118話 粗忽者
「ピンチヒッター・・・・言葉通り受け取るならシキミヤは次に出現する竜種を俺たちに代わり狩るつもり、ってことだよな」
シャワーを終えると、俺は自室ではなくすっかりたまり場となった朱音の部屋を訪ねていた。
体力の消耗が激しかった唯火の介抱は同性の朱音に任せたので唯火もすでにいたようだが、疲労がピークに達したのだろう。
シャワーも浴びる間もなく朱音の使うベッドで寝てしまったらしい。
「そういうことだと思う。多分だけどあんたのことを気に入ったんでしょうね。消耗したあんたが竜種とぶつかって負けるのを嫌ってるのかも」
「理解に苦しむな・・・・」
例えば、スポーツやなんかなら互いに拳を合わせることで意思を通わせることができるかもしれない。
けど先の戦いは殺し合いだ。
ましてやあいつから見れば俺など遥か格下。
唯火とハルミちゃんの力を借りて追い返すのが精いっぱい。
そんな相手を生かすためにわざわざ率先して竜種を狩ろうというのか。
「ま、確かに正面切っては信じられないわね。律儀に言ったことを守るタイプにも見えないし」
俺も同感だった。
そもそも敵であるわけだし、敵対ギルドである連中にその後に発生するダンジョンへの挑戦権を奪われないように俺たちは奮闘している。
名持の討伐さえ横取りされなければ大丈夫なようだが、明日出現するのがそうでないという保証もない。
それを見越しての奴の襲撃なのかもしれない。
(・・・いや、シキミヤがその気になれば単騎でこのギルドをつぶすことだってできるはずだ)
言っては何だが今までよく無事だったと思う。
直接やりあってわかるがユニオンの総力を挙げてもあの化け物を止めることはできないだろう。
俺と唯火がここに滞在する以前、よくこの均衡を保てているものだ。
「何か言いたそうな顔ね」
「・・・・あの怪物相手に、今までどうやって生き残ってきたんだ?」
今回の襲撃は件の内通者も関係しているんだろう。
だが、あいつの力ならそんな小細工をしなくても十分にこのアジトを制圧できるはずだ。
「あくまで噂よ」
「聞かせてくれ」
どうやら理由があるらしい。
「あいつがそういう指示の下で動いているから、って話」
「指示・・・?」
「誰からのものなのかは知らないわ。でも今までの動きを見る限り他ギルドへの過干渉を意図的に避けている印象ね」
「過干渉を避けるって・・・・内通者まで送り込んでおいてか?」
「いえ、内通者に関しては『黒足袋』がらみっていうならむしろ納得って感じ」
「? どういうことだ?」
「さっきあいつが何かの指示で動いているって言ったでしょ?」
聞けば。
消滅しそうなほど弱ったギルドには救済を。
過ぎた勢力を拡大させようとするギルドには間引きを。
『ユニオン』のようなぎりぎりで活動しているギルドには傍観を。
「救済、間引き、傍観・・・・」
物資、『探求勢』との仲介で救済を促し。
目の当たりにした【最強】の力をもってしての実力行使で間引き。
安定を保つ者には静観を決め込む。
「誰が『黒足袋』に指示しているかとかそういうのは全然わからないんだけど、そういう行動をとっていることは事実なの。だとしたら、それを成すためにはすべてのギルドに内通者を潜らせていても不思議じゃない」
「———つまり、街全域のギルド間のパワーバランスの均衡を管理する。それがあいつのやっていることなのか?」
「結果としてみればね」
そんな思慮を持ち合わせている人物にはとても見えなかった、同様に噂の通り誰かの指示をおとなしく聞くようなタマとも思えない。
これは勘だが今回の襲撃は奴個人の思想の元動いている印象を受けた。
自尊心とは少し違う、己の感性を完全なる正として突き進み利己的で縛られることを嫌う、といった感じか。
「———あの狙撃は、『黒足袋』だったと思うか?」
内通者の存在が見え隠れしだした飛竜戦後、狙撃された件を思い出す。
ユニオンに突如として現れた俺と唯火の存在に、勢力拡大の可能性を感じてのものだとしたら筋も通るのではないだろうか?
