136話 VS星竜 竜の瞳が映す愚行
私は竜種。
誇り高き種族、他より優れし種族。
敬われ、恐れられ、時には神と同列にまで上り詰める上位存在。
生まれ、自我を自覚した時から親に植え付けられたこの価値観。
少なくともその時の私それを好ましく、自らがそうあることを誇らしく思った。
だが―――
『それは誰が決めたの?』
自らの中の絶対ともいえる『それ』は。
ある日を境に得体の知れぬ『流れ』への欺瞞となり―――
『本当は、どうなの?』
得体の知れぬ恐怖となり―――
『―――知りたい』
誰も止められぬ、好奇心へと成る。
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「お前を倒すつもりだ」
そう言ってその手に何の変哲もない石ころを弄ぶ、『人間』。
かつての私を育てた者達はこの種族を、『力を持たぬ脆弱な劣等種』。
竜種は最上。
他の種族などその贄に過ぎない。
まして人間などは―――
(私たちにとって供物でしかない存在)
非力で脆弱な、欲深い生命体。
力がないのにより上を望む不遜なる種族。
親に、同胞に、そう植え付けられ言い聞かされ、私はそれを拒んだ。
蟻のように群れる彼らの中にも、言葉を交わすに、交流するに値する個体が存在すると知っているからだ。
だが、
(私を前に、この状況にして、その戯れ―――)
自らの最大の武器である『嫌な気配』のする剣。
ワルイガ=ナナシと名乗った人間の男が有する、竜種である私に対するもっとも脅威足りえるただ一つの手札。
それを捨て、
「ソノヨウナ路傍ノ石ヲ拾イ何ヲ成ソウトイウノダ・・・?」
今この抱いている胸中のモノを、人間と同じ音域で語れぬ自身。
尚も変わらず態度で私の前に立つ人間に、本能からくる言いようのない苛立ちを憶える。
「こうするの、さ!」
己の中で煮えたぎる何かが辛うじて平静を保っていたが―――
「私ヲ愚弄スルカ?人間」
投げつけられた石。
放たれたそれは確かに、それなりの威を含んでいた、相手が竜(私)でなければ。
重力操作により私を覆う無重力の領域に侵入すると僅かに逸れた弾道で私の鼻先の鱗にあっけなく弾かれたのを見て、明確に憤怒を抱く。
「戯レナラ、付キ合ウツモリハナイゾ・・・?」
「生憎、大まじめだ」
その言葉を合図にこちらを中心に円周を走り出す。
その走力は変わらず疾い。
この動きだけは評価に値する、だがこの人間が駆けながら放つ一手は―――
(忌々しい・・・・この男には何かあると思ったが、思い違いか?)
凝りもせず小石の投擲。
かつて見たことがある、人間が同族を蔑む対象に対し、自らより劣る同族に対し行っていた差別行為。
愚かしいその行為と、眼前の人間の行為が重なり怒りに拍車がかかる。
数十。
「まだ、まだ!」
数百。
「まだ、だ!」
繰り返す愚行。
募る怒り。
そして後悔した。
この人間の男の『何か』を買い、互いの命を懸けた決闘の舞台を誂えた事を。
「モウ、ヨイ―――」
「!?」
奴が投げつけてきた数多くの石礫。
接触と同時に私を覆う無重力空間に囚われ浮遊していたそれらを、先にそうしたように翼を薙ぐことで奴に返す全方位を埋める弾幕と化す。
「ぐっ!?あ・・・あぁああああ!?」
捉えきれない速力は小石の弾幕に沈黙。
自らの肉体の脆さをさらすように上げる悲鳴。
その愚行が積み上げた礫を身に受け、その姿は着弾と同時に巻き上げられる土煙に覆われた。
コツン、と。
人間の言葉で・・・・なんといったか・・・・?
そう、最後っ屁のように飛んできた礫が再び鼻先に当たる。
「モウ、終幕ダ」
「はっ・・・はっ・・・ぅ」
虚しさと、苛立ちを込めて乱れた呼吸の発信源へと宣言した。
徐々に薄れる土煙の向こうには、体中に穴の開いた、もはや何の興味も引かれぬ劣等種族のただの『人間』がそこにいた。
このまま捨て置いても、死に絶える。
それほどまでに疲弊し傷ついた有様。
無様で、無礼で、惰弱。
(―――そのはずなのに、なんだ?こいつの)
人間の。
ワルイガ=ナナシの、
「何ダ・・・?」
滾り、裂帛。
死にかけている人間の男が放つ眼光に断片的に含まれた、気迫。
つまるところの、『覚悟』を。
「ソノ目ハ、何ダ・・・・?」
再び抜き放たれた、
「―――勝負だ。アトラゥス」
剣の輝きを映す瞳に見た。




