146話 神出鬼没
「そう。美弥子さんの協力は得られたのね」
ユニオンの救護担当である美弥子さんに個人面談によるギルドメンバー皆のカウンセリングを依頼し終えると。聖夜にあてがわれた部屋へと足を運んだ。
未だ心身ともに『小鬼迷宮』での傷が癒えない中、ギルドの消滅という現実を目にしひどく落ち込んでいた彼の様子も気になったが、ここにいるだろう朱音たちへの報告が本当の目的だ。
「ああ。まぁ、内通者の件は言ってはいないけどな・・・・どうにも切り出せなかった」
言い出しにくいというのは本当だが、真の目的を伝えることにより美弥子さんの中に妙な先入観が生まれてしまうかもしれない。それが綻びとなり内通者の警戒が強まってしまえば元も子もない。
後ろめたさはあるが結果として秘密裏に進めた方が効果的なのだ。
「ふぅん。ま、あの人肝座ってるから、聞かされたところでボロなんか出さないだろうけど」
「そうだな。彼女が自分のペースを失うところを見たことがない。その役割上ひどい負傷をした者も数多く診てきたはずだ。そういった経験が美弥子君の強みなのだろうな」
「なるほど。そうなんですね・・・・美弥子さんはギルドの古参、なんですよね?」
誰に聞いたわけでもないが、俺と唯火の歓迎会の時、いい歳した源蔵さんと清蔵さんをいなしていたからそんな印象だ。
「いや。彼女はギルド結成時には居なかった。最初期のメンバーと言えば、マスターは勿論。私に朱音、聖夜と源蔵、清蔵・・・そして、聖夜とともにダンジョン攻略班だった数名のメンバーだ」
「・・・随分と少ない人数から始まったんですね」
『小鬼迷宮』で聖夜を裏切ったメンバーの中にも古参が居たのか。響さんからの信頼も厚いものだったろうに。
俺はあえてそのことには踏み込まず当たり障りのない返しをした。
「まぁね。そこからはあれよあれよと人数が集まったんだよ。美弥子君は、確か・・・・小児科の看護師をしていたから、その経験を役立てたいと」
俺も実際彼女に世話になった身だからそうだとは思っていたけど、世界が変わる前から医療従事者だったのか。道理で慣れているわけだ。
「回復系魔法の術者は美弥子さんが加入する前からいたけど、やっぱり知識量というか経験というか。そういうのが根っこにあると効力が全然ダンチね。それとちなみに小児科じゃなくて整形外科ね」
「・・・む?そうだったか?」
「そうよ。記憶力衰えてるんじゃない?」
娘の指摘にガタイの良い中年男性が若干肩を落とす。
なんにしても美弥子さんの救護担当としての信頼は厚いようだ。
「あ・と。美弥子さん、あんなスキンシップ激しくてもきちんと身は固いから。あんたもあんな凶暴な肉体で少しすり寄られたからって間違い起さないように」
おかしなことしたら撃ち抜くから、と脅し。
唯火にも言いつけるわよ。と締めた。
・・・・俺はそんなにだらしなく思われているのだろうか。あの子は俺の保護者かなんかか?
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「唯火は誘わないの?」
暮親子に報告を終えると、ちょうど時計の針は午後12時を指し。
『聖夜には私がついて居よう。二人は昼食でもとってくるといい』
その言葉に甘え穏やかな寝息をつく聖夜と響さんを置いて、朱音とともに施設の食堂にあたる場所へと足を向けていた。
「いや、多分唯火の腹時計なら自然とここにきているはずだ」
「・・・あんたそれあの子の前で言わない方がいいからね?」
「失言だったな・・・」
流石に俺も学習している、年頃の女の子に対して言うようなセリフではない。
と、噂をすれば。
「あ。ナナシさんと朱音ちゃん」
「あ、ああ。さっきぶり」
美弥子さんの救護室での別れ際何か怒気を纏っている雰囲気だったが、今はそんなことはないようだ。
だが直前の朱音との会話もあり若干言葉に詰まるも、
「やっぱりここにいたのね唯火。ちょうど一緒にご飯でもと思ったの」
「ちょうどよかった。私もお腹すいちゃって・・・一人じゃ少し、ね」
朱音が自然な形で合流し、他愛のない話をしながら列へと向かっていった。
「・・・・俺も行くか」
なんとなく女子からの疎外感を一人感じていると、それとは別の気配を感じ取る。
(・・・警戒されたもんだ)
