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130話 暗雲

「シッ!」



利き腕で実体の無い虚空に剣閃を走らせる。

室内灯に照らされてながら振るわれる刀身は、刃筋が入れ替わるたびにちかちかと光を反射する。


掌の中でくるりと回し持ち手を変え同じく虚空を裂き、その風切り音を聞くと。




「よし。全快だな」




昨晩、屋上で唯火と別れた後。

彼女の忠告通り酒もそこそこに部屋へと戻り再び床に着く。


おかげで、シキミヤとの戦闘ですり減った力は完全復調し、昨日のレベルアップも相まって力が漲ってくるようだ。

もちろん唯火が冗談半分で危惧していた二日酔いも全く問題ない。




「健康な体ってのはありがたいな」




背筋を伸ばし筋肉を張ると、バキバキと背骨を鳴らす。

こんな風に体を伸ばすことも正直きつかったからな。


思考も晴れ渡り、心身ともに余裕ができた。


今ならこの二日にわたる不調の原因であるシキミヤ(あの野郎)に、まぁ。

母竜ぼりゅうとやらを討伐した礼を一言ぐらい言ってやってもいいと思える程度には、心のゆとりを取り戻した。




「さて、支度でもするか」






力を取り戻し気分もいい。


だけどその日は、何かがいつもと違った。



「———っと、これじゃ反対か」



普段とは反対側に帯剣したり。



「・・・・縦結びになっちまうな」



靴ひもを結ぶのに手間取ったり。

ガントレットのベルトを締め忘れたりなど、どうにも注意が散漫というか自分で言っては何だが心ここにあらずって感じだ。



(・・・・このザワつき)



決して昨日夜の屋上でのことが尾を引いているわけではない。


自己分析するに、今俺は『精神耐性・大』の恩恵で平常心を保っている。

だが、街に漂うただならぬ・・・気配、予感。


そんな漠然とした・・・・そう、圧迫感プレッシャーが、心とは裏腹にわずかな綻びを作り出している。




「一雨きそうだ」




階下へ向かう途中、階段の踊り場で見た窓の外の空は、連日の快晴は嘘のように分厚い雲に覆われている。

いつ、雨が降り出しても稲光を発してもおかしくない雰囲気。




「羽衣も、なんだか毛羽立ってるな」




竜鱗を模した首元の羽衣が何かに呼応するように、その繊維をかすかに波立たせている。

竜種なんてとんでも存在から生まれたこの羽衣ならこれくらいの事が起きても不思議ではない。


肌に感じる何かが、目に映る情景が、否応なしに胸をざわつかせる。



一体何が起ころうとしているのか?



俺は、いや。

多分昨日の晩、唯火も何かを感じ取っていたのだろう。

去り際の勝利の誓いはたぶんそういうことだ。


今日、きた()()


もはや考察する余地もない———






「朱音」


「・・・・ワルイガ。おはよ」



階段を下っていると、普段背負っていないバックパックを背にした朱音と鉢合わせる。

短く朝の挨拶を済ませ横に並び言葉少なに下の階へと下っていく。




「なぁ、その荷物。どうしたんだ?」


「ん。ギルドにあったありったけの炸薬入りアイテム」



久我の隊員が使っていた光る玉や、『黒足袋シキミヤ』の忍者連中が使っていた手榴弾みたいなやつってことか。


足を踏み出すたびに重々しい内容物がこすれる音が俺たちの間に響いていた。




「ありったけって言っても何十個もあるわけじゃないんだけどね。ギルドにとって貴重なアイテムだから、ほんとにここぞって時ときに温存しているの」


「・・・・そんな貴重なもの、全部持ち出して大丈夫なのか?」




——————わかってんでしょ。


そう、緊張を声色に乗せるように呟くと、再び言葉を交わすこともなく階段を下る。



一階へと到着しエントランスへと出ると、ギルドの面々がちらほらといる。

誰もかれもどこかそわそわと、俺と朱音と同じように妙な空気感を感じ取っているようだ。



その中に、俺たち同様ちょうどエントランスへと入ってきた見知った人影。




「唯火。おはよう」


「あっ、ナナシさん。おはようございます」




昨日の屋上での茶目っ気は鳴りを潜め、彼女の表情にも何かを悟った緊張が浮かんでいた。



「朱音ちゃん、その荷物は?」


「これはね——————」



俺と同じ質問を投げかけた唯火に朱音が答えているのをわき目に。

もう一人、歩み寄ってくる人物へと向き直る。



「兄者。おはよう」


「おはよう、フユミちゃん」



しかし、あいさつを交わしたきり俺の目を見るばかりで次ぐ言葉が出てこない。



「? フユミちゃ——————」

「兄者」



俺の言葉にかぶせるように発せられた声に、口を結ぶと。




「一度だけ。フユは、いつでも大丈夫」



何を指し何を意味しているのかは、すぐに分かった。




「ありがとう。けど、そうはならないさ」




俺の言葉に満足げに頷くと、踵を返し静かにその場を後にする。


振り返ると、俺とフユミちゃんのやり取りを見ていたのか、二人と目が合うと。




「・・・・食堂で飯でも食うか?」




気の利いた言葉が出ず、そんな提案しかできなかった。


そんな俺の様子に、少しだけ口の端に笑みを浮かべる二人。



だけどその提案は——————





「——————おい!皆、外の様子がおかしい!!」




実現されることはなかった。




「来たか・・・・」




予感はあった。

この場にいるみんなもそうだと思う。


示し合わせたように俺たちが今ここに集結したのは、本能がこの時に備えた結果なのだろう。




刀身を収めたままの剣の柄を強く握る。


それは闘志をひねり出す儀式。

殺気、義憤、好奇。


なんでもいい、


心を、全身を、生き残るという意思で武装しろ。




「ナナシ、さん・・・」


「・・・外に出ましょう」




俺が纏うものに二人が息を呑みつつも、それぞれが行動を開始する。




「——————ああ、行こう」











直前に口にした二人との食事の提案。




(こいつが終わったら、みんな一緒にギルドでうまいもんでも食えばいいさ)




思い描いたその時間が、


二度と実現されないことを、


この時の俺は知らない。






そう、二度と——————

物語の前後を見直す時、過去回を見るにあたって作者的に不自由で仕方ないので

今話からサブタイトルを付けるようにしました。


過去回も順次付け直す予定です。

章管理も順次。


ていうか文字数も展開も短かったり長かったり、

見返すとめちゃくちゃバランバランですねこれ。



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