117話 疲労困憊。影の狙い
「ふぅ・・・さすがに・・・・」
ギルド内のシャワールームで戦いの汚れを落としながらため息交じりに思わずこぼす。
『黒足袋』連中の返り血と、自分の血でべたつくし服もおしゃかだ。
何より———
「息つく間もない」
地竜戦から数時間後に『黒足袋』の襲撃。
そして何より、ギルドマスター・シキミヤとの会敵。
いままで戦ってきたどんな相手よりも圧倒的に強く、終始つかみどころがなかった。
おそらく力のほとんどを隠したままであの強さ。
正直竜種がかわいく見える。
「・・・いや。見誤るな」
次元の違う敵と戦ったからと言って、俺自身が強くなったわけではない。
依然として『竜種』というモンスターは、目下俺たちにとっての最優先で最大の障害なんだ。
であれば今もっとも考えなければならないことは———
「次の戦い、万全で挑めるか。か」
蛇口をひねるとねじがこすれあう甲高い音とともにシャワールームは静寂に包まれる。
ポタポタと、前髪から伝い足元へ落ちてははじけるそれを見ながら。
(あの男、いったいどういうつもりなんだ・・・・?)
少し前の記憶を振り返る。
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「ワルイガ!唯火!生きてるの!?」
互いの有様に笑いあっていた俺たちに、いつの間にか階下へと降りてきたのか朱音が駆け寄ってくる。
「うん・・・なんとか」
「ああ。こっちもなんとか」
「・・・まったく、また無茶したものね」
横たわる唯火と、見てくれの損傷が一番ひどい俺を見ると呆れたように言う。
けれどその表情には俺と唯火と同質の笑みを浮かべていた。
「付与魔法のおかげで助かった」
『超剛力』の強化がなければ結末は違うものになっていたに違いない。
そして何より———
「そんなの、別にいいわよ。礼を言う相手はこっちでしょ?」
「・・・・ああ」
朱音の背に負ぶられた少女に目を向ける。
肩越しにどこかうつろな目と視線がぶつかった。
体も淡い光を帯びたままだ。
「ハルミちゃん、だよな」
「えっ・・・!?」
久しく聞く名に唯火は過敏に反応した。
あの子供らしい無邪気さは鳴りを潜めている印象だが、俺たちを救ったあのスキル。
『小天体』
【精霊使い】の職業を持ち、光の精霊『キラリ』を使役するハルミちゃんにしか使えないスキルだ。
ハルミちゃんが『反魂再生』を使えないように、その逆もまた然り。
それが目の前の少女がフユミちゃんではなくハルミちゃんであるという証明だ。
でも・・・・いや。
「ありがとうな。ハルミちゃんとキラリのおかげで助かったよ」
「・・・・ハルミちゃん。ありがとう」
今にも眠りについてしまいそうなうつろな表情を前に、無粋な詮索は置いておくことにした。
ただ、今は、彼女の頑張りに感謝し。
「・・・・」
俺たちの言葉を受け取ると、一瞬満足げな笑みを浮かべ帯びた光がゆっくり消えると。
再び眠りについた。
「・・・・こんなこと、初めてよ」
『反魂再生』の反動で眠りについているはずの期間に目覚めたことを言っているのだろう。
そんな静かな驚きを漏らす朱音に。
「フユも、驚いた」
「! マスター!」
今度はフユミちゃんが覚醒したようで、慌てて朱音は小さな体を下ろそうとするが。
「いや、すまん。どうにも体に力が入らないようでな・・・・しばらく背中を貸りる」
「わ、わかりました」
確かにその幼い体は疲労感のようなものを感じているのだろう。
フユミちゃんは浅くため息をつく。
「無理にハルが出てきた反動、だと思う。『反魂再生』ほどではないけど、なかなか堪える」
「マスター。ほかのメンバーの元にいたんじゃ?」
「突然肉体の主導権をハルが取り戻してな・・・ぼやけた意識のまま気づけばこの場に」
本来眠りについている期間。
寝ぼけたような状態でハルミちゃんは駆けつけてくれてたと言う。
「でも、よかった。結果として兄者たちの助けとなったようだから」
「ああ・・・それはもう、感謝しかないよ」
「ほんと。あの『黒足袋』のマスターが出張ってくるなんて・・・あいつに狙われて生きてるのは奇跡よ」
「・・・・あいつは、俺に会うのが目的。とか言っていた」
朱音はすでに奴の狙いに気づいていたようだ。
「一体、どういうことなんだろうな・・・」
「その言葉のまんまの意味だと思うわよ。ただ、どこかで聞きつけたあんたに会いに来た。それで気が変わってすこし戦りあいたくなった。多分あんたがあいつに抱いている印象の通り軽薄な男。今回の襲撃だってお遊び感覚」
そういうやつよ、と吐き捨てるように言う。
「あいつを・・・シキミヤを知っているのか?」
「別に因縁があるわけでもないわ。あいつがそれだけ有名人ってだけ・・・・まぁ、あれよ」
奴がさっきまでいた影が溶け込んだ場所を見ながら。
「【最強】。ってやつ」
ここら一帯の『攻略勢』『探求勢』『回帰勢』。
それらすべての、『力』において頂点に立つ男だという。
「・・・・厄介だな」
「そう。詳しいわけなんか知らないけど、そんな奴に狙われた。いえ、狙いを付けられた」
奴が去り際に残して言った言葉がその証拠よ、と。




