129話 屋上で
全開に続きラブコメ臭を含んだ回になります。
苦手な方はスルーしても物語にはそこまで影響はないです。
「ふぅ・・・・」
救護室での地獄のような時間を何とか乗り切り、ようやく眠りにつくことができた。
あんな感じだが美弥子さんの回復魔法の効果は絶大。
聞くに、一言に回復魔法と言っても医療器具と違って各個人ごとの魔力の波長のようなものは千差万別。
術者と被術者の波長の相性によってはその効果の半分も成さないという。
『私たち相性が良いみたいね』
と、器用にウインクを飛ばす彼女に唯火と朱音の視線の温度はさらに下がっていった。
「ま、美弥子さんには感謝しないとな」
使い物にならなかった腕は膂力を取り戻し、銘酒『竜殺し』の注がれたグラスを握っている。
不調からレベルアップ後の力強さに戸惑いながらリハビリがてら、ちょっと気取って屋上で景色を見ながら酒を嗜もうという魂胆だ。
体を包む倦怠感は消え去り、頭にかかっていたモヤも霧散し感覚も研ぎ澄まされている。
一日足らずだが、抑制された五感を解放する様に風が強めに吹く外界の空気を肺に取り込み全身でそれを受けた。
「もう、ほぼ全快だ」
眠りから覚めるとすでに夜の帳は降り切り街には人口の光が散らばっている。
あとひと眠りすれば何の憂いもない完全復調だろう。
唇を濡らすようにちびりと『竜殺し』を流し込むと———
「ここにいたんですね、ナナシさん」
先ほどから耳に届いていた階段を上がる足音の主が、屋上の扉を開く。
「唯火だったか」
「はい。私でした」
俺の耳を澄ませる癖を分かっているこその返し。
そのことに少しおかしくなり彼女に聞こえない程度に小さく笑った。
「もう、体は大丈夫なんですか?」
「ああ。万全に近いよ」
調子を尋ねながら横へ並び、俺にならうように格子に肘をかけ体を預ける。
ビル風に金の髪をそよがせながらこちらを見やり。
「美弥子さんのおかげですね」
「そうだな、最初からあの人に回復魔法掛けてもらえばよかったよ」
「『相性が良い』みたいですからね」
一言を強調して言う。
「・・・・あの時は、本当に身動きできなかったんだ」
何故かどこか言い訳じみた言い分になってしまった。
後ろめたいことはないはずなんだがな・・・・
「冗談です」
「朱音といい、しばらくいじられるな・・・・」
こちらも冗談と本音を半分半分に少し大げさに嘆いてみせる。
そんな俺の様子に唯火は無邪気に笑い。
「あははっ・・・でも、美弥子さん素敵な人ですから、クラっときちゃうのも仕方ないんですかね?」
「・・・俺はそんなちょろくないぞ」
年上の意地でそう返すと。
「確かに、普段のナナシさんを見てるとそんな感じしますけど・・・・でも本当はどうなのかなー」
どうやら今の彼女はかなり意地が悪いらしい。
中々話題を逸らさせてくれない。
「『精神耐性・大』がついてるからな。靡かないさ」
微妙に論点をずらした回答。
その逃げの一手に———
「じゃあ・・・・」
とん。
と、
肩に重みとぬくもりが伝う。
「こんな風にしても、平常心、ですか?」
それとともに風に煽られた甘い香りが鼻腔を撫でた。
「出会ってからずっと一緒にいる女の子に、こんな風にされても・・・・いつも通りのナナシさん。ですか?」
「・・・・」
唯火の早まる鼓動が伝わる。
流石に心音は聞こえないが、意図せずして彼女が頭を預ける肩に感覚が集中し『五感強化』発動のトリガーになる。
鋭敏になった『触覚』が、唯火の体を震わす鼓動を感じ取っていた。
「「・・・・」」
遠くに見える街の明かりを眺めながら。
俺は考えた。
『らしくないな』
『大人をからかうな』
『何の冗談だ?』
『無理するな』
瞬時に浮かび上がるのはそんな言葉。
いつもの俺の調子。
それは唯火が仕掛けてきたこの小競り合いに俺が勝利した証———
「意識は、するさ」
「———え?」
唯火の驚きを含んだ声に、俺自身も思い浮かべた言葉とは違う自分の言葉に違和感を覚えてると。
「きゃっ!?」
ビル風が短くうなりを上げ。
「おっ・・・と」
俺の肩に頭を預け不安定な姿勢なところを風にその長い髪をあおられて体勢を崩してしまい———
「・・・・っ」
「・・・少し、風が出てきたな」
俺の胸へと飛び込んできた形となってしまった。
ほんの少しの間彼女は静止。
慣れない冗談に高鳴っていた鼓動はさらに加速しているようだ。
そしてハッとするような息を吐き、弾かれるように離れる。
「ほ、本当かどうか確かめてみました!ナナシさんの心音、ドキドキしてるかなって・・・・お医者さん、みたいな」
「なんだそれは」
何だよく分からないテンションの唯火に思わず吹き出しながら。
「で?どうだった?」
「あ・・・と。わ、私もなかなか捨てたものではないですね!・・・・うん・・・うん」
「そうか」
何かを飲み込むように一人頷く唯火。
今日は年相応にコロコロと表情がよく変わる、中々微笑ましいものだ。
「体を冷やして風邪を引いて明日に支障が出てもつまらない。そろそろ戻った方がいい」
「あ・・・・はい。そう、ですね・・・・ナナシさんは?」
どこかもの寂しそうにする唯火に———
「こいつを呑み終えたら、休むとするよ」
グラスを掲げこたえると。
「飲みすぎないでくださいね?二日酔いで明日に支障が出てもつまらないです」
「気を付けるよ」
同じ言葉の心配で返された。
「・・・・ナナシさん」
「なんだ?」
「明日も、必ず勝ちましょう」
「当然だ」
先ほどまでのぎこちなさは消え、いつも背中を預けあう時と同じく不敵に笑みを交し合う。
「———必ず。勝つさ」
唯火が去り一人になった屋上で、己を鼓舞する景気づけと———
少し火照った頭を冷やすようにグラスをあおった———
ラブい回も書きたくなることがあるんです。
二人が遭遇してからひと月もたってないはずだけど、
吊り橋効果ってことで。
まだお互い明確に自覚はしてないし、
まだヒロイン枠が余ってるかもしれませんからね!




