127話 後始末まで完璧に
「どういう状況よ・・・これ」
「あ。朱音ちゃん!」
シキミヤへとびっきりの嫌悪感を示してやった後。
奴はひとしきり笑うと何やら一人で話し始めた。
首も上がらない状態なので唯火に何事かと聞くと、インカムのようなものでどこかと連絡を取り始めたらしい。
聖夜が使用していた魔石を組み込んだ無線機とは違いかなり小型。
それだけでも希少性の高いものだとわかる。
その近くで大の字に寝ている俺と、今しがた俺の傍らから朱音の元へと駆け寄った唯火。
そして何より、ターミナルのあちこちに横たわり積み重なる竜の屍を見ての朱音の反応だろう。
「システムの声が聞こえたから、もうモンスターはいないってことでいいのよね?」
「・・・・うん」
ピクリとも動けない俺の有様もさることながら。
朱音の注意はいまだインカムに向かって話すシキミヤに注がれていた。
「・・・・ワルイガは、あいつにやられた。ってわけではないわよね」
「ううん、それは・・・・でも、今朝の状態でここにいる竜種を全部相手にしてたみたいだから」
「これ全部!!?」
俺たち以外の人の気配の消えた周辺に響き渡る声をあげると。
「よ~し、これでオッケー」
話が終わったのかこちらへと歩み寄る気配。
力なく首を横に倒すと、黒メガネと黒マスクの上からでもわかるにやけ面と目が合う。
「今回はめちゃくちゃ数が多かったからねー。街も大分汚れてるから、僕から掃除してって連絡しといたよ」
「・・・・誰にだ?」
「決まってんじゃーん。『探求勢』のお友達だよ」
僕顔が利くからねー、と。
どこか得意げにピースサインを作りハサミの様に開閉させる。
いちいち鼻につく茶目っ気だ。
「何か聞きたそうだねぇ」
「・・・地下駅・・・・そこに、こいつらの、親玉みたいのがいたんだろ?」
駅を中心として侵攻してきた竜の大群。
それはただ単に散開してきたというより、駅周辺の人間をそこから遠ざけるような意図を感じる動きだった。
脅威となった唯火の元へと次々に竜が集まっていたのがその証拠だ。
ただ街を飲み込むだけなら逃げだしてどんどん範囲を拡大させればいい。
極めつけは俺が戦った地下から逃げ延びた竜達。
地下駅から出ていったというあいつらは、おそらくシキミヤとの圧倒的な力の差を前に逃げ出してきたのだろう。
そんな奴らも、地下への入り口を守るような素振りを何度も見せていた。
要するに地下にはそういったこいつらを統率するような存在がいたってことだ。
「お。勘がいいねー、ホントよく見てる。結構余裕だったんじゃないー?」
「もしそうだったら、今もお前に中指突き上げてるよ」
残念ながらまだ唯火の助力なしに腕を動かすことはできない。
それを聞くと愉快そうに、そっかそっかーと受け流す。
「・・・どんな竜種だったんだ?」
「『お母さん竜』だったねー」
以外にもすんなりと質問に答える。
続けて、
「地下にめちゃくちゃ卵産んでたね。あれキモかったなー。あれ孵化してたら千体は下らないんじゃないかな?」
「その卵は・・・?」
嘘か誠か。
その数にゾっとするものはあった。
誇大表現している可能性もあるだろうが———
「全部壊したよー。かわいそうだったけど」
お母さんと遊ぶのに邪魔だったからね、と平然と言うこいつにとっては百も千も大した違いではないのだろうと、無駄な勘繰りはやめた。
「母竜はね、結構面白かったよ。竜種ってあんな形して魔法使うんだねぇ?でも、おっ?って思ったのは最初の口から吐いたやつだけだったかな・・・・あとはもう———」
「いや、もういい」
続く所感は想像できる。
屋台で呑気にモダン焼きを焼いていた時とそう変わらない、返り血すら浴びていないその姿を見れば一方的な戦いだったに違いない。
「そう?まぁ、特に山場がある話でもないけど」
それだけ言うとくるりと踵を返し、
「んじゃま。ピンチヒッターも終わったし僕は帰るよぉー。次のは何もしないから、今日しっかり万全にしときな」
「・・・・この有様、半分はそっちのせいなんだ。例の『影のやつ』でギルドまで送ってくれよ」
半分は本音。
この疲労感の中アジトまで戻るのは果てしなく億劫だ。
もう半分は———
「あー、それは無理だよぉ。僕の『影飛』も万能じゃないんだから」
「・・・そうかよ」
(———何かしらの制約がある。ってことか)
今回こいつの情報を一切暴けなかった分の元を取るため。
最悪その『影飛』とやらを体感して何か掴めればとは思ったが。
(とりあえず、収穫はあったか)
最も、わざと意味深な情報を開示している可能性もあるが。
「じゃ。あ、そこらに落ちてる魔石は全部回収しちゃいなよ。ツインテールちゃんとこのギルドは貧乏だからね。ちょうどいいっしょ。一石二鳥、一石二鳥」
今度はモダン焼き買ってねー。
そう言ってひらひらと手をなびかせながらその場を去っていった。
「ったく、ホント食えない男ね」
噂になっているという奴の役割。
結果としてギルド間のパワーバランスの管理までどさくさ紛れに済ませていった。
「・・・・あの屋台」
「「ん?」」
何とか首をひねり見ると、思案顔で呟く唯火。
「またあの場所でやっているんでしょうか?」
「・・・・」
「唯火。あなた、図太いわね・・・」
なんとも脱力する空気感に、
思わず無駄に晴れ渡る空を見上げた。
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「っはは!とんだ儲けもんだ!」
人気のない路地へと風と埃を巻き上げながら巨躯の猛禽が降り立つ。
その背から孤狼と興奮気味の男が飛び降りた。
「いいぞいいぞ!ますます運が向いてやがる」
混乱に乗じてタナボタを狙えないかとリスクを承知であの場に参じたが、正直あの群れる竜一匹一匹にも勝てる気はしなかった。
だが結果はどうだ?
あの少女と遭遇した時は肝を冷やしたが、あの偶然には感謝せねばなるまい。
「お前もよくやってくれたな」
「わぅっ」
孤狼の毛並みを撫でてやると心地よさそうに一鳴き。
すんでのところであの竜を殺されずに済んだ。
そして死なない程度のダメージでダウン。
賭けだったが見事うまくいった。
それにどうにかこちらの職業も誤魔化せたはず。
即興にしてはもっともらしい口上を並べたものだ。
もし少女からあの男にさっきの事を話されても、そうそう自分の存在を気取られることはないだろう。
(気味悪いくらいにイカれた感覚してやがるからな。尻尾を掴ませるわけにはいかねぇ)
用心を重ね最終目的まで踏み外さずいけば、こんなこそこそしないで済む。
「・・・・まぁ、今はこの出会いを喜ぼうじゃねぇか」
力はありすぎて困るこたねぇ。
「なぁ?竜種よ」
路地の影から歩み出たその竜は、
少女から負わされた外傷すべてが完全に癒えた状態でそこに居た。
「やっぱり格上でも、弱っていれば通る!」
それは今日最大の収穫。
誇り高き竜種すらも己の『能力』なら律することが可能。
あとは、待つだけだ。




