜ぶべきことなんでしょうね。一応」


 腕を組み複雑な表情をしながら言う朱音に。


「彼らにもいずれ本当の事を話さねばな・・・」


 その時を憂い、目を伏せる響さん。


「で、でも何事もなくてよかったじゃないですか。このまま『内通者』なんていなければ一番ですし」


 沈む空気に耐えかねて、俺も張り込みの時に思っていたことと同じ言葉をフォローする様に言う唯火。


「ん。姉者の言う通り。これはいい傾向」


 そこにマスターであるフユミちゃんの言葉も加わりわずかながら場が和む。

 小さいナリではあるが、同じギルドメンバーの皆にはその発言は影響力があるらしい。

 俺や唯火からしたらハルミちゃんの面影が強く、小さい女の子がマせたことを言っている微笑ましい光景にも思えるが、その辺の認識の差異もこの件が一段落した後明らかにはなるだろう。


「それに、今の事も大事ではあるけど、先の事も考えなくてはいけない」

「はい。そのとおりです」


 目下、俺が内通者の捜索にあたっている間、響さんや朱音、ほかのメンバーはギルドが消滅したからと言って遊んでいるわけではない。


「名持の竜『アトラゥス』。その竜がドロップするはずのダンジョンの鍵となる『魔石』の捜索。そしてギルド活動拠点の再建。進捗はどうか?」


 俺と唯火の前ではあまり見せない口調で事務的な話を始めるフユミちゃん。

 俺の記憶では以前朱音を斬って、初めてその存在を知った時以来だ。


「活動拠点の方は今方々をあたっています。『ユニオン』が確保するダンジョンとの行来などの利便性を鑑みて以前と近い場所が理想ではあるのですが・・・おそらく、ナナシ君がアトラゥスと戦った区画が候補としては濃厚でしょう。戦いによる建物の損壊により退去する者が多々いますので」


 成程、中には全壊したビルもあったが俺が吹っ飛ばされたくらいのビルなら十分使える。元居た人たちはその修繕やら何かを忖度すると立ち去った方が都合がいいのだろう。

 仕方なかったとはいえ少し後ろめたい。


「————ああ、すまない。ナナシ君に聞かせてしまっては少し居心地が悪い話だったかな?気にすることはない。君が戦ったことを知る者はギルド内部の者だけだし、もとより君は街を救った英雄だ。誰も責める者などいない。壊したのはモンスターなのだからね」

「そうよ。あんたは胸張ってりゃいいのよ」

「あ、ああ・・・そういってもらえると」


 アトラゥスよりも先に足場代わりにと壁面を蹴り砕いたことは黙っていよう。


「多少の不便は目をつむるしかないのぅ。あまりこの施設(ここ)に長居するのは得策ではない。アトラゥスに手傷を負わされた者たちが回復次第、即移動できるように備えよう」


探求勢(彼ら)』との均衡を保つ上で、確かに一方的に世話になっているこの状況は芳しくないだろう。今後の魔石等の取引で今回の借りが引き金となり軋轢が生まれるかもしれない。


「次に、竜種のダンジョンの鍵となるはずの魔石ですが・・・これが一向に見つかる気配がありません」

「・・・・そうか」


 フユミちゃんもどこか予感していたような反応だ。

 消滅したギルドの地盤に埋もれているにしたって一日そこらで見つからないのはおかしい。魔石の存在感というのはそれほどまでに強い。


「もしかしたら、あいつが遺した大魔法『黒粛(ヘカテ)』。あれに呑まれて消滅したのかもな」


 間近で、その内部で体験したからこそわかる。

 あの重力の嵐が完全に発動し威を発したら、ギルドの跡を見てわかるように何も残ることはない。


「兄者の言う通りであるなら、それが理想なのかもしれぬ。竜種のダンジョンなど、危険すぎるからの」

「そうですね。万一他者の手に渡っていたとしても、討伐にあたっていたものの魔力にしか反応しない。一応捜索は続けますが」


 二人の言う通りで、このままダンジョンが出現しない方がいいのだろう。かつて『小鬼迷宮(ゴブリンダンジョン)』の攻略を余儀なくされた時は、ジェネラルに追われ、戦闘に巻き込まれていた唯火に不用意に触れさせてしまったことから始まってしまった。

