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109.5話 唯一つの火

「・・・・・」



ナナシさんと遭遇し、彼は既にこの階を守るために動いていた。

事態は急を要するようで軽く状況を確認し合うや否や、階下へつながる階段の防衛へと駆け出す。



(速い・・・・っ!)



多少無茶をして吹き抜けを立体的に上ってきた直後、疲労は否めないがそれでも彼の背中に追いすがるのがやっとだった。


一足で跳躍し吹き抜けを横断し一瞬振り向いてくれたその瞳に、先を急ぐよう促す意図のアイコンタクトと頷きで答える。



「はっ・・・はっ・・・」



意図を組んでくれたようで回り込んで走る私を気にせず先を急いでくれた。


迂回を終えもうじき階段が見えるかというところで、刃と刃がぶつかり合う音が道先から響いてくる。



(ナナシさん・・・・戦ってる!)



彼に頼むと任された援護の役目を果たすために速度を上げる。


彼の姿と何人かの黒い姿の侵入者を目視できる距離まで着くと――――



『ぎゃあぁあ!』


「ッ!」



響く爆音、その爆風をゼロ距離で浴びる人間の体。


いままで、人の死を見たことが無いわけではない。

施設で最初に『屍人迷宮グールダンジョン』に潜った時も。

再び同じダンジョンに潜らされグールの王、ヴェムナスと会敵した時も。


何人もの人間の悲惨な死を見た。


それどころか私自身、人の形をしたグールを何体も屠った。


でも・・・・



(動け、ない)



速く行ってあの人の力にならなきゃいけないのに、目前で身を隠してしまった。

なのにそのくせ、目の前で起こる戦闘から目が離せなかった。



(私、怖いんだ・・・・)



目の前で今起きた人の『死』が、身近な人によって起きた事実が。

いつもとそう変わらない表情と、息ひとつ乱さず、淡々と人の命を奪っていく姿が。


ギルドに来た時、朱音ちゃんを斬ったと聞かされた時。

その現実を私なりに受け止められた気でいた。


だけどいざ目の当たりにすると・・・・



「最低・・・・私」



守るための略奪と知りながら。

私は一人、自分勝手なショックを受け、安全地帯から彼の戦いを見ていることしかできなかった。


そして残ったのは、自身の手が血に濡れずに済んだという安堵と。


そんな自分に気づいたことによる、強烈な自己嫌悪と。

このままではいけないという焦りだった






::::::::






「よし。これで少しは防衛に集中できるか」



物言わぬ屍に背を向け剣を収める。



「唯火はまだ来ないのか?」



いくら疲労があるとはいえ彼女ならもうとっくに追いついてきててもおかしくはないはずだが・・・・



「ん?なんだ。そこにいたのか」



曲がり角に潜んだ気配に僅かな揺らぎが生じる。

呼吸と絹擦れの音が聞こえているのがあの【忍者】連中でないことを物語っていた。



「ナナシさん・・・・」


「・・・・大丈夫か?」



もう『洞観視』で相手を見るのが癖になっている。

けど、恐らくこの力が無かったとしても今の唯火が心中でどんなことを思っているのかなんとなくわかるだろう。


きっとそれは、さっき唯火と鉢合わせた時危惧していたものとそう違いがないはずだ。



「俺はこれからも、人を斬る」


「・・・・」



今俺が紡ぎ始めている言葉は、そんな状態の彼女に深い傷を与えるかもしれない。

けれど――――



「自分の中で、必要と感じる手段の一つとして。俺は斬る」


「はい・・・・」



ここでこの子の心が折れてしまったとしても、戦いから離れ生き永らえるなら、俺はその方が良いと。

そう思った。



「だから、唯火。君は今後、俺の後ろで戦わずに――――」

「いや、です」



小さくもはっきりとした意思を感じる言葉で、俺の話を遮った。



「ごめんなさい・・・・見てる事しかできない私が、こんなこと言う権利はないかもしれません。けど、私は、あなたに守られたいんじゃない――――」


「・・・・」



それは、出会ってから始めて見せる一面。


ワガママ、自分本位、エゴ。


自らの行いを棚上げにし、自分の望みを押し付ける。



「ナナシさんの隣で、一緒に、戦いたいんです」


「――――」



そんなセリフはその手を、自らの手を汚してから吐け。

そういわれてもおかしくはない、あまりに希望的観測の感は否めない。


けど、俺はそんな甘ったれた切望を。



「たとえ血にまみれても、謝りながら後悔しながら罪悪感に押しつぶされそうでも。今の私の居場所はそこだけなんです」


「・・・・そうか」



受け入れることにした。


というか、ただ単純に嬉しかった。


物事に長く関われない体質の俺は職を転々とするのはもちろん、人との関りも同様だった。

そんな俺には本当に信頼できる相手もいなかったし、逆にそこまで俺を思ってくれる相手もいなかった。


公園の皆や池さんとの交流は俺にとってかけがえのないものだが、お互いに住み分けみたいな線は存在していた。



(こんな俺にも・・・いや、ずっとあったんだ)



自覚するに至らなかった。


共に死線を潜り抜け、相棒と言いながらも、この手を血に染め選択を迫られるまで本当の意味で気付けていなかった。



(この子は、唯火は特別だ)



彼女が忌避する殺人行為を行った俺の隣で戦いたいと。

震えながらにそういった少女。


掛け値なしの信頼。


自惚れなしにそれを受けていると実感した。



「足手まといには、なりません」


「――――きっと大丈夫さ」



火薬と血の臭い漂う中、自らを鼓舞するように拳を握る彼女を見ながら。


そんなこの場にそぐわない考えが、俺の胸をあたたかくしてくれた。


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