116話 いつものこと
全身を倦怠感が包む。
MPを使いすぎたことによるいつもの反動だ。
ハーフエルフになってしばらくだけど、この嫌な脱力感はいつまでも慣れない。
(あ、れ・・・私・・・・)
意識が途切れる前後の記憶が曖昧なまま体だけ起こそうとすると、肺から押し出されるようにうめき声が漏れる。
《唯火!!》
遠いような近いような距離感から、あの人が私の名を呼ぶ。
どうやら肉体だけが反応してるだけで私の意識はまだ深く沈み込んでいるらしい。
(私、どうなって・・・)
記憶を辿ることに気を向けると、テレビのチャンネルを切り替えるように前後の光景が明滅してゆく。
(そう・・・あの黒い人に)
戦う前にナナシさんを置いて逃亡した私は・・・・
(『魔石』・・・火竜の、『魔石』)
竜種との度重なる戦闘で私自身のレベルだけではなく職業【宝玉使い】のスキル、『躁玉』の熟練度も蓄積し、そして上限レベル10に達していた『躁玉』は地竜を退けた後MAXを冠する。
それとともに職業のクラスアップの選択を迫られた。
もっとも、選択肢などなくクラスアップ先は一つしか示されなかったが。
私のユニークスキルをナナシさんに隠す便宜上、ステータスに関することを話題にするのは憚れるのもあり決定を保留にしていた。
(【宝玉指揮者】・・・・)
それが、私の新しい『職業』。
ナナシさんのもとへと駆け付ける時、選択した力。
そして新たに会得したスキルを理解するとともに、ギルドに保管されていた『火竜の魔石』を持ち出して———
(影を・・・・)
意識を失う直前の記憶が完全によみがえる。
燃える『躁玉』を放った後、今までにないほど膨大な魔力を使用したらしく、完全なゼロでないままMP切れに近い状態に陥った。
そして気づけば黒い影に体をからめとられ———
「———ッ!」
意識が浮き上がるように覚醒してゆく。
確かに感じた死の予感の先を確かめるために、重たい瞼をこじ開けた。
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「唯火!」
うなされるように苦悶の表情を浮かべた直後、長いまつげがきれいに並ぶ大きな瞳が見開かれる。
「・・・・・」
薄く開かれた唇からは言葉は発せられず、かすかな吐息を漏らしながら力なく下がっていた腕は何かを求めるように———
「———刺されて、な、い・・・・?」
「・・・・」
意識が途切れる寸前、シキミヤの操る影が自分の腹部を貫かんとしていたのを見たのだろう。
自分の腹をまさぐりその手のひらを確かめると寝ぼけたような様子でそう言った。
その様子を見て俺は安堵し、深く長い震える息を吐きだした。
「どうやら、大丈夫みたいだな」
外傷がないのは見ればわかったが、なにせ未知のスキルによる攻撃だ。
どんなダメージが潜んでいるかわからない。
目を開き四肢を動かせはっきりと呼吸する唯火の姿を見てようやく安心できた。
「ナナシ、さん。一体、どうなったんです、か?」
安堵から漏らすように出た俺の声に反応し首をわずかにこちらへと向け現状の把握を求める。
「シキミヤ・・・あの黒白髪は追い返せた。唯火のおかげだ」
奴を斬った後、唯火に呼びかけ続ける中背後の気配の感じでは奴は健在だった。
間違いなく痛手は負わせただろうが、朱音が放ったであろう銃撃を聞くに致命傷には程遠かったようだ。
唯火のおかげというのは事実だが、先の光の介入により形勢が大きく傾いたというのが奴を撤退させた大きな要因だろう。
「そう、ですか」
奴と対峙してからあの圧倒的威圧感の中で神経をすり減らしていたに違いない。
肺にたまった空気に混じった緊張を吐き出し安堵した様子だ。
「ナナシ、さん・・・腕が、ボロボロ、です」
緊張を解くや否や早々に彼女の肩を抱く俺の腕を見てそんなことを言う。
「ああ・・・これか」
俺たちの窮地を救ってくれた介入者へと巡らせようとしていた思考は一度脇に置く。
案じてくれた腕に目を向けると、ところどころ裂け浅黒い痣がいくつもできている。
緊張が急速に緩み忘れかけていた痛みが去来した。
けど———
「何でもないさ。満身創痍だ」
代わりに———
「・・・私も、MP切れ、です」
互いのボロボロな有様に、
相棒と交わす力ない微笑みの中に、
その痛みを溶かした。




