124話 最強の気まぐれ
「~~~~♪」
コツ。
コツ。
ぽっかりと大口を開けた地下への階段。
一段、また一段と歩み下るごとに鼻歌の主の鋭敏な感覚は微細な気圧の変化をとらえていく。
「~~~♪~~♪」
外の喧騒にかき消されていた鼻歌は、階段の中ほどにも差し掛かると人気のいなくなった地下へと反響し男の気分をさらに良くさせた。
「竜種ってのは、まだやりあったことないんだよねぇ」
地下駅のホームに降り立つと、その足をぴたりと止めた。
「うわぁ、ゴキブリみたいにいっぱいいるんだぁ・・・ちょっときもー」
ところどころその役目を果たさなくなった照明。
破壊された電気系統の類はショートし時々火花を散らす。
そんな瞬きの中に切り取られた暗闇の奥に数多の眼光が光っていた。
「ひどいねぇー、こんな世界になってから地下鉄使えるようにするのめっちゃ大変だったらしいのに」
「「「「グルルルル・・・」」」」
すべての視線と敵意が男に注がれる。
「ま、僕乗り物酔いしちゃうから使わないんだけどさぁ」
一体の影が飛び出す。
ダンプカー程の体高と質量の竜の突進。
「君は、長男ってかんじなのかなぁ?」
間の抜けた問かけとともに無数の何かが空を裂く。
「雑魚キャラには興味ないからさー」
突進した巨体の竜は、男をまたぐようにすり抜け体に網目のように走る線、血がなぞらえるそれらが結ばれ。
竜の肉体は四散した。
「———小さいのは、行っていいよ?」
とびきりの殺気の発露とともに男が言うと、知性の欠く見てくれとは反面明らかな怯えと生への執着をにじませながら竜の大群が走りだす。
そのすべての向かう先は男がやってきた光が差し込む階段、人々が逃げ惑う地上への道。
「まぁ、結局外で死んじゃうと思うけど。せっかく遊びに来てるみたいだからいい経験値になってあげてよぉ」
男にとって地下に巣くっていた小物の竜の地上への進行は邪魔者の露払いと、玩具を補強するという二つの意味を持ち、
「一石二鳥だねぇ」
地下を揺らしながら通り過ぎ逃げてゆく竜たちに関心を示さないまま、
そんな言葉をこぼすのだった。
「さて、と。いい感じにタイマンかなぁ?」
「グウゥゥウウゥ・・・・!」
まさに地の底から響く唸り声と力強く踏み出す前足が生み出す衝撃波が体を打つ。
が、男は特に介した様子も見せず。
「あー・・・いい圧。こりゃほんとに死んじゃってたかもね」
満足気に浸り天を仰ぎながら視線だけ周囲にめぐらすと。
床に壁に天井に、菌糸のような床が張り付く無数の球体。
「卵、かな?じゃぁ君はお母さん竜ってわけね。短時間でずいぶん産んだねぇー」
「グァアアッ・・・!!」
母竜がかみ合わせた牙を離し口を開くと、鼻先に魔法陣が展開。
男へと狙いを定める。
「そだねー。もうおしゃべりはやめよっか、『名持』じゃないから会話できないみたいだし」
その前に、と———
男の足元から数を観測できないほどの漆黒の切っ先が飛び出す。
「かわいそうだけど卵はお掃除しちゃうね、お母さん」
「ガァァアアアアァア!!!」
爆ぜるように散開。
おそらく地下に竜が産み落とした全ての卵を一拍の内に破壊した。
コンマ数秒遅れて、
「———楽しませてね」
母竜の咆哮が放たれ、口元に薄い笑みを浮かべたその姿を呑みこみ。
轟音と衝撃が街中を揺らした。
::::::::::
「唯火!」
地下の音を聞いた直後、飛び出し湧き出る竜種を数十と斬り捨てながら唯火の元へと向かった。
「ナナシさん!どうしたんですか!?」
開けた広場で次々と飛び出す竜種を屠ってゆく。
彼女の『操玉』と開けた視界。
彼女を中心とし結界のように竜が倒れて多くの屍を積み上げていた。
「俺は地下駅に行く!」
「地下、ですか?」
近場の竜種は唯火を脅威として集まりつつあるようだ。
包囲されつつあるその円を突っ切るように斬り進みながら伝える。
「ああ!どうにも、そこが、臭い!」
「っ! わかりました、無理はしないでください!」
唯火は俺と違い肉体のダメージはほとんどなかった、MPも回復している。
数こそ多いものの、今地上にいる竜種程度であれば心配はいらないだろう。
もう数十体、竜の肉を切り裂き勢いを削ぐと。
唯火とすれ違い広場を突っ切る。
「そっちも用心してくれ!」
突破すると間髪入れずに湧いてくる竜。
「どけ!」
一体の竜の背中を踏み台にし高く跳躍する。
(———よし、周りには誰もいないな)
見晴らしの良い空中で周囲を確認。
朱音がうまく避難誘導してくれているのか目につく範囲に人はいなくなっていた。
「くらえ・・・」
痛む左腕を振り上げるとガントレットが淡く発光し———
「———『放魔』!!」
着地地点に魔鉄の拳を突き立てると、一瞬アスファルトが波たち俺を中心として地中から岩槍がいくつも突き出し何十体もの竜種を串刺しにする。
地竜の攻撃で蓄積していた魔力を解放した結果だ。
「っく!だい、じょうぶだ」
自らにそう暗示する。
ここまで少し派手に動きすぎた反動。
悔しいがシキミヤの言う通り、この状態で竜種に戦いを挑むのは無謀だろう。
かといって、戦う唯火と朱音を放って休んでいる気なんてさらさらない。
足を速め地下壁と続く入口へ———
と、その時。
「!? なんだ、この揺れ・・・!」
地震と見まごう振動と鼓膜を震わす轟音。
地中から唸るこれは———
「シキミヤか!」
直感的にそう思った。
奴が竜種と地下で交戦しているのだ、と。
(これだけの衝撃を伴う攻撃・・・)
奴だとしたら納得も行く。
だがモンスターの方だとしたら・・・・
(中型サイズの雑魚ばかりじゃないってことか)
この大群に加えて地竜と同等かそれ以上の竜が控えている。
だが、絶望感は湧き上がってこなかった。
(憎たらしいが、あいつが後れを取る姿を想像できない・・・)
一間、地下へ向かうべきか逡巡する。
あの怪物が地下の竜とやりあっているのであれば俺の出る幕はないのではないだろうか?
地上に残り唯火たちと一緒に戦うべきではないか?
答えを出しかねていると———
「グギャアァァアァ!!」
「!? 地下から・・・!」
何かに追い立てられるように大量の竜が地下への階段を駆け上がってくる。
表情などはないが動揺と恐怖が見て取れる。
が、それも一時の事。
「「「「ギャァァオォォオ!!」」」」
俺の姿をとらえると牙をむき出しにして地を鳴らしながら襲い掛かる竜。
「あいつ、わざと見逃してるのか・・・?」
被害妄想かもしれないがどうにもそんな気がしてならない。
「ちっ!やってやる・・・!」
戦線に再び湧き出した竜の大群との戦いに身を投じる———




