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112話 決死の炎

「はっ・・・はっ・・・」



もう何度目だろう。



(何が隣で、よ・・・!)



惨めな気持ちで駆けるのは。

情けない思いであの人の背中が遠ざかるのは。



「くっ・・・!」



あの得体の知れない威圧感の中、ナナシさんの言う通りに逃げることしかできなかった。

舌の根も乾かないうちにあまりにみっともない自分の体たらくに、情けなくて涙がこみ上げる。

けど、ここで泣きわめいていたりなんかしていたらそれこそ、私はいよいよあの人の近くにいる事なんてできない。


惨めでも情けなくても、今私ができることをやるんだ。



「誰か・・・ッ!」



ナナシさんが斬り伏せた屍をいくつも通り過ぎ、中央の吹き抜けへと出る。

飛びつくように手すりから階下を覗くと。



「誰かーーー!!応援を、応援をお願いします!!」



反響し木霊する声。

まだほかにも敵が居たらこちらへ寄ってくるかもしれない。

けれど今はそんなこと気にしていられなかった。



「誰かぁーーーーー!!!」



不思議と静寂に包まれたビル内。

これだけ反響するなら下の階にも聞こえているはずだけど。



「ッ!」



自分の声が跳ね返ってくるだけの状況に焦りを覚え、手すりを超え飛び降りようと試みる。

昇ってきた時みたいにうまくいくかどうかわからないけど、『魔添』を使えば死にはしないだろう。




『――――唯火!?唯火なの!?』


「! 朱音ちゃん!!」



声を聞きつけ駆け付けてくれたのだろう。

響さんと数人のメンバーの方と共に吹き抜けの直下にあるロビーへと集まってきていた。



「ナナシさんが!今危険な敵と戦ってて!!危ないかもしれないんです!!」



眼下に見える彼女は隣にいる響さんといくつか言葉を交わしているようで。

遠目にも何か不穏な空気を感じる。



『唯火!話は分かった!あなたは今すぐ降りてきて!!』


「でも!ナナシさんを置いて―――」

『唯火!!!』



私の言葉を斬るような鋭い声。



『あたしたちじゃ・・・あなたでも、()()()をどうこうすることはできない』



この距離で声を張り上げているはずなのに、不思議とその声は穏やかに、絞り出すように聞こえた。



「そん、な・・・・」



頭の片隅ではわかっている。

姿を見ずして私はその敵に敗北してしまったのだから。

あの場に背を向け走り出した時。



『戻るな!!全員連れて身を隠せ!!』



と言った彼の言葉がすべてなのだろう。



「どうしたら・・・・」



手すりに縋るように体を預けていたが、絶望感で途端に膝に力が入らなくなりその場にへたりこむ。



「何とかしなきゃ、なんとか・・・・」



階下からは声が上がってくるがもはやうまく聞き取れなかった。

胸を埋め尽くす不安が耳鳴りとなり、私の五感をモヤがからせていた。




そんな状態でも。



「――――ッ!?」



走ってきた方角から鳴り響く轟音は、私の鼓膜を揺らし。



「ナナシ、さん・・・?」



ビルを軋ませる衝撃に、私の足は急かされるように立ち上がる力がよみがえる。



「今、私に、できること」






::::::::






視界を覆う砂塵。

パラパラと乾いた音をたてて崩れを落ちる石片。



「ぐっ・・・動ける、ぞ」



被さるように俺を下敷きにした大きな床の一部を持ち上げ脇へとどかす。

今や俺の影を縫いつけた苦無も見当たらない。

影が映る床を粉々に砕いてしまえば拘束が解けるのは必然だった。



「・・・・4階くらい突き抜けちまったのか」



重量と衝撃に階下の床が耐え切れなかったのだろう。

見上げるとぽっかりと空いた穴に鉄筋がむき出しになっていた。



「いてて・・・いや、痛くはないんだけどさぁ」


「!」



先ほどの俺と同じように崩れた床の下敷きになっていたらしく、気だるげにそれをどけながら立ち上がる漆黒の男。



「すごいよねぇ、すごい馬鹿力だよ。いやー?腕力だけって感じじゃないかぁ」


(まぁ、こんくらいでくたばるとも思ってないが)



