145話 取るべき策
「皆・・・メンバー全員ということかね?」
「はい。試したいことがあるんです。もしかしたらまだいる内通者を探し出せるかもしれない」
ふむ。と思案顔になる。
攻略班の事もあり内通者がいるのであれば炙り出した方がいいと思うのだが、やはり次席の響さんとしては気が引けるのだろうか。
「響さん、気持ちはわかりますが聖夜みたいに命を狙われる場合もあります。そして聖夜が生還した今、攻略班の裏切者と繋がっていたとしたら次にどう出るかわかりません。狙いがわからない以上早く対処した方が・・・」
「いや。そうではないのだ・・・全員を一度に集めるというのが少々難点でね」
「・・・ああ。『探求勢』のことですか・・・・確かにそうですね」
俺たちはシキミヤの奴の口利きもあってか無償であの施設に滞在している。
だがその代わりに行動をかなり抑制されている。特に大人数での外出、施設内での集合に目ざとく外に出る時には目的を報告しなければならない。
ここに来る人数は6名で、目的もアジト跡の確認ということでギリギリ許可は下りた。
(聖夜達の様子を見に行くのには面倒だから三人でこっそり抜け出したんだよな)
唯火と朱音を俺の『隠密』の効果範囲内に置けば抜け出すのは造作もなかった。
「流石にメンバー全員を一度に、っていうのは動きが大きすぎるか・・・・」
「うむ」
力づくでという手もあるがそれでは暴動だ。それにシキミヤの息がかかっているかもしれない連中、そう易々と事を構えられやしない。
何より、アトラゥスに重傷を負わされたメンバー達もまだ回復していない状態。あまり騒ぎを起こせるような状態じゃない。
だとしたらどうする?俺が一人一人相手にするとなると当然警戒も強まる。できれば集団に溶け込む安心感を与えてスキを見いだせたらなお効果的だったんだが・・・・
「まいったな。となると、一人ずつ訪問して試す必要がある・・・俺が一人で動くとなると警戒されて尻尾を出さなくなるかもしれないですね」
「私が同行するのはどうかね?」
響さんは提案するが。
「いえ、やはり不自然な組み合わせに思えます。それに聖夜の事を見るになんとなく組織を潰そうとしている意図を感じます。聖夜は現場の指揮者ですからね。まずそこを消せば付け入る隙もあると考えてのことかもしれない」
「ゆくゆくはターゲットとなる次席の私、マスター。そして恐らく娘である朱音はその役には不向き、と?」
「憶測ですけどね」
むしろ敵意をはっきり出してくれるかもしれないが、こういう類は一発勝負。
できるだけ自然に事を進めたい。
慎重すぎかもしれないが俺たちがここを去った後も彼らの中に仲間同士への猜疑心を残したくない。
やれるだけのことはきっちりやってやりたいんだ。
「一人一人・・・訪問・・・自然に、ですか」
話に出た条件を反芻する唯火。
「何かあるのか?唯火」
「んー・・・・健康診断。なんてどうです?」
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「健康診断?」
俺たちは施設へと戻ると早速行動に移していた。
「はい。美弥子さんの腕を見込んでお願いしたいんです」
「あら、嬉しい。口説いてるのかしら?」
「コホン!」
同行してもらったこの案の立案者である唯火が聞かせるような咳ばらいを出す。
「ん?どうした?何か気になるところでもあったか?」
「い、いえ・・・」
「・・・んふふ。かわいー」
大人の微笑みを放つと、何やら書いていた手を止めこちらに向き直る。
この部屋はかつてのユニオンの救護室同様に使っている部屋だ。そして相変わらず白衣を羽織っているスタイル。
「それで?どうしてまた急に健康診断?」
「ええ。皆愛着のある場所をなくして『探求勢』の施設であるここになだれ込むことを余儀なくされた。きっと、精神的ストレスは相当なもののはずです」
「まぁ、そうねぇ・・・私もそれは危惧しているわ」
「そうだったんですね」
専門分野の彼女だ、当然その観点はあるに決まっているか。
