122話 グルメ少女
鉄と鉄。
衝突のたびに鼓膜を震わせる音が雑踏の中に溶け込んでゆく。
「ほらほら。どうだいナナシ?」
(疾い・・・!)
疾く。
鋭く。
圧倒的だった。
奴が得物を見せつけるように懐から抜き放ち、そこからはただただ閃きだけが行き交うのみ。
触れればすべてが切り裂かれ、返すそれは鮮やかにしなやかに———
「——————お前は何をしているんだ」
「———え?焼いてるんだけど?」
さも当然かのように平然と言い放つ黒メガネ。
その様子に思わずこめかみを抑え整理するように口を開く。
「いや、そんなものは見ればわかる。だからなんでいきなり『お好み焼き』なんか焼いているんだって聞いているんだ」
奴は懐から使い込まれたコテを取り出すと屋台に戻り、目にもとまらぬ早業で調理をしだした。
「・・・いえ、ナナシさん。あれは、ちがいます」
「唯火・・・?」
緊迫した声色に振り返るとその瞳はわずかに動揺した色を秘め、ごくりと息を吞んでいる。
この警戒、まさか調理に見せかけて何かしらの攻撃スキル———
「あれは、『モダン焼き』です」
「・・・・」
どうでもいい訂正だった。
「そう、モダン焼き専門の屋台だよぉ~」
「あのコテ捌き。あんな華麗な粉物の調理見たことがありません・・・・それだけじゃない、一見広島焼きやお好み焼きというのは丸い形状から火の通りが均一に行くように見えますが、タネの具合や具材の大きさで大きく火の通りが変わります。それはイコール、味へと直結するんです。空調管理ができない屋外で複数の食材を使う粉物を調理する屋台ではさらにその影響を大きく受ける・・・・ですが、今しがた切り分けた具材その配置、鉄板に触れた音から察するタネの配合。さらにはモダン焼きには麵も加わることによりさらに鉄板上の管理は厳しくなる・・・・まさに匠、熟練という表現では生ぬるい練度・・・・これが、【最強】・・・」
「お嬢ちゃん分かるねぇ~」
「・・・・」
確か、唯火は料理が得意とか言っていたか。
思った以上に食への宗旨が深いようだ。
口数からそれが伝わってくる。
・・・・いや、
「ちょ、ちょっと唯火!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」
そのとおりである。
彼女が賞賛を送るのはつい先日、自分を殺そうとした男。
ましてや、俺たちはとうの昔に奴の間合いに入っている。
先の影から二人を引きずり出したスキル、散開した二人はここから数キロは離れていたはすだ。
その距離から気配を感知し発動させた。
驚異的な有効範囲だ。
今のこの距離など奴にはゼロに等しいだろう。
・・・・だが、まぁ
「———敵意がないのは、分かった」
剣から手を離し戦闘態勢を解く。
「ワルイガ!これどういう状況なのよ!?」
俺の様子を見るなりそばに駆け寄ってき、耳打ちするように問いかけてくる。
「俺が聞きたいよ。けど、どうみてもあいつに戦う意思はないだろ」
「いや、まぁ・・・・明らかにそんな感じじゃないわよね」
過去一でやばい敵だが、過去一で緊張感のないこの状況。
さすがに毒気も抜かれる。
「とにかく、今はやりあったところで勝ち目はない。戦闘にならないなら願ったりだ」
「そう、ね」
釈然としない様子の朱音。
アジトを出る前にシキミヤのことであんな話をした後ならばそんな反応も仕方ないことだった。
だが、いつまでもここに留まるわけにいかない。
「この香り・・・・ソースもただの既製品じゃない・・・?」
「いいー鼻もってるねぇ~お嬢ちゃん」
「・・・・唯火。いくぞ」
奴の焼き場によほど関心が惹かれるのか、無警戒にも後衛から俺の横をすり抜け前に出ようとする唯火の肩を掴む。
そのまま奴を無視してこの場を離脱しようとする。
が———
「は~い。できたよぉ~。『陸・海デラックス☆黒足袋モダンスペシャル』三人前~」
さぁ食べて食べてぇ~、などと言いながら透明の食品トレイに詰め込む。
(・・・・拒んで去ったところで、影に引き込まれる、か)
何が狙いかは知らないが、奴の気が済むまで茶番に付き合うしかない。
「いくらだ?」
「おごりだってぇ。昨日のお詫び」
昨日の殺し合いをモダン焼きで清算しようというのか?
どこまでもふざけたやつだ。
「言っとくけど、こっちはメンバーが何人も斬り捨てられてるんだからねぇー」
俺の苛立ちに気づいたのかそう切り出す。
「お前だって、ユニオンのメンバーを殺したんじゃないか?」
『黒足袋』の襲撃を告げたあの声の主。
あれから安否の確認はしていないが状況的に———
「誰一人殺っちゃいないよ」
「とぼけるな。お前たちの襲撃を知らせた男はどうした?」
「んー・・・?あ。それウチの連中」
「・・・・は?」
「僕が襲撃始める直前に大声で教えてあげてって頼んだよねぇ」
品定めする間もなく死んじゃったら詰まんないから。
と、軽薄な口調のまま言う。
「———多分本当よ」
引き取るように、朱音が続け。
「あたしも最初、話がこじれた内通者の最後のあがきかとも思ってた。けど、今朝メンバー全員に招集をかけたら欠員は一人もいなかった」
「あ。ちなみに昨日君が斬り捨てたやつらは無期懲レベルの悪人だからそんな気に病まないでもいいよー。拾ってきて働かせてただけだし。情報収集には黒い奴が一番使いやすいからねぇ。人手は減ったけど」
「お前、一体———」
なんなんだ?何が目的だ?
