108話 会敵。その正体
「二つ上か」
先ほど耳にした炸裂音の方角へ耳を澄ませると恐らく発生源は二階上であること。
それと複数の足音が入り乱れてかなり