126話 与えられた勝利
「『瞬』―――」
一挙手。
「『動』―――」
一投足。
「『必』―――!」
疲労困憊。
満身創痍。
死屍累々。
日本人の性か。
脳内では肉体があげる悲鳴が次々とネガティブな四字熟語に変換されていく。
「斬!!!」
既に目測は機能の半分程度しか果たさず、意識の端に感じる気配を手繰り確証無き照準のまま必殺の一撃を次々放つ。
その数は数えるごとに気が滅入るので途中からカウントを放棄した。
「はっ・・・はっ・・・・」
最も。
「一発・・・・数体は・・・はぁっ・・・・巻き込めて、いたんだけどな」
積み上げられた竜の屍の数が、とうに体は限界に達しその堰を超えていることを示唆していた。
「この状態の、『合わせ技』じゃ、一体一発、が・・・・関の、山」
技の精度は落ち威力は半減。
重なる襲撃に連撃で応じるたびに通常の倍近くの消耗を強いられる。
「質を、伴う数ってのは・・・こうも厄介か」
当然の帰結。
今の俺がかつてのゴブリンの王、ゴレイドが放ったゴブリンの軍勢。
万全の状態で挑んだなら唯火のようにとまではいかないものの、それほど苦戦せず全滅させられると思う。
だがこの竜の大群。
炎を吐くだとかそういった特殊能力のない個体ばかりだが、その肉体の強靭さはゴブリンの比ではない。
特に、地下から湧いてきた竜たちは地上にいたやつより一回りも二回りもデカい。
竜殺しの追加効果があるとはいえ隙を作らないよう一太刀で両断するとなると、自ずと大振りになっていく。
それが結果として体を軋ませ体力を大幅に持っていかれる状況だ。
「あーー・・・・流石に、しんどい」
外傷は殆どないものの、汗はしたたり息は乱れ手足が棒のような疲労感。
熱を持った頭で視界はぼやけるも、腕の痛みが気付けとなって短い覚醒を繰り返す。
(誤算だった。体力も思ったより回復していない)
最強に刃を届かせるために放った技は、完全に俺の力の許容を超えていたようだ。
そんな調子に———
「・・・・限界だ」
たまらず地べたへと腰を下ろした。
剣は手から零れ落ち、カランカランと乾いた音を鳴らす。
乱れた呼吸のまま視線を上げ、汗で張り付いた前髪の隙間から正面を睨む。
「「「グゥウウウゥルル・・・」」」
おそらく最後の数体だろう。
こちらを大いに警戒した慎重な歩みで距離を詰める。
「少しは、知恵を付けたか」
座り込んだ俺を残った数体が包囲。
全方位から一気に強襲を仕掛けるつもりだろう。
手足はもう、動かない。
「「「ギャォアッ!!」」」
目を閉じ息をつく。
その沈黙は———
「———助かった。唯火」
「ナナシさん!!」
安堵からくるものだった。
「「「ギャ・・・ァ!?」」」
甲高い風切り音が耳元を撫でると、一瞬で竜たちの体は齧られたように欠損。
短い断末魔を上げ倒れていった。
「大丈夫ですか!?」
「ああ・・・ありがとう。助かったよ」
改めて礼を言う。
座り込んだ時、体の限界は確かに来ていた。
それはもう剣の一振り分も余剰なくすっからかんだった。
けど、腕の痛みで瞬間だけ鋭敏になる感覚が唯火の気配をとらえ、託した。
諦めるのではなく彼女に委ねた。
「立て、ますか?」
「・・・いや。しばらく、無理そうだ」
肩を上下させうなだれる俺を心配そうに覗き込む唯火。
疲労の滲むその顔を見ると、完全に緊張が途切れ背中をアスファルトに投げ出した。
「少し・・・横にならせてくれ」
「・・・くすっ。はい」
気だるげな俺が珍しいのか、小さく笑う。
その様子を見るに広場に集まってきていた竜種は殲滅できたのだろう。
「・・・・これ、ナナシさん一人で倒したんですか?」
「ん・・・ああ・・・」
周囲に横たわる竜の屍を指してそう言っているのだろう。
肯定の意を表すと、
「私の方にはいなかったような大きい竜も沢山・・・・」
「ああ・・・」
「無理しないでって言ったのに」
「ああ・・・すまん」
責めるわけでも拗ねるわけでもなく言葉を紡ぐ彼女に、短く答え。
少しの沈黙が流れる。
特段意味を含んだような会話ではなかったようだ。
今は俺の休息のために周囲を警戒してくれているのだろう。
先ほどまでの異形が闊歩し騒々しかったのが嘘みたいな静寂。
ズキズキと脈打つように鈍い痛みが、まるで音に乗ってくるような錯覚を起こすほどに。
そして唯火の存在を心強く感じ、どこか心地よい時間が流れる。
そんな時をかみしめていると———