「で、つまり一人一人カウンセリングをして皆をケアしたげるってこと?」
「はい。そういうことで」
というのは建前だ。
一人一人面談方式で美弥子さんには普通にカウンセリングをしてもらう、その最中に俺は『隠密』で身を隠し内通者か見破るためのアタックを仕掛ける。
最初は非効率的かとも思ったが、俺が動き回って仕掛けるよりこの方法の方が断然成功率が上がる。
美弥子さんの立場上自然な行動であり警戒心も薄まる、それにカウンセリングというシチュエーションがいい。深層心理が浮き上がりやすい心の状態に美弥子さんが持って行ってくれるはずだ。
「ふ~ん・・・・」
ギシッ、と腰掛ける椅子を鳴らしながら足を組みなおす。
というか、この人は火竜を倒した後駆けつけてきた時もそうだけど、現場にも出るのに何でこんな丈の短いもの身に着けているのだろう。
「お兄さん。そのケアが必要な対象に私は入ってないのかしら?」
脚を組んだ姿勢で身を乗り出しやけに艶っぽい表情で俺の頬を指でなぞる美弥子さん。
それを受けた俺は、
「・・・それを言われると申し訳ないですね」
まだ若いといえる時分の彼女に、自らを省みず他者のために献身しろ、と言うのも酷だ。
そこで言葉に詰まり弱ってしまう。
「・・・ふふっ。お兄さん・・・ナナシさんは優しいのね」
「!?」
「いえ・・・当然の事かと」
身を離すと椅子の背もたれに背中を預け。
「今度、少し付き合ってもらえる?」
見えないグラスを口元へ傾ける仕草をしながら器用にウィンクを飛ばし。
「・・・はい。源蔵さんたちにもらった竜殺しを持っていきますよ」
引き受ける対価、ということだろうお誘いをお受けすることにした。
「ふふっ。じゃあ、今晩にでも————」
「お、お昼の方が!いいんじゃぁないですか!?」
そんなに重要な事なのか、声を張り上げ割り入る唯火に。
「いや、真昼間から飲むのもな・・・・」
「そうよぉ唯火ちゃん。日中はやること沢山あるんだから。働く大人はその日のお互いを褒めあいながらおいしいお酒を飲むの」
「ず、ずるいです!」
まだ飲酒が許されていない歳の彼女は疎外感のようなものを感じたのだろうか、根拠のない子供っぽい批判を口にする。
「んふふ。まぁ、この話はまた後でするとして。カウンセリング、引き受けるわ」
随分と上機嫌な様子で唯火をいなすとこちらの提案を快諾してくれた。これはホント後でお礼をしないとな。
「ありがとうございます。美弥子さん」
「ううん。本来正式なメンバーではないあなたたちが、そこまでみんなの事を考えてくれるんだもの。それに応えなきゃ女が廃るわ」
さっきまでとは質の違う慈愛に満ちた笑みを浮かべる美弥子さん。妖艶とも清楚ともとれる不思議な女性だ。
・・・・この健康診断が内通者を見破るためのものだとはとても言えやしない。
(まぁ、建前ではあるけど健康診断・・・カウンセリングというのも無駄ではないだろ)
住み場所が消滅してしまったのは事実なんだ。本職の美弥子さんも危惧していたことだし必要な事ではあったんだろう。
「ナナシさんと飲むの、楽しみにしてるわ。その時は私のカウンセリングもお願いね?」
「ははっ。ご期待に添えられるよう善処します」
無難に返すと、明日にでも始めることを約束し俺たちは部屋を出た。
「・・・・ナナシさん」
「ん?なんだ?」
部屋を出た状態のまま明後日の方を見たままの唯火に呼び止められ。
「美弥子さんからお誘いがあったら私にも教えてください」
「ん。言っておくが未成年は—————」
ジロリ、というオノマトペがぴったりくる目つきでこちらを振り返ると、早歩きで距離を詰め。
「い、いいから!お・ね・が・い・します!」
念入りにくぎを刺すように胸元を指でつつきながら言う。爪が刺さって少し痛い。
「約束ですからね!」
それだけ言うと、ツカツカと足早に去って行ってしまった。
「ふむ・・・・防御力上がっても痛いものは痛いんだな」
割とどうでもよい発見をしながら、ともあれ内通者を探し出す手筈が整った。