口から出かかった漠然とした問いは、言葉として発する前に飲み込まざるを得なかった。
きっと、無駄な問いだとわかっていたから。
「そうそう。僕みたいなやつ理解しようとしても時間の無駄だよぉ」
「・・・・自分で言ってりゃ世話ねぇな」
メンバーの殺害がなかったとして、それでも俺の溜飲が収まることはない。
唯火の命を奪おうとしたのは事実としてある。
だが、命の天秤ってのはどうしたってあるだろう。
昨日斬り捨てた人数は数えちゃいないが、
「———食えばいいんだろ」
「まいど~」
シキミヤの手から食品トレイを受け取り、割り箸を咥え割る。
「ワルイガ!?ほんとに食べるの・・・?」
「ああ・・・」
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
トリップしていた唯火も我にかえったようで、二人が心配そうに駆け寄る。
毒入りを危惧しているのだろう。
(どっちにしろこいつの掌の上なんだ)
こいつは俺をやろうと思えばいつだってやれる。
それにこいつは殺し合いに陶酔するタイプの人種だ、わざわざ毒を入れその機会を潰す可能性は低い。
謝罪だとかいう名目のほかに、俺が『黒足袋』のメンバーを斬り捨てたことへのけじめの意味も含まれている気がする。
(それに、目の前で食わないと満足しなさそうだからな)
このくらいで俺が斬った【忍者】連中との命の天秤が釣り合うというなら安いものだ。
「・・・・いただきます」
おそらく俺の人生で一番気持ちのこもっていないいただきますだっただろう。
閉じていた輪ゴムを外し箸を生地に沈ませ麵をかき分け切り取る。
湯気立ち香るそれを勢いよくほおばると———
(・・・・無駄に旨っ)
その味は想像を絶するほどのクオリティだった。
俺も昔的屋のバイトで焼き場を回したがこうはいかなかった。
どれだけここで屋台を構えているか知らないが、この味で流行らないのが不思議なくらいだ。
(・・・・こいつのいで立ちのせいか)
こんな黒メガネ、黒マスクのアンバランス法被変質者が切り盛りしていたらそりゃ誰も近づきはしない。
心の中で悪態をつきつつも、箸は進む。
「・・・・お、おいしいんですか?」
次々にモダン焼きを口へと運ぶ俺を見て唯火がごくりと喉を鳴らす。
・・・・さっきの息を呑んだんじゃなくて、よだれ垂らしてたのか。
「お嬢ちゃんたちの分もあるよー」
「で・・・では・・・・」
つい昨日、殺されかけた相手に受け取る食事というのはどいうものだろうか?
そんな未知の状況を眺めていると———
「ば、化け物!モンスターが出たぞ!!」
「あ、唯火あぶな———」
「きゃ・・・!?」
大層慌てた様子で喚きながら突進するように俺たちの目前を通り過ぎる男に唯火は軽く接触し。
「「「あ」」」
「あああーーーーー!!?」
その衝撃で唯火が受け取った二人分のモダン焼きを落としてしまい、運悪くアスファルトへご馳走してしまった。
「そ、そんな・・・私の、モダン焼き」
「今のは?」
「そんなの決まってんじゃーん———」
「ギャオァアアァァアア!!!」
もう何度目か。
同質の咆哮が周囲の建造物を揺らす。
「出たか・・・!」
朱音に目を移し頷きあう。
「唯火!モダン焼きはまた今度だ!行こう!」
「うぅ・・・ぐすっ・・・はい」
半泣きだった。
「待ちなって」
駆け出す寸前、手足が縫われたように動けなくなる。
「えっ!?な、なにこれ!?」
「こ、れは・・・」
「ッ!おい!邪魔をするな!」
朱音は初見で戸惑っていたが、これは昨日食らった影を苦無で縫い、刺さった部位の動きを封じるスキル。
シキミヤの仕業だ。
「邪魔とかじゃないってー、言ったじゃん。ピンチヒッター、だって」
悠長に鉄板を熱している火を止めガスの確認をしてから法被を脱ぎ捨てる。
そして一歩、俺たちの前へ出ると影の拘束が解かれた。
「怪我人休んでなよぉ・・・・どうせそんなんじゃ死んじゃうから」
「・・・・好きにしろ」
短くそう答えると、先ほど背後を取られた時のようにこちらの認識の外へと姿を消した。
遅れて、
「・・・俺たちも行こう」
シキミヤと竜種の戦いを見届けるべく駆け出した。