 それが竜種のダンジョンとなればゴブリンのようにはいかないだろう。まして竜種の『王』となるともはや想像もつかない、あのアトラゥスをもしのぐ存在なのだから。


「それと、ナナシ君が『小鬼迷宮』を制圧してくれたおかげで、安全な探索が可能になった。そこで人員は多く失われたが・・・・落ち着いたころには探索にもあてられるかと」

「ん。失くしたものも多くあるが、落ち着くところには落ち着くだろうの。これも、兄者と姉者のおかげ」

「ま。あたしのおかげでもあるわけだけど」

「おや?事の発端は朱音も絡んでいると聞いているけど?」

「う、うっさいわね。怪我人が余計なこと言うんじゃないわよ」


 聖夜のからかう言葉に噛みつく朱音。

 和やかな雰囲気が場を包む。


「まぁ、俺も自分の蒔いた種だったんで」

「いや。兄者たちが居なければ内通者の存在に気が付くこともなかった。これはユニオンにとって必要な出来事だった・・・・そして、フユたちにも」


『フユたちにも』。

 ユニオンにとってと告げた後のその複数を差す言葉は、フユミちゃんとハルミちゃん。二人の事を差しているのだろう。


「直にハルミも目覚める。そのころにはこの一件も落ち着いているであろう」

「そうだな。まずは、何事もなく乗り切ろう」


 二人の事はそれからゆっくり、と。

 言葉に出さず低い位置にあるフユミちゃんの頭を撫でることで伝えた。






 ::::::::






 竜種と人間の激闘が繰り広げられた都心より郊外の、森が広がる獣道。


「・・・・戻ったか」

「ピュイィ!」


 その開けた野原に一羽の猛禽が逞しい翼をはばたかせ降り立つ。

 そして降りた先には頭部から膝下まで隠すようなローブを被る男。

 傍らには一匹の孤狼。しきりに周囲へと鼻先を巡らし。


「ワフッ」


 男に向け一鳴き。


「どうやら、安全みたいだな」


 警戒。

 操る猛禽に空から周囲を探らせ、孤狼の嗅覚で異物を索敵。

 周囲の安全を確保したことを確信すると、


「おい。出てこっちにこい」

「・・・・ゥルルル」


 木の根と打ち捨てられた岩塊に身を隠すように丸まっていた一頭の竜が森の影から日向へと姿を現す。


「ご苦労だったな」

「ルルゥ」


 主の労いにどこか嬉しそうに唸る竜。


「・・・おい!お前も出てくるんだよ!」


 そう苛立ちを隠さず発せられた声は、


「・・・・」


 竜が身を丸めていた場所へと、そこに依然として身を隠す影に向けられたものだった。


「・・・ちっ!」


 男は背負った荷袋を下ろすと、中から食料をつかみ取って行く。


「今のうちに飯にするぞ。森ん中だ、お前らは好きに狩ってこい。離れすぎんなよ?」


 それを聞くとそれぞれが野生に戻ったように散り散りに散開し森の薄闇へと消えていった。

 男と隠れる影を残して。


「てめぇの飯もてめぇで用意できねぇのかよ」


 そう影に対し毒づくも、男は自らが使役する存在に対し生きる糧を与えることは惜しまず。それどころかそれは主である自らの責務であることを自覚している。

 今しがた三体に命じたのはここが野生の動植物が群生する場所だからだ。

 つまり、今尚姿を見せない存在は関しては、男にとって例外であることを意味している。


「おい、こっちに来い!食わねぇでへばられると足手まといなんだよ!」


「・・・・」


 かすかに気配が揺らぎはするも、依然として岩塊の影から出てこようとはしない。

 異形を隷属させる力を手に入れてからその契約関係にある存在を言葉で従わせられない例は初めての事で、男の中にわずかに戸惑いが生まれるがそれはすぐ苛立ちに埋め尽くされた。


「ちっ!くそが!だから嫌なんだよ!」


 広げた食糧類を無造作につかみ物陰へと歩み寄る。

 そしてそう遠くない位置にばらまくと、


「さっさと食え!あんまのんびりもしねぇからな!」


 吐き捨てるように怒鳴るまでにとどめた。


(くそ!)


 従わぬなら、役に立たないなら、男は隷属したその例外に対し非情である。

 例えば、敵に傷を負わされた身でありながらも豚と罵り足蹴にすることもなんとも思わない、そんな人間。


「とんだ厄介事を抱えたもんだぜ!」


 その非道な行動を抑制させるに起因するものと、抱える苛立ちの原因は同じものだということを男は自覚している。

 だからこそ苛立ちは募るばかりで、


「・・・・」


 荷袋を下ろした場所へと戻り粗暴な動作で腰を下ろし影を振り返ると。

 ばらまいた食料は姿を消していた。


「・・・・ちっ!」


 その光景を見届け何度も続く舌打ちを奏でながら、取り出した干し肉に犬歯を突き立て。


「めんどくせぇ」


 獣のように引きちぎった。

日常的な感じが続きますね

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