121話 ふざけた奴
先を行く唯火と朱音に合流すると、アジトのビルから離れすぎないように俺たちは三手に分かれ街の見回りを始めた。
今までの竜種の出現傾向はアジトを中心とし半径5キロ圏内に現れている。
その範囲に狙いを付ければ中間地点のアジトにいるよりも、三手に分かれ広範囲をうろついていた方がより早く竜種を発見できると踏んでの見回りだ。
発見と同時に単騎での戦闘が開始されるが時間稼ぎにはでなるだろう、街への被害も最小で済むはずだ。
「———と、思ったんだが」
一般の人間がまばらに行きかう中。
異様な光景を、あまりに異様な光景を目の当たりにしている。
「へ~いらっしゃぁ~い」
歩道の脇に屋台が陣取っている。
まぁ、まだ昼にもなっていない上に都心のここではそれだけでも浮いているが・・・・
問題は香ばしいソースの香りをビル風に飛ばし、景気よく客引きをしながら鮮やかにコテを扱うその店主。
「見間違い、じゃないよな」
細心の注意を払い『隠密』に全神経を集中させ隣り合うビルの物陰から様子をうかがう。
特徴的な艶消しの白髪。
黒メガネ。
口元には不織布の一般的な黒いマスク。
羽織った青い法被から除く腕はぴっちりとテーピングのように布が巻いてある。
ところどころ俺の知る特徴とは若干異なるが間違いない。
「シキミヤ・・・・!」
おそらく竜種よりも厄介な男、想定していた最悪の人物を発見してしまった。
だがこの遭遇の仕方は全く予想だにしなかった。
(随分と手馴れてるな・・・・)
癖でどうでもいいことを観察する。
今のところは客が寄り付いている気配もないが、時間帯だろう。
傍目に見えて街に溶け込んでいるように見えた。
(いや。今はそんなことはどうでもいいか・・・)
奴には『隠密』も効かない。
昨日の戦いでは唯火の気配とやらを覚えているようなことを言っていた。
それはたぶん俺にも該当するだろう。
(気取られる前にここから離れないと———)
そして、連絡手段の無い今、唯火と朱音を探し出してここに近づかないよう警告せねば。
あんな屋台を構えているなら当分ここから動かないだろう。
とるべき行動を選択し、踵を返そうとすると———
「いやいやいや、声くらいかけてよ」
「!?」
背後からの声。
目を離したつもりは、ない。
だが俺の認識、視覚がとらえた屋台にいるはず人影は蜃気楼のように消えていた。
敵意の無いただの移動だったのか、『直観反応』はその機能を果たさず、遅れて。
振り向きざまに飛び退き剣に手をかける。
「あーごめんねぇ。驚かせちゃったみたい。今日は戦う気なんてないから大丈夫だよー」
物陰から日向へと飛び出し、代わりに奴は俺のいた影に立つ。
日の当たらないビルの隙間から、顎に手を添え戦闘態勢をとる俺をひとしきり観察。
「やっぱり、ナナシ疲れてるねぇー。重心もブレッブレだし、めっちゃ腕庇ってるじゃん」
「・・・・おかげさまで」
「僕はもう治っちゃったよー」
ポンポン、と。
自らの鳩尾を叩き黒メガネとマスク越しでもわかるようなどや顔で張り合ってくる。
鎧を砕いた一撃のことを言っているのだろう。
(多分、斬撃のダメージもとっくに回復しているんだろうな)
殺すつもりで放った技が致命傷にもならず一晩で完治。
こいつ自身の回復力か、また別の要因か・・・・
「まぁまぁ、思うとこはあるだろうけどさぁ。こんな人目のつくところでそんなけんか腰。あんまよくないんじゃない?」
「・・・・」
見ると。
行きかう人たちは数人足を止め、腰の剣に手をかける俺を遠巻きに見ていた。
「ほらー。だめだよー?こんな人がいっぱいいるところで得物に手なんかかけちゃー」
「・・・・ちっ」
思わず舌打ちが漏れる。
目の前の異常者に正論を諭されるのが不快だった。
「そんな警戒しないでも本当に戦う気なんてないよ。それよかさぁ———」
影から日向へと歩み出ながら続ける。
「なんでナナシここにいるの?今日のは僕がピンチヒッターやってあげるって言ったじゃん」
休んでなきゃー。
と、間の抜けた声に眩暈がしてくる。
「・・・・お前の言うことを真に受けるわけがないだろ」
「・・・・ひどくない?」
眉を八の字にして不服を申し立てる。
「当然だ。仲間を、殺されかけたんだぞ」
その光景を思い出すと剣を握る手に力がこもる。
それに呼応するように周囲のざわめきも波及していくようだ。
「えー、そうだけどさぁ。あれじゃん、もう終わったんだしノーサイドじゃん」
「ふざけるな!」
怒気とともに足を踏み出すと、舗装された足元のブロックが鈍い音を立てて砕けた。
「ぅぅうーーん・・・・そっかぁ・・・あのお嬢ちゃんそんなに大事な人だったんだぁ」
俺が激昂する様子に腕を組み首をひねりながら唸る。
しばらくそうすると弾かれたように首を上げ。
「分かった。お嬢ちゃんに許してもらおう!」
「何を言って———」
名案だ、と言わんばかりに指を鳴らしわけのわからないことを言うと。
「ッ!?」
「あれ?こっちの気配は———」
日照に形どられたシキミヤの影は円状に形を変え、先割れるように伸びて二つの漆黒の沼を作り出す。
影が盛り上がる見覚えのある光景。
これは———
「唯火!朱音!」
「———っ!やっぱり・・・!」
「ちょ、え?ワルイガ・・・?」
昨日、離れた唯火を影の中から引きずり出したのと同じスキル。
朱音の気配も覚えていたようだ。
「二人とも下がれ!」
飛び出しながら発した俺の声に逸早く反応したのは唯火。
影にのまれた感覚を体が覚えていたのだろう、飛び退き距離を取る刹那で『火竜の魔石』を浮遊させ自らに追従させる。
「ど、どういうこと!?」
遅れてシキミヤの姿を確認すると、動揺した様子でいくつかのステップで後衛へと下がる朱音。
「今ののんびり~な一瞬で僕が何もしなかったのが、戦うつもりないって証明にはならないかなぁ」
「お前、何のつもりだ」
確かに言う通り、今の数秒に俺たちを殺すことはできただろう。
それこそ何度でも。
「ならないかぁー。堅物そうだもんねぇ・・・・」
気だるげに言いながら奴は懐に手を伸ばす。
俺たちの警戒と緊張が一気に膨れ上がり。
「だったら———実力行使しかないよねぇ」
取り出したそれを天高くかざすと、
「「「!?」」」
日の光にさらされ鋭い輝きを放った。