この食堂は、もともといる『探求勢』の職員たちとの共用になっている。というか俺たちが後からなだれ込んで使わせてもらっている形か。
この施設にいる人たちは久我達のような危険さは感じられなく、むしろあちらさんが俺たちの事を警戒というか恐れているような節さえある。
かつて国側として民間の人たちを徴兵制度の様に、モンスターとの戦いやダンジョンに半ば強引に向かわせその結果暴動が起き勢力が細分化した際色々あったんだろう。
それを抜きにしても竜を倒したという得体のしれない人間がいるんだ、そりゃ警戒もする。
俺も今でははや二日目にしてこの施設にいる末端の人たちに対し、無償で衣食住を間借りさせてもらっていることに申し訳なさと居心地の悪さを感じていた。
(ま、妙に探りを入れてくるよりかはやり易い)
これだけ警戒されていれば、久我達の様にハーフエルフである唯火とハルミちゃん達に危害を加えようなどと思わないはずだ。
(さて、何を食うか)
二人に遅れること数十秒後列に並びそびれた俺はぼんやりとメニューを眺めながら歩を進める。
先の理由で前後周囲からは一メートルほどの距離を空けられた状態で。
・・・
ここの飯は正直味気無い。というのも、俺の舌はすっかり肥えてしまった。その原因はかつて路上で口にしたシキミヤの『モダン焼き』だ。あのこの世のものとも思えない、粉物という枠すら超えてしまう逸品の味を覚えてしまったらもう他のものなど口にはできない。
「・・・・・おい」
そもそも思い返せばあの男には世話になりっぱなしだ。至高のモダン焼きの件は勿論、その直後の母竜戦。その眷属の経験値のおかげで名持に向け力を蓄えることができた。そして名持の竜。シキミヤがまさに影ながらに暗躍してくれたおかげで俺は全霊をもって戦いに挑むことができた。
「おい」
彼を目の敵にしていた自分を恥じる、いつか刃を向けあう相手だったとしても男として尊敬しよう。
今俺がここでボインちゃんと控えめちゃんと温かい飯を食えるのも————
「おい!お前何してるんだ?」
「偉大なるマスター・シキミヤの————え?なに?」
さっきから妙な妄言が聞こえると思い振り返ると、そこには見たくもない白髪の黒メガネが立っていた。
「なにって、ここ食堂じゃん。ご飯食べる以外に何があるっていうのさ?」
眉を八の字にし、気の毒な人を見るような視線。ここに職員の人達が居なければ殺気の一つでも放っていたことだろう。
「だからそういうことを・・・いや、いい。聞くだけ疲れるだけだ」
ため息とともに前へと向き直る。
ここを紹介してもらった恩義があるにはあるが、あまり余って俺はこいつが嫌いだ。何も見なかったことにしよう。
「いやチョーっとからかってみたのさぁ。ほら、君初めて戦った時から頭の中でわちゃわちゃ考えるタイプだろうなーって思ってたからさぁ」
真似してみた、と。
「お前、あんな気取った感じで去っておいてよくそんなとぼけた態度で顔出すな。あと、周囲の目が痛いから他人の振りしろ。ていうかお前とは他人だ、話しかけるな」
シキミヤの出現によりただでさえ開けられていた距離感が倍増になった。皆遠巻きに目を合わせないようにしながらも、俺とこいつの組み合わせが気になるようだ。
「なんで『攻略勢』の僕が『探求勢』の施設の食堂にいるか聞かないのー?」
何かしらの繋がりがあることはもう以前にも聞いた。どうせ今もう一度聞いたって大した答えは返ってこない。
「ちょっと人に会いに来たんだよねー。『探求勢』の人。しばらくぶりなんだけど、どこにいるかわからなくて」
「・・・・」
こいつの尋ね人か。気にならないとは言わないが今は勝手にやっていてほしい。
「いればすぐにわかるんだけどさぁ・・・なにせ僕とおんなじくらい強いし」
「————笑えない冗談だな」
無視を決め込むつもりが思わず反応してしまった。
振り返らないのは精いっぱいの強がりだ。
「『おんなじくらい』だけどね。多分今は僕の方が強いよー」
「・・・・そうか。で」
食事の乗ったトレイを運び席に座ると、先に座る唯火と朱音の顔がぎょっとしたものに変わる。
「なんでここに座るんだ?」
二人を対面にした四人掛けの席。その俺の隣にしれっと腰を下ろすシキミヤ。
「え。空いてたから」
「他にいくらでも空いてるだろ」
