135話 VS星竜 猛攻。凌ぐ果てに
「逃ゲテイル時間ナド無イノデハナカッタカ?」
「くっ!だったら少しは遠慮しろ!」
こちらを挑発するように言うと、宙に浮いたまま片翼を薙ぐように払う。
その所作だけで、風圧の射線上にある近場のビルは齧られたように砕けた。
「ソレハデキヌ相談ダ。私ハオ前ヲ過小評価シテイナイ」
(飛竜みたいに風を操るスキルも持たないのにこれか)
無数の砕けたビルの破片は破壊と同時に重力を無視し宙に静止。
アトラゥスの重力操作によって浮力を得たそれらは——————
「避ケルダケデハ私ハ倒セヌゾ」
「あぁ、くそ!またか・・・!」
先程と同じく片翼を払い生まれた風が、ビルの破片をはじき出す推進力となり数多の弾丸と化す。
無重力空間から射出されたそれらは、通常の重力下で考えられないほどの弾速と破壊力を生み出していた。
(こいつが厄介なんだ・・・!)
目の前に広がる弾幕。
その一つ一つには明確な敵意が含まれていなく、ヴェムナスの放った骨の刃の包囲を防ぎ切った『索敵』を組み込む合わせ技。
【侍】スキル『明鏡止水』が発動できない。
あの強力な防御スキルが使えない以上、取れる行動は少ない。
初撃は『直感反応』をフル稼働して体をかすめながらなんとか凌ぎ切った。
だがこの策は消耗が激しい上に全部の弾丸を避け、弾き切るのはまず無理だ。
ただでさえこの弾幕は初撃の攻撃よりも数が多い、なら今できることは—————
「くそッ!!」
遮蔽物に身を隠すしかない。
この弾丸の雨が止むまでは。
手近な建物の窓を破り転がり込むと、図太い支柱の影に身を隠す。だが———
「ぐぁッ!?」
柱に背中を預けていると、鈍い衝撃音とともに脇腹に焼けるような痛みが走る。
見ると服は裂け血が滲み肉が僅かに抉られていた。
「マジ、かよ・・・!?」
強力な推進力を得た隕石のような弾丸を前に、遮蔽物はその役割を果たさなかった。
岩と岩が砕ける音、鉄骨がかすめる甲高い音。
まるで銃撃の掃射を受ける映画のワンシーンのようだ、と一瞬だけ間の抜けた感想が浮かぶ。
が、そんな呑気な思考は、
「まずい!建物が・・・!」
極小の隕石群に斫られた支柱と穴だらけの壁を視認した瞬間消し飛んだ。
支えを失った建造物の末路は誰だって想像がつく。
「う、おぉあぁあああ、ああぁあ!!」
柱の陰から飛び出すと弾幕に身を晒しながら全力で外を目指す。
当然、全身ところどころに痛みと衝撃が生じる、それでもかまわず『超加速』の速力を信じて走り抜き、再び窓を破って脱出を果たすと。
地鳴りのような悲鳴を上げながら倒壊していく一棟のビル。
「はぁっ!はぁっ!ちくしょう・・・っ!!」
脱出の勢いのまま転がるように距離を取ると、噴火のような土煙をまき散らすとともに衝撃と風が背中を押し。
「はぁ・・・はぁ・・・・生き、てる」
ビルの崩壊の余波に押し出され、足場を削りながら着地すると瓦礫と化したビルだったものが横たわっていた。
その光景を見て、率直によく生きているものだ、と。
そんな意味を含めた弱弱しい言葉が漏れ出た。
「っつ・・・・結構被弾しちまったな」
ポタポタと、流れ落ちる血。
目に見えて体力が奪われていくようで嫌になる。
腕に刺さった鉄筋を引き抜こうと握ると—————
「ソンナモノカ?」
「!?」
敵意。
視界の端の土煙の揺らぎ。
空を裂く風切り音。
『直感反応』が鳴らす警鐘。
体の痛みが一瞬動きをとどめるが、何とか地を蹴り飛びずさる。
(休む間もないか!)
元よりそんな猶予もないのだが、そう吐かずにはいられない猛攻。
目の前を黒鉄の竜爪が鈍く光る軌跡を残し土煙を切り裂くと、その風圧で視界が晴れる。
露わになった竜からは新たな敵意が感知され、
「食らうか・・・!」
もう何度目になるだろうか、全力の疾走を開始する。
コンマ数秒前にいた空間は放たれた重力操作の圧により陥没。
「ヨク動ク・・・・」
特に苛立ちもせず言うと、両翼を払い残る土煙をすべて空に巻き上げた。
背後にその様子を見ながら。
(このままじゃ、じり貧だ)
戦闘開始から体感で4分程。
この戦いは二つの時限がある、一つは奴の『大魔法』。
完成すれば俺だけじゃなくこの街そのものが消滅する。
そしてもう一つは—————
「ソノ速力。アトドノクライモツカ」
(やっぱ気づいてるか)
そう。
朱音の『限突支援』による『超加速』の効果持続時間の限界だ。
事前に付与してもらって確認した持続時間は——————
『レベル×80秒。『素早さ上昇』ならレベル6だから『8分』ね・・・・え?この上昇率でこの効果時間は破格?あのね、あんたと違って普通は『限突支援』の反動がリスキーで動けもしないんだから、本来は付与される側からしたらその間動けないってことなのよ?』
(8分・・・・経過時間から誤差も考えるとあと3分ってとこか)
俺が今かろうじて生きてるのは『超加速』おかげ。
素早さにおいて同じ次元に何とか縋りついているからだ。
(とはいえ、敵を倒すには攻撃を当てるのが大前提)
制空権は奴にあり、厄介な遠距離攻撃も駆使してくるから剣の間合いに中々飛び込めない。
先の土煙に乗じた襲撃を見るに『竜殺し』の剣を警戒してか迂闊には間合いに飛び込むこともしてくれない。
(格上でありながら警戒は最大限。少しは舐めてかかって来いっての)
駆ける度に、戦いの傷が開く。
それとともに血は流れ疲弊してゆく。
「——————賭けるしかないな」
非力な人間の俺にできることは虚を突くこと。
そして、強大な存在の命を狩るなら、この命をもって勝機にすること。
「——————貴様。何ノツモリダ」
それは、アトラゥスが敵として俺たちの前に現れてから初めて見せる感情。
苛立ち。怒り。
眉があれば顰めているだろう。
その深紅の眼光に射抜かれている俺は。
「聞くな。決まっているだろ」
矮小な俺に最大限の警戒を持つ最たる理由。
奴にとって最も脅威となる『竜殺し』の剣。
それを鞘に封印し、代わりにその手には——————
「お前を倒すつもりだ」
ただの石ころが握られていた。
銃の掃射を受けながら隠れる映画のワンシーンと言ったら・・・・
ダ〇ハードかなぁ




