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144話 記憶の整理

「ぅ・・・・」



とある一室で青年の意識が覚醒し始める。


目覚めようと格闘しているのか目覚めまいと抗っているのか、苦悶のうめき声を上げながらうなされている様だ。

よほど夢見が悪いのだろう。



「————聖夜(せいや)



あまりこの状態を放置してても傷に障るだろうと思い、俺は横になる彼の名を呼んだ。

すると————



「・・・っは、ぁ!?」



自身の名に反応したのか目を見開くと同時に弾かれたように上体を起こす。



「聖夜。大丈夫だ。ここはダンジョンの外、地上だ」


「はぁ、はぁ、はぁ」



目の焦点は合わず俺の気配にも気づいていない様子。前髪が額に張り付くほど玉の汗を流し息も荒い。

そんな寝起き早々焦燥しきった状態の彼へ諭すように言葉をつなぐ。



「順番に頭を整理するんだ。落ち着いて。ここに、お前の敵はいない」


「はっ・・・はっ・・・・」



次第に整う呼吸、上下する肩も収まり目の焦点もあってきている様だ。



「俺が誰だか、分かるか?」



どこか、俺自身がこの世界で目覚めた時の記憶と目の前の青年の姿を重ね合わせて、思わず記憶の混濁を危惧した質問を投げかける。

実際、頭部にも打撲の跡が何か所か見られた。



「・・・ぁ・・・ナ、ナ———ガハッ!?げほッ!」


「慌てるな。水、飲めるな?」



恐る恐るこちらを見るなり俺の名を口にはしてくれたがむせてしまった。

呼吸でからからに乾いた喉で発したせいだろう。



「・・・・そう。大丈夫そうだな」



水の入ったグラスを手渡すと一息で空にし、深い息を吐く。



「ぐ・・・す、すまない・・・・ナナシ、ここは?」


「ここは—————」


「その説明は私がするよ」



声に振り向くと、聖夜が身を置くギルド。

その次席である響さんがドアを開け入室したところだった。



「次席・・・じゃあ、ここは・・・ユニオンの?」


「いや、それが・・・」

「ナナシ君。ここは私が」



半ば強引に言葉を遮られやんわりと退室を促される。

ここは聖夜との付き合いの長い響さんに任せた方がいいだろう。



「あれ?ナナシさん」


「どうしたのよ?外に出て。聖夜は大丈夫なの?」



部屋を出たところで、一時的に退室していた唯火と朱音と鉢合わせる。

先程までは二人の用事が終わるまで俺が一人、眠る聖夜の様子を看ていたのだ。



「ああ。聖夜なら二人が出てすぐに目を覚ました」


「! ほんと!?」


「そうなんですか。よかったぁ・・・」



それぞれに安堵した様子。

朱音に関しては目が赤い。



「今、響さんが聖夜に付き添っている・・・積もる話もあるだろうから、朱音も行ってきたらどうだ?」



さりげなく唯火に目配せすると、意図を汲み取ってくれたようで小さく頷く。



「行ってきて朱音ちゃん。私たちは少し出てるから」


「そう、ね。そうするわ」



短くそう返すと、静かに扉を開け部屋へと消えていった。



「・・・・ほんと、よかったですね」


「ああ。そうだな・・・大丈夫か?」



朱音がいなくなった機会に、と切り出す。



「えっ?な、なにが、です?」


「隠せないって。知ってるだろ?」



俺の言葉に困ったような笑みを浮かべ。



「・・・落ち着かないのは、事実ですね」


「無理もないさ」



()()()()足を踏み入れてないような俺でも多少の居心地の悪さを感じる。

ここはそれだけ雰囲気が似通っているんだ。

唯火としても清算した過去ではあるかもしれないが、そう簡単にはいかないものだろう。



「まさか、久我の・・・ではないですか。『探求勢(シーカー)』のお世話になるとは思いもしませんでした」


「だな」



そう、俺たちはかつて唯火と因縁のあった『久我宗明(くがそうめい)』。

その男が席を置くと思われる三つの勢力の一角、『探求勢(シーカー)』が運用する施設に厄介になっている。



「流石に、嫌が応にも・・・・思い出しちゃうもの、ですね」



無理もない、ここの造りは俺が森の中で堕とした唯火がかつていた施設と酷似している。



「心配するな。何か怪しい動きでも見せたらここでも暴れるよ」



気休めにでもなればとそんな軽口をたたくと。

一瞬だけ呆けたような顔の後、柔らかく微笑み。



「もう、物騒ですよ?大丈夫です、ここの人たちは一応害意はないみたいですし」


「————ま。あいつのおかげってところか」



脳裏に不快な存在が一瞬顔を覗かせる。



「————ナナシ君。聖夜をギルドに連れて行こうと思うのだ。二人も来てくれないか?」



あらまし現状報告が済んだのだろう。

扉を開け姿を見せた響さんのおかげでそれ以上不快な回想をしないで済んだ。



「わかりました」


「あ、あの。フユミちゃん一人でここに置いてくのは心配なので、呼んできてもいい、ですか?」


「ああ。もちろんだ」



そして俺たちは、皆連れ立って『ユニオン』へと向かった。






::::::::






