147話 本当の想い
「失礼します」
「はぁい。どうぞ~」
救護室のドアがノックされ一人目が入室してくる。
「って、なんでそんなにかしこまってるのよ?」
「いやぁ、改まって健康診断って聞くと緊張しちゃってよ」
「その感じだと病院慣れしてないのね。だめよ?定期的な健康診断は受けないと」
言ってから、その価値観は世界がこのようなことになってしまう前のものだと思い少し寂しくなる。
だからあの青年と少女が今回のような提案をしてくれたのは、正直自分の存在が認められているようでうれしく思えた。
「お?なんだか随分と機嫌がいいね、美弥子ちゃん」
「そう?私はいつもこうよ」
入室してきたメンバー、平塚さんに椅子へ座るように促す。
「じゃぁいっちょ頼みますよ、美弥子先生。あーなんか、緊張してきた・・・・今日って注射とかしないよね?俺苦手で苦手で」
「うふふ。どうかしらね」
言って、上着を捲らせ聴診器を当ててゆく。本当に緊張しているようで心音がよく聴こえた。
「うひっ。冷めてっ・・・・」
「ほら、動かないの」
心音から得られる情報はそう多くない、けど今日重点を置くのはメンバーたちの精神面。表面上これはただの健康診断とし徐々に皆の精神状態を開示してもらうカウンセリング。
事前に知らせておいた方がよい場合も多々あるけど、ステータスなんて異常な能力を身に着けてから誰しもが戦いに身を置くことが自然となって心のダメージに耐性がついてしまった。
けれどそれは傷つかないこととは違う、その心の傷は蓄積していって確実に人を内面から蝕んでいってしまう。
「最近どうなの?仕事の方は」
「ん~?まぁー・・・俺がやってるのなんてダンジョンの警備くらいだからなぁ、どうもこうも・・・・あぁ、でもギルドが消し飛んじまってから往復が大変なんだよな」
要するに、以前よりも皆抱えているのものを吐き出せなくなってしまっているのだ。
「そうね。あそこを中心に活動していたから、交通の不便さはあるかもしれないわね」
「そうなんだよなぁ・・・・それ抜きにしても、あそこは・・・居心地がよかったよ」
「・・・・そうね」
問診表に淡々と筆を走らせる。いつも通りの筆跡を再確認することによって自己の平静を留める。
患者と同じ喪失感を胸に抱きながら診察するの初めての経験だけれど、思ったより堪えるものがあるみたい。
そんな時は、思い出す。思い浮かべる。
「夜眠れなくなったりとかない?」
年甲斐もなく胸に抱く淡い気持ちを。
「その他食欲の減退————」
火を吐く竜が横たわり、炎が地を舐めていたあの光景を。
そこに立ち、剣を掲げ悠然と語りかけるあの時のあの人の姿を。
「特に気になることはねぇなぁ・・・・ギルドは消えちまったけど弱音なんて吐いてもいられねぇって。名持を倒したあの兄さんを見てるとそう思うよ」
「・・・・そう、ね」
一瞬、こちらの心の声が聴診器を通して聞こえてしまったのではないかと思ってしまうタイミングだった。
それこそ道具なしでも聞こえるのではないかというほど心臓が跳ねた。
「ん?なんだい、美弥子ちゃんのほうがよっぽど熱でもありそうな顔して。そういや、兄さんは美弥子ちゃんのお気に入りでもあったか。羨ましいねぇ」
「な、なにいってるのよ」
普段通りのからかい。歓迎会の時や端々に見当たる私の彼への接し方を言っているのだろう。悪戯心から年下をからかう女、いかにも私らしい見られ方だ。
でも、ホントは違った。
「がはは!まぁ、あの兄さんにはあのお嬢ちゃんがいるか!そういや、朱音ちゃんもよく一緒にいるよなぁ。俺にとっても娘みたいな年頃だから、なんだか寂しいねぇ」
あんな命がいつ散ってもおかしくない場面で、自分でも不謹慎だとは思う。
それでも、私は惹かれてしまった。自分の男の趣味など自覚したことはなかったけど、彼なんだと。
これは一目惚れと言っていいのだろうか?