『ギャァァオアアォォア!!!』
竜が湧いてきた地下から静寂をぶち壊す叫び声のような咆哮が木霊す。
「い、今のは?」
「・・・・多分、あいつだ」
唯火の疑問に漠然と答えると。
《特定討伐ボーナス。50体以上の竜種の討伐を確認。取得経験値3倍》
《特定討伐ボーナス。100体以上の竜種の討伐を確認。スキル熟練度ボーナス。取得経験値4倍がさらに乗算されます》
《経験値を取得。ワルイガ=ナナシのレベルが78⇒89に上昇しました》
《熟練度が規定値を超えました》
《洞観視LV.4⇒LV.5》
《精神耐性・大LV.4⇒LV.5》
《心慮演算LV.3⇒LV.4》
《ドロップ率上昇LV.6⇒LV.7》
《該当モンスターの討伐を確認。『ショートソードC+(無名)』の武器熟練度が上昇しました》
《『ショートソードC+(無名)』の武器熟練度が限界に達しました。新たな強化が可能になりました》
経験値の取得と様々な内容を告げるシステムの声。
それの意味するところはつまり———
「終わった、んですかね?」
「・・・だろうな」
もちろん唯火もシステムの声を聞いたのだろう。
今回の竜種の殲滅、もしくは既定の対象の討伐がなされたということだ。
考えるまでもなくあいつが終わらせたんだ。
「ステータス・・・」
実感も達成感もない勝利。
噛みしめるほどの感慨もなく、手足も動かず身動きもできないので空を見上げながらステータス画面を呼び出す。
名:ワルイガ=ナナシ
レベル:78⇒89
種族:人間
性別:男
職業:
【逃亡者】
【鑑定士】
【解体師】
【斥侯】
上級
【剣闘士】
【精神観測者】
【壊し屋】
武器:ショートソードC+(無名/強化可)
防具:竜鱗の羽衣
防具(左腕):ミスリルガントレット(魔改・スロット:● 充魔;□□□)
防具(飾):伝心の指輪
攻撃力:1353⇒1628
防御力:1259⇒1490
素早さ:1127⇒1380
知力:993⇒1202
精神力:1181⇒1312
器用:1982⇒2290
運:159⇒190
状態:
疲労【極大】
称号:
【小鬼殺し】
【竜殺し】
所有スキル:
《平面走行LV.10(MAX)》
《立体走行LV.10(MAX)》
《走破製図LV.10》
《聴心LV.2》
《洞観視LV.5》
《精神耐性・大LV.5》
《心慮演算LV.4》
《目利きLV.9》
《弱点直勘LV.10(MAX)》
《弱点特攻LV.10(MAX)》
《ドロップ率上昇LV.7》
《近距離剣術LV.10(MAX)》
《体術LV.10(MAX)》
《直感反応LV.10(MAX)》
《武具投擲LV.9》
《索敵LV.10(MAX)》
《隠密LV.8》
《五感強化LV.10(MAX)》
《物核探知LV.3》
ユニークスキル:《 能顕 》
(倒した数が数だけに、経験値もかなり入ったみたいだな・・・)
それに、剣の熟練度が満たされたみたいだ。
『新たな強化』が可能とか言っていた。
(こんな有様だが、得るものはあったとしておこう・・・・)
結局、力が足らないとこんな目に合うんだ。
強くなるのは望むところ。
「ナナシさん。誰か来ます」
「ああ、分かってる」
この疲労感に対し自分なりの落としどころを付けていると、地下駅への階段を何者かが上がってくる気配。
生憎、そこに足を向けて寝そべる俺からは視認することはできない。
首を起こし気配の主が誰なのか確認する気力すらも残ってないのだ。
(まぁ、十中八九———)
「お。ナナシとお嬢ちゃんだぁー、やっぱここに来てたんだねぇ」
「シキ、ミヤ・・・・」
「・・・・唯火。俺の腕をちょっと持ち上げてくれないか?」
予想通りの人物の間の抜けた声を聴くと唯火の気配が強張るのを感じた。
そんな彼女に俺は一つ頼む。
出ていったやつはちゃんと全部倒せたんだねぇ、と続くシキミヤの言葉を聞きながら。
(こいつ、やっぱりわざと逃がしてやがったか)
「えっ、と・・・こう、ですか?」
この男の性悪さと、自らの力不足からくる今の姿を呪いながら。
「———ん?どったの?」
今の俺ができる精いっぱいの意思表示———
「ナ、ナナシさん・・・」
「んなっはっはっはっはっは!」
奴に向けて中指を立て、全てを詰め込んだ恨み言とし、
憎たらしくもそれを受け取り快活に笑う不快な笑い声だけが、
竜の血に濡れた街に響き渡っていた。