「そんな・・・・本当に、何も残っていないじゃないか」



この街の『小鬼迷宮』で駆けつけた時の様に膝を折り項垂れる聖夜。



ギルドのアジトであるビルがそびえたつはずの場所。

だが彼の眼前には、深くえぐられた大地が広がるばかりで何一つギルドが存在していた証は残っていなかった。


そこにあるのは名持を倒したことにより出現するダンジョンの鍵たる魔石。

その捜索に当たる数名のギルドメンバーのみ。


一夜明けた今もまだ見つかってはいない。



「名持の竜『アトラゥス』。ナナシ君達が死闘の末何とか勝利をおさめたが、死に際に遺した大魔法が小規模で発動した。結果としてギルドは消滅した」


「みん、なは・・・他のみんなは、無事なんですか?」


「無事だ。誰一人欠けちゃいない」



項垂れる聖夜に寄り添うようにその前後に起きた詳細をぽつぽつと話してゆく。


その様子に俺自身胸を痛めながらも、響さんから語られるそれを聞きながら、


追憶に浸る——————






::::::::






「ヤーヤーヤー。元気ぃ?両手に華でウィニングランなんて羨ましいねぇ。見た感じボロボロだけど」


「・・・・」



アトラゥスが遺した大魔法『黒粛(ヘカテ)』。

その残滓の余波から唯火、朱音、俺の三人はなんとか逃れると今度こそシステムの声を聞き届けアトラゥスの死を確信した。


そして、消滅したギルドからあらかじめ避難していたというフユミちゃんをはじめとしたメンバーたちの元へと向かう。


その道中、



『あ、あの。ナナシさんもう、ボロボロなんですから無茶はしないでくださいね?』


『あんた、一応その剣はあたしが持っておくわ。余計な火種にならないように』



と、肩を借りながらに何かを危惧ししきりに俺へ釘を刺してきた。

今ならその心配も納得できる。



「シキミヤ。お前が何でここにいる?」


「・・・・あれ?言ってないの?」



とぼけた様子で疑問形を投げかける。

両脇の二人へと向けられたもののようだ。



「その・・・すみません、ナナシさん・・・・言うに言えなくて」


「ワルイガがあんたの事毛嫌いしてるの知ってるでしょ?あたしも嫌いだけど」



続くように唯火が『私もです』とつぶやくと。



「流石に!流石にひどくない?僕今回めっちゃ良いやつじゃん。聖人じゃん」


「それに関しては・・・感謝してるわ」


「・・・何の話だ?」


「実はですね————」



唯火は言う。


アトラゥスとの戦闘開始直前、その妨げになるであろう一帯に住まう戦えぬ『回帰勢(オリジン)』の住民たちを、奴の『影飛び』を用いてあの短時間で避難させたこと。


その後、どういうわけかアトラゥスがギルドへ飛び去ることを予見し残された唯火と朱音をギルドへと導いたこと。

そしてメンバーたちの避難も並行して完了させていたこと。



「・・・・お前」



これが唯火の口から出たものでなければ与太話としてあしらうところだが。

どうやら事実なようで、俺自身それであれば説明がつくと考えるに至った。



(道理で、『領域』内に誰もいなかったわけだ)



