119話 一夜明けて
《おい。聞いたぞ?》
《・・・・なんの話?》
《とぼけんなよ。お前んとこの【到達者】がイレギュラーにちょっかい出したってよ》
《・・・・》
《哀しいなぁ?使える駒とお気に入りの間でせめぎあいなんてさぁ。人間は忠義ってのが薄くていけないね》
《あら。ケダモノが忠義なんて美徳、弁えてるなんて。知らなかった》
《・・・・あ?》
《だから、すぐ喧嘩。やめる。なんでそんなに喧嘩っ早いの》
《けっ。自分の駒の制御もできねぇこいつが余りに惨めでな。同列存在としてムカついてんだよ》
《こちらの意図と違う動きをしても仕方がない。それが【到達者】。あなたも心当たり、ある》
《・・・・ちっ。うっせーよ》
《まぁまぁまぁまぁ。今回の事は別にルールに抵触していないのだから。いがみ合うことなんてないのよ?》
《だったらなぜわざわざまた集めたの?この前の続き?》
《ううん。こういうきっかけでもない限りみんなの顔が見れないじゃない》
《・・・・ならもう帰ってもいいかしら?》
《ウチも、今山場迎えてる。早く帰りたい》
《うん。いいわよー》
《いいのかよ!こんだけのためにわざわざ呼ぶなっつーの!!》
《じゃ。『公平なる戦い』を~》
《待てお前!一発n———》
《・・・・なぜあいつだけ帰したの?》
《内緒のは・な・し》
《また変なこと、かんがえてる》
《んふふふふ》
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「み、みみみみみ、見、見ちゃいました、か?」
「・・・・安心しろ。動きは予測できたからちゃんと目を逸らした」
唯火の寝ぼけ事件後。
なんともいたたまれなくなった俺は、朱音が作ってくれた食事を急いで掻っ込むと。
二人がシャワーを終える前に早々に退室し、自室へと戻り眠りについた。
夜が更け日が変わった深夜帯に竜種が出現することはなく、そして朝。
朱音を伴って俺の部屋をノックしてきた唯火が目の前にいる。
というか朱音の後ろに隠れて肩越しにこちらを見ている。
目が座ったような目つきと、のぞく顔も耳も真っ赤に染め上げている様子を見ると、昨日の失態を朱音から聞いたようだ。
「ほんとに、ほんとですか?」
「ほんとにほんとだ」
間に挟まれ困惑気味の朱音越しに見たか否かの質疑を繰り返す。
年頃の娘だ、裸同然の姿を恋仲でもない男に見られたとあってはトラウマものかもしれない。
・・・・本当のことは墓場まで持っていこう。
「ほんとにほんとにほん———」
「あーもう、ちょっと。大丈夫よ唯火。ワルイガが目を隠してたのはあたしもみてるし。もしみられてたってあんたすごいんだから、胸張ってどや顔してればいいのよ」
「ぃ、今は胸とか言わないでぇ・・・・あとそんなの無理だよ・・・」
見かねた朱音が取り持つように中々剛毅なことを言う。
だが逆効果なようだった。
「・・・まぁ、朱音の言うことは置いといて、見ていないというのが事実だ」
さすがにいつまでもこうしているわけにもいかない。
「ここでそんな問答していても仕方ない・・・・今は、戦いに向けて準備を急ごう」
少しずるいとは思ったが、目下俺たちが置かれている状況をダシにしてこの終わりの来ない問答を終わらせよう。
「そうよ、唯火。今はこんなことしている場合じゃないでしょ?」
「ぅ、うぅー・・・・そう、ですね」
顔の赤みはひかないものの、とりあえず朱音の背中からは出てきてくれた。
まともには目を合わせてはくれないが、かくいう俺もあまり彼女を直視できない。
俺も男だ、昨日の光景がまだはっきりと脳裏に焼き付いて目の前の唯火と重なり合ってしまう。
(あまり表にださないようにしないとな)
お互いに若干のぎこちなさはあるだろうが、戦いになればきちんと呼吸を合わせてくれるだろう。
「よし。じゃあ、各自装備を整えてアジト前に集合しよう・・・・もういつ竜種が街に出現してもおかしくない。急ぐぞ」
「ええ」
「・・・・了解です」
二人の去り際。