「・・・・」
「美弥子ちゃん?ちょ、痛い。血圧計るのってこんなに締める事ある?いだだだ!?」
勢いよく流れる血流と鼓音で自分の乱れた心音を曖昧にかき消し。
「はーい、それじゃ平塚さん。採血しましょうねぇ~」
「え!注射するの!?」
今日も私は私の仕事を全うする。
「過度な飲酒の気があります。成分献血です」
「ちょ、ちょっと。先端恐怖症で・・・」
「平塚さんお仕事の時、槍持ち歩いてるわよね?それなのに?嫌なら禁酒しましょうか」
「勘弁してください・・・」
それで良いと、自らに言い聞かせながら。
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「ふむ。今のところ怪しい感じの人はいないな」
美弥子さとの約束の日にち通り健康診断と題した個人面談によるカウンセリングが開始された。
そして俺はというと、
(・・・・覗きみたいで後ろめたいよな)
救護室の天井裏、換気口に陣取って美弥子さんを訪ねてくるメンバー達を監視してた。
というかやっていることはれっきとした覗きだ。『隠密』で完全に気配を絶ってしまえばこのようにプライバシーもクソもなくなってしまう。
女性メンバーが入室してくる時が一番罪悪感に際悩まされた。
なにせ————
「あら~朱音ちゃん。いらっしゃーい」
「よく知らないけど、飲み屋にでも来た気分ね。出迎え方が・・・」
一部の人間が受けないというのも、周囲に知られた場合内通者が変に勘繰るかもしれないということで、この健康診断の内情を知る者たちも例外なく参加することにしてある。
「・・・・」
「どうしたの朱音ちゃん?あ、もしかして空調低すぎ?お腹出すものね」
「いや・・・別に」
俺の張り込む位置を知る朱音にはギロリと釘を刺すようにさりげなく睨まれたり。
「今度は唯火ちゃんね・・・・どうしたの?そんなに緊張して」
「い、いえっ。あ、あの・・・」
「? 大丈夫よ。怖いことなんてないから。はい、それじゃ服上げてもらえる?」
「は、はぃ・・・」
「・・・・唯火ちゃん?お胸のところまで上げてくれないと診れないのだけど・・・」
「う。ぅぅぅ・・・」
「女同士なんだから恥ずかしがらないで平気よ」
唯火などは入室直後からチラチラとこちらを見て美弥子さんにばれてしまうのではないかと思うくらいだった。
事前に彼女たちの番になったら見ないでおくと伝えてあるというのに、どうやら信頼がないらしい。
「次の方どうぞー」
ようやく居た堪れない時間が終わると次のメンバーが入ってくる。
「お願いシャスー」
「はいどうぞー。広瀬君ね」
(気を取り直して次だ・・・)
今度の来訪者は平均年齢の高いユニオンにしては若い。先入観かもしれないが聖夜とともにダンジョンに潜り裏切った連中も比較的若い年齢層だった。
ちなみに、帰還したのが聖夜だけな理由は『他12名のメンバーは深刻な負傷を負っているためここより医療体制の整った場所で養生している』。
と、ギルドメンバー達には伝えてある。
だから、
「————特にはないすかねー」
「そう。でも何でもいいのよ?例えば、聖夜君たちとダンジョンに行った叶君。あの子と仲良かったでしょ?心配じゃない?」
「あー・・・」
美弥子さんの無意識なナイスプレーに内心ガッツポーズした。
(ナイス美弥子さん!)
彼がその叶とかいう奴と親しかったというのなら繋がっている可能性は高い。であればどうしたって綻びは出てくるはずだ。
(『洞観視』)
まず、観察する。
所作の癖、眼球の動き、重心の移動。そこから読み取れる情報は以前の比ではない。
何故なら魔力の発現により高精度なスキルの出力操作が可能になったからだ。感覚的にはパワーアップしたというより上限が解除されたという感じだ。
(さぁ、見逃さないぞ。その綻び)
今なら、久我のような読みあいの達人のような相手でも後れを取ることはないだろう。
そして怪しい気配を察知したら、かつて久我を追い詰めたスキル『聴心』。
魔力が発現した今発動可能となった、対象の心の声を聞き取るこの力で—————
「確かに、叶の事は心配っす・・・・ここじゃ手に負えない重症って・・・でも、あいつはそう簡単にはくたばんないって、信じてるんで」
「・・・・そうね」
(・・・・はずれ、か)
震わせる肩も、握られた拳も、湿った声色も。
そのどれもが疑念の対象とはかけ離れたものだった。同じ内通者同士の友情、ともとれるがどうにも違うようだ。
この勝率ではおいそれと『聴心』は使えない。
破格の性能分、制約もそれなりにあるのだ。
(焦ることはない。まだ、初日だ)
美弥子さんには計三日の日取りでメンバー全員のカウンセリングを行うと聞いている。
(結局いませんでした。ってのが一番平和的でいいんだ)
アジトが消滅して今後のギルドとしての活動はいまだ不透明だろうが、目下の内通者の件が『小鬼迷宮』を最後に終わっていれば、この懸念だけ消えてしまえば、フユミちゃん達の事を聞いて俺と唯火がここにいる理由もなくなる。
だから、
(願わくば、内通者なんてもう、でてくるなよ・・・・)
息を潜め祈るように観察を続け、
一日目の健康診断は何事もなく終わった。
個人的に愛着のあるキャラが出始めると、
展開がゆっくりになっていく向こう見ずなクセ。
あと過去話の無駄な改行部分とかモヤモヤしてきたので、
ちょいちょい改稿しています。
根本的にいじくりたい設定とか展開とかあるけれど、
そこらへんは手つかずにします。