主に俺たちの席に隣接する二つ分は誰一人として座っていない。
「いやぁ、僕ここの人たちに怖がられてるからさ。申し訳ないじゃん?」
「自覚はあるんだな」
「今は君たちも怖がられてるけどねぇ」
それは否定できない。そしてこいつが他の席に座ればさらに空白の席は増え、職員の人たちがいたたまれない状況になるだろう。それはさすがに申し訳ない。
「あれ?もしかしてもう一人誰か座る予定だった?なら退くけど。女の子だったらね。レディーファーストだから」
「えっと・・・ナナシさん?」
「どういう状況よ、これ・・・」
消化の悪い食事になりそうだ。
困惑する二人には悪いが我慢してもらおう。
「はぁ・・・別にもういない。好きにしてろ」
それだけ聞くと、何が楽しいのか鼻歌を口ずさみながら割り箸を割る。
左右非対称に割れたそれを気に留めた様子もなく、意外と律義に手を合わせると。
「そんじゃ、いっただきm——————」
「————あら?ナナシさん来てたのね」
シキミヤの声を遮るように名を呼ばれたので振り向くと、
「あ、美弥子さん。ども」
「朱音ちゃんに唯火ちゃんも。いつもナナシさんと一緒にいるのね」
「ま。竜種討伐班のパーティーだからね」
「あら?もうそれは終わったんじゃないの?」
「・・・・腐れ縁?」
「そこまで長くないだろ」
う、うっさいわね!と、俺の細かい指摘に毒づく朱音。
「美弥子さんもご飯ですよね。ご一緒にどうですか?」
「あらいいの?私は『夜』。ナナシさんとご一緒するから今は遠慮してもいいんだけど?」
美弥子さんの意味深な言い回しに眉をピクつかせる唯火。基本的に真面目な性格な彼女の琴線に触れる発言だったのだろう。
「・・・・あんた、さっき言ったこと覚えてんでしょうね?」
多分聖夜の部屋で忠告されたことか。俺は何も発言していないのにそんな目で見られるのはなんだか不公平に感じた。
「・・・・まぁ、とりあえずせっかくですから美弥子さんも一緒にどうですか?」
彼女も俺たち同様ここの職員に避けられる対象だろう、そんな女性を一人で食事させるのは普通に気が引ける。それに、
「おい。そういうことだからお前別のところ行け」
厄介払いもできるし一石二鳥だ。
そう思い立ち隣に座るシキミヤへ話を向けると。
「————ん?どこいった?あいつ」
「え?あ、あれ?」
「いつの間に・・・」
「? どうかしたの?」
横を見るとそこは既に空席で、食事の載ったトレイごときれいさっぱり奴は姿を消していた。
三人とも美弥子さんの来訪によりそちらに意識を持っていかれていたから、その一瞬さえあればこの場から離脱することなど奴には容易いだろう。
先の奴の言葉通りの行動なら目にもとまらぬレディーファーストだった。
「・・・・案外フェミニストなんだな」
かといって、かつて唯火にその刃を向けたことを俺は決して許さない。
脳裏に焼き付いた最悪の未来が消えることはない。
「冷める前に食べよう。美弥子さんも、ここどうぞ」
「それじゃぁ・・・お言葉に甘えて」
あいつがいくら馴れ馴れしく近寄ろうと、そのことが俺の中で燻り続ける限りあの男は俺の敵だ。
「朱音ちゃんは何食べてるの?」
「かけ蕎麦」
「相変わらず食に関心のなさそうなチョイスね・・・・唯火ちゃんは」
「生姜焼き定食です」
「・・・・うん。おいしいわよね。でも・・・量多くない?」
「そうですか?」
その時が来たら、容赦なく殺しあう対象だ。
「食事は栄養を摂取する数少ない機会なんだから、毎回考えて選ばないとだめよ?」
「「はぁい」」
血なまぐさい感情を胸中に抱きつつも、
「ナナシさんも・・・・大分偏ってるのね」
「恥ずかしながら、なんだかんだジャンクになりがちなんです」
「独身男性って感じね。今まで作ってくれる良い仲の人はいなかったの?」
「いやはや、恥ずかしながら」
「気になる人とかも?」
「全然。戦いばかりでそんな余裕もないですよ」
「ふぅ~ん・・・」
「「な、なんですか?」」
一時はどうなることかと思われた食事の時間は、存外、楽しいものとなった。
料理が苦手な人って食そのものに無関心。
逆に関心あっても苦手な人は苦手。
レシピ通り作るだけなのにね。
自分で作ったカレーに苦みを感じる度に、悟ったようにいつも思います。