「私だけ照れててバカみたい・・・・なんか、ずるい」
そう誰に聞かせるつもりもなくつぶやく唯火の言葉に。
(・・・年頃の女子は難しいな)
と。
年寄り臭いことを思った。
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アジトのビルを出る前に。
「失礼します。響さん」
「ん?おお、ナナシ君」
ユニオンの次席、響さんの執務室、兼宴会場(?)に足を向ける。
「昨日は大変だったね・・・・調子の方はどうだい?」
「・・・・六割、って感じですね」
「それでも、大した回復力だよ」
昨日のシキミヤとの戦闘での消耗。
『超剛力』付与状態で『合わせ技』の連撃は、一晩休んだ程度では回復しきれないほど体を軋ませている。
シキミヤの奴が去り際に言い残した通り、万全とは遠い状態で竜種に臨まなければならない。
(・・・・最悪、またあいつとも戦うことになるかもしれないな)
奴の言葉通りなら竜種がいる場に現れる可能性が高い。
だから正直、唯火と朱音は置いていこうかとも考えた。
足手まといだとかそんな考えではない。
むしろ今の状態の俺の方が足手まといになりかねない。
俺が危惧しているのはシキミヤの容赦の無さ。
俺を焚きつけるためだけに何のためらいもなく唯火を殺そうとした。
またその矛先が二人に向くかもしれない。
自分の無力さから連想される大切な人の死のイメージ。
あんな思いはもう二度としたくない。
けど一方で。
きっと唯火を止めることはできないと、先の戦闘で見せた彼女の覚悟を目の当たりにしてそう思っている。
(今のままじゃ俺は———)
いやな光景を思い出し、それに引っ張られ思考がうなだれそうになったその時。
部屋のドアが控えめにノックされる。
「あの。すみません、響さん———」
「———唯火?」
「あ、ナナシ、さん」
ドアの向こうにはつい先ほど分かれた唯火がいた。
すでに公園の職人の皆お手製の武具を身に纏って準備は万端なようだ。
「な、ナナシさんも、来てたん、ですね」
「あ、ああ・・・」
不意打ちだったものでつい今まで頭に浮かべていた光景は霧散し、彼女が恥じるあの瞬間の光景が塗りつぶす。
(だめだな・・・緊張感をもて)
「・・・・ふむ。何やら青春かね?朱音が割り込むとなると苦労しそうだな・・・」
俺たちのぎこちない様子に何やらよくわからないことを言うと、咳ばらいを一つ。
「それで、二人はどうしたんだい?出るんだろう?」
「あ、っと・・・・私は、この『魔石』のことで」
そう言って開かれた唯火の手には、昨日シキミヤに放った燃える『躁玉』を作り出した『火竜の魔石』があった。
「これは・・・なぜ唯火さんが?」
「すみません。昨日の戦いのときに無断で持ち出しました・・・お返しします」
「戦いに?」
そう言い不思議そうにする響さんに自らの職業の特性を交え説明した。
「そんな職業もあるのか・・・・いや、これは唯火さんが持っていなさい。といっても元はナナシ君が手に入れたものだが」
「・・・・いいんですか?」
『探求勢』に買い取らせればそうとうな額になるという。
財政的に厳しい彼らには貴重なものだろう。
「命あっての物種だ。聞けばナナシ君の窮地もそれで救ったのだろう?その結果に変えられるものなどない」
「あ、ありがとうございます!」
心強い新たな武器を手に入れた唯火は深々と頭を下げる。
「さて、ナナシ君の方は?」
「ええ。それがですね・・・朱音の事です」
「朱音の?」
突然出てきた娘の名に反応する響さん。
「今日の戦い、シキミヤがまた現れる可能性が高いです・・・・もし戦闘になった時、俺と唯火で時間を稼ぎます」
「ナナシさん・・・」
ちらりと唯火を見ると、かすかに口角を上げ瞳に強い意志を宿らせ頷いた。
「だから、二人ほど。留まろうとする朱音を引きずる役割の人員を———」
「あんた、何言ってんの?」
人員の手配を申し出た直後。
背中に固いものが突き付けられる感触を感じた。