一度は影の拘束を解いたが圧倒的実力差が埋まったわけじゃない。

振出しに戻っただけだ。



「ほんと面白いよねぇ・・・・あっ」



なにやら感心している様子だったが、何か思い立ったように指を立てると。



「名前。聞いてないや。君の名前」



クイクイ、と。

こちらを挑発するように指で促す。

名乗れという事だろうか。



「・・・・ワルイガ=ナナシ」


「変な名前だねぇー」



あまりにド直球な感想を言漏らす男。

さっきまでの殺気は鳴りを潜めてどうにも毒気を抜かれる。



「ワルナナはさぁ。あ、君の事ね」


「おしゃべりは結構だが、そっちも名乗るのが筋じゃないのか?」



妙な呼び名に、時間稼ぎと興味本位でそう返す。



「名前、名前ねぇ・・・・まぁ、こっちで名乗っとくか」



そう言い、身なりを正し。

ズレた黒の丸メガネのポジションを正位置に戻すと。




「ギルド『黒足袋くろたび』。ギルドマスターの、『シキミヤ』という」


「ギルドマスター、だと?」


「みんなは『マスター・シキ』って呼んでるよぉ」



ギルド『黒足袋』。

そこの最高権力者、ギルドマスター自ら戦線に立つってのか?



「いや僕、現場至上主義だからさぁ。自分の足で確かめたいんだよね。それにほら・・・・強いし」


「・・・・くっ」



再び殺気と威圧感をむき出しにする『シキミヤ』。

軽薄さと凶悪な殺意の緩急にペースを乱されっぱなしだ。



「はい。縫ったー」


「! しまった!」



雰囲気に気圧されている一瞬の隙に、再び影を苦無で縫い付けられてしまう。

しかも今度は四肢に一本ずつ。



(四本同時投擲!そんな大味な離れ業なのにまた見えもしなかった・・・!)



やはり警戒していようがいまいが今の俺では反応できないようだ。



「うぅ~ん。やっぱり君、自分を過小評価しすぎなんだよねぇ」


「それは、光栄な話だね」



会って間もないこいつが俺に何を見ているのか知らないが。

やたらと俺の力を買っているようなことは確かだ。



「だからさぁ・・・・あぁ、そうだ。引き金の話だったんだよ」



思い出したように手を叩くシキミヤ。

どうやら依然として興味と狙いは逸れていないようだ。



「今度は動けないよー。そこで待ってなー」



そう言い俺に背を向けるヤツ。

その行く先はもちろん唯火だろう。



「ま――――」



待て。


シキミヤの背中にそう言葉を投げかけようとした時。


背後から俺の頬を掠めるか掠めないかの軌道で一閃の弾丸が。



「んん?」



シキミヤの元へと向かい。



「あれ?いくつか気配があると思ってたけど、そっちがお嬢ちゃんだったの?」



振り返り何気なくかざされた苦無にその弾丸は受け止められる。



「唯火か!?」


「くっ!」



『操玉』をヤツに放ったのだろう。

そして今も魔力を送り続け、受け止められたシキミヤの苦無と拮抗している様だ。



「何これ?すごくない?。石?魔石?飛ばせるの?結構強いけど」



だが恐らく渾身を込めた唯火の『操玉』を腕一本、苦無一本で軽々と止めている。

それどころかこの状況を嬉々として楽しんでいる様だ。



「唯火!もういい!逃げろ!」

「よくない!!!」



初めて聞くような悲鳴のような大声に俺の声は遮断され。



「ここで逃げるくらいなら、私はもう何もいらない」


「・・・・へぇ」


「私の全部、ここで崩れて終わったっていい!!」



愕然とした。

覚悟を決めてしまった彼女に、今なにもできないこの状況に。



「ワルナナさぁ・・・・見なよ。お嬢ちゃんをさぁ・・・・こっちのがよっぽど」

「――――『操玉そうぎょく』」



お前の声は聴きたくない。そんな拒絶を含んだ呟くような、けれどどこまでも響くような声で。



(なんだ・・・?ヤツの手元が、陽炎みたいに)



いや、唯火の放った魔石の周りの景色が揺らめいている。



「? あれ、これ――――あぢっ!?」


「これは、炎?」



途端に、魔石は発火。

炎を纏い、指向性を持った、灼熱の火球と化す。



「あ。やべ」


「!? 拘束が」



燃え盛る炎の弾丸。

天井も床も焦がすほどの勢いとなりそれは大きな光源となる。



(そうか、炎の光で影が消えたんだ!)


「あちちちちち!」



見ると、シキミヤの体は徐々に押され始め。



「《炎葬サラマンダー》――――」


「ちょ、これノーカン!あーダメダメダメ!あっつー!」



その足は床を完全に離れ――――



「《魔弾ショット》!!」



一声のもと火力は増大。

弾速は加速し、シキミヤの体を一直線の通路を押し出していく。



「――――」



俺は一瞬、逡巡した。


まともにやり合って勝ち目なんてない。

退くか立ち向かうか。

唯火に駆け寄るか、それとも――――



「・・・・わかった」



いつだってそうだった。

今まで何度も彼女が道を切り開いてくれ、俺はそこに飛び込むんだ。


だから、唯火を振り向かなくても、伝わった。




『行け』




と。


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