「うーん・・・感覚的な話になるのだけど、なんとなくつながりが薄い気がするのよね」
「ふむ・・・」
釈然としない様子の朱音。
思考を練りながら、俺も頭の片隅では歯車がかみ合わない違和感を感じていた。
(けど、あの狙撃がまた別の存在によるものだとすると。『黒足袋』が潜ませた内通者のほかに、別の狙いを持つ内通者がいる可能性があるってことだ)
あくまで可能性の話でしかなく、最悪の話だ。
俺はマイナス思考の沼にどっぷりとはまる前に一度考えるのをやめた。
「なるほど、わかった。いや、何もわからない、か」
「まぁ、結局そういうことね」
噂の真相も奴自身の本当の狙いも、俺たちに代わり竜種を討つという言葉の真意も。
危惧される可能性も憶測の域を出ない。
「あいつの言葉を真に受けるわけにもいかない。明日に備えないとな」
「それしかないわよね・・・・あ、ちょっと待って」
俺は言うなり膝に手をつく。
その仕草で退室の気配を感じたのか朱音が引き留める。
「あんた、ご飯食べてないでしょ。知ってるだろうけど、血肉を失う体のダメージの回復は食事も重要なのよ」
「ああ・・・そうだな。下の食堂に行って食べてから寝るよ」
言われてから空腹に気づく。
朱音の言う通り良質な食事をとってからのほうが体の回復が断然早まる。
疲弊した今、階下に降りるのは少々億劫だが仕方ない。
俺が斬り捨てた『黒足袋』の忍者連中の死体、シキミヤとの戦闘で俺が破壊した廊下や、奴を叩き落し陥没したエントランス。
そのもろもろの損壊の復旧にあたってくれているメンバー皆の様子見もかねて足を向けてみよう。
「待ちなさい。そんなフラフラで送り出せないわよ」
「いや、後始末してくれてるみんなの様子も気になるからな」
「それこそ気にしない。あんたを狙ってきたなんてことはみんなには伝えてないし、『黒足袋』を追い返したことに感謝しか抱いてないわよ」
そういうことになっている。
朱音と響さんの配慮により俺が先導して『黒足袋』を迎撃した、と彼らには伝えたらしい。
「しかしな・・・」
「いいから!もっかい座る!」
そういうと部屋の奥へと引っ込む朱音。
確かあっちは台所のはずだ、この部屋には水場が設けられている。
「はい。簡単なのだけど、ここで食べていきなさい。それでさっさと寝る」
甘ったるい匂いとともに運ばれてきた皿には、以前響さんの応接室で食べたフレンチトーストが。
「メシというより、おやつって感じだな」
「うっさいわね、そ、(それしか作れないのよ)」
消え入るように言った最後の一文は聞かなかったことにしておこう。
少ないレパートリーでせっかく作ってくれたのだ、文句を言ってはバチが当たる。
「うまそうだ。助かるよ。いただきます」
「ふ、ふん!召し上がれば?」
「———んゅ・・・いい、匂い」
ナイフとフォークを握ると、俺と朱音の会話で起きたのか、部屋に漂う甘い香りに刺激され起きたのか。
起き抜け開口一番の言葉を聞くに後者だな。
「あ。唯火、起こしちゃった?」
「ん・・・いい匂いして・・・ぁ。ベッド、ごめんね、シャワーも浴びて、ないのに」
どうやらまだ眠気から覚醒しきっていないようだ。
呂律も回ってなく俺の姿に気づく様子もない。
「そんなこと気にしないでいいけど、起きたならシャワー、浴びなさい?・・・ん?だめよ。ご飯はシャワーの後」
(母娘みたいなやり取りだな・・・同い年だけど)
普段の様子とは違い溶けたような状態の唯香と、面倒見のいい朱音のやり取りを微笑ましい気分で眺める。
すると事態は急変した。
「んぅ・・・わかっ、た」
「え、ちょっと唯———」
寝ぼけ眼の唯火はおもむろに上着の裾を掴むと。
「んっ」
「ぶっ!?」
微笑ましい光景の中に突如、肌色の配色率が上がった。
あろうことか、異性の俺がいる前で勢いよく脱ぎだしたのだ。
「ゆ、唯火!何してるの!?ワルイガいるのよ!?ってあんた!見てないでしょうね!?」
「・・・・『洞観視』で予測してたから何も見てないよ」
おそらく鬼の形相で朱音がこちらを振り向く前に、手で目元を覆い首ごと視線そらし見ていないと主張する。
・・・・いや、すまん唯火。
「? ナナシさんが、どうしたのぉ・・・?」
「あんた本当———ていうか唯火!なんで着けてないのよ!!?」
「ごわごわ、するからぁー・・・・」
俺も、疲れてたんだ。
「わ、わ!上着絡まって!ちょ、デッ・・・これどう隠せば・・・!早く着て———あー!もう、シャワー行ったほうが早い!あんた絶対こっち見るんじゃないわよ!」
「ん・・・んふふ・・・朱音ちゃん、くすぐった、い」
「・・・・」
常時発動の癖をもっと意識せねばと。
「ちょ・・・なにこれ?少し分けなさいよ」
「んん~?ごはんー?あげなー、い」
キャッキャと姦しい声を聴きながら、そんなことを思った。
この作品は、グダグダの会話があったり。
突然ヒロインがキャストオフしたりする、作品です。
(非戦闘回のみ)
え、いらない?
そういわないでください。
迷走?
そそそそそんなことないし。