星白領域(せいびゃくりょういき)』とやらが発動した後のあの時の戦いは、ビルを何棟も崩す程苛烈を極めた。

戦いながらも心の引っ掛かりを憶えていたが、どうにも人の気配を感じないので多少の無茶を通して戦いに集中することができた。


二人が屋上に唐突に現れたのもそうだ。

あれがなければ屋上から落下死していただろう。



「一応、感謝しておく・・・借りだ」


「ま。いいんだけどね別に。結局僕のためだし」



そう言って黒メガネを整えると。



「壁。一つ越えたみたいだねぇ・・・わかるよ。満身創痍でも前とは別物だ」



殺気、というほどのものではないが何やら物騒な気配が発っせられた。

肩を借りた二人は息を呑み、体の緊張が伝わってくる。



「悪いが、今はお前の相手をする余裕はない」


「だろうねぇ・・・・まだ、そのつもりもないよ」



踵を返し背を向けると一つの紙片を指で弾いて寄こす。

俺は両腕が塞がっているので足元へと落ち、



「そこに行ってみて。当面の居場所は保証してくれるよー」


「・・・これで借り二つ、か?」


「返す時はまとめて返してもらうよ」



その返済方法を、俺は本能的に直感。

そして、シキミヤは影に消えていった。


残した紙片には、今ユニオンのメンバー達が身を置く『探求勢(シーカー)』の施設への道案内と紹介文が記されていた。


その後、休息を取り竜種討伐が一段落して尚いまだ帰還しないダンジョン攻略班への心配が募り、翌朝早々に迷宮の門の前に立つ。


すると————



「ちょ、ちょっと!どういうこと!?」



屍人迷宮(グールダンジョン)』へと唯火の救出に向かった時も見た、門の前でのみ確認できるダンジョンの入出記録。

それを覗き込むと、



「13名のパーティー・・・内、12名が死亡!?」


「うそ・・・」


「脱落者の最終ログは・・・」


「二日前!まだ一人生きてるわ!」



そして俺たちは迷いなく残された一名の救出に向かった。


なりふり構わず先導した俺はいち早く聖夜を発見することができ間一髪救出に成功。

疲弊し傷だらけの聖夜を背負い後続の朱音たちに合流すると。



「二人とも聖夜を頼む。俺はこのまま最深部へ向かう」


「え?ちょっと待ってください、なら私も————」


「聖夜は異常な数のゴブリンに追われていた。湧き場(スポット)って感じでもない・・・どうにも、ダンジョンが活性化しているって感じだ。聖夜を守りながら地上へ戻るのには二人で行った方がいい。慎重にな」



俺はその時ある仮説を立てた。

ダンジョンに巣食う種の違いによって、階層の変化。『王』の出現の速度には差異があるのではないか?

そして、ゴブリンという種はその速度が速いのではないか?


かつて『ゴレイド』が支配していた迷宮を当てはめ、ほぼ確信していた。

もっとも、奴の場合は固有スキルのブーストがその最たる要因だろうが。

ここにいる『王』に近い個体も同じスキルを所有しているかまでは知る由もない。



「・・・ナナシさん、もしかして()()()使ったんじゃないですか」


「鋭いな。数も数だったし緊急事態だったからな」


「じゃあ、もう——————」


「心配いらない。それに、あまり悠長にもしていられない」



洞窟の奥に視線を向けると、先ほどまでとはいかないものの夥しい数のゴブリン達がこちらへと迫ってきていた。

ホブゴブリンや、中には名持(ネームド)の上位種もちらほらいる。



「多分もう階層ごとに生息するって概念は無い。厄介な事になる前に二人は聖夜を頼む」



そこで話を切ると俺は渋る唯火に背を向け駆け出した——————






::::::::






「そう、ですか・・・あの時君が助けに来てくれたのは、夢ではなかったんだな」



膝をつきながらも響さんにすべての経緯を聞き終わると、ゆったりとした動きでこちらを振り返る聖夜。

話し終えるまでに少しは平静さを取り戻したのか、先ほどまでよりは幾分かマシな顔つきだ。



「そして、たった一人で。その短時間で『小鬼迷宮(ゴブリンダンジョン)』を制圧した・・・・」


「聖夜達が先行していたからダンジョンの勢いが削がれたんだ。俺はそこを叩いただけ——————」

「ちがう!!」



平静さを取り戻したかと思われたが、一転。

突然声を荒らげる聖夜。



「僕たちは、僕は!何もできなかった、それどころか。疑いあって殺しあう始末・・・彼らに刃を向けられた時、ゴブリンの強襲に乗してずっと逃げ回っていただけだ・・・」



響さんもまだ聞いていない話なのだろう。

彼も困惑した様子だ。



(・・・なるほど)



門で入出記録に表示された生き残り一人を目にして俺は真っ先に、その一人が内通者であると睨んだ。

だが、その状態でほぼ二日間ダンジョン内に一人で滞在しているのに違和感を覚えた。

自分以外の攻略班の全滅だけが狙いであとは自らが死のうとどうでもよかったのか、分からずじまいで救出に向かった先に居たのは聖夜。

彼の要領の良さでこんな無謀な計画を立てるだろうかと推察は枝分かれしそこで止まってしまった。



「聖夜以外の12名全員が裏切者だった。そうだな?」



力なく頷く聖夜に、目を見開く響さん。

朱音も驚きに手で口元を覆った。


同行していたフユミちゃんは俺の傍へと駆け寄り手を握ってこちらを見上げ。



「兄者・・・・」


「・・・フユミちゃん」



その様子に唯火は寄り添い頭を撫でる。



「・・・・竜種を倒して、聖夜も帰ってきた。ダンジョンも一つ制圧できて、これから竜種のダンジョンも出現するはずだ」


「ナナシさん?」



一つ一つ現状を確かめるように挙げていく。



「フユミちゃんたちの事も聞きたいし、俺と唯火は直ここを去る。シキミヤの事もあるからな、余計な迷惑もかけるかもしれない」


「兄者・・・?」


「発つ鳥跡を濁さず」



今の俺ならできる。

表面上隠していても心理の底に沈殿する淀み。それを知覚することが。



「響さん。みんなを集めてください」



まとめて、炙り出す。

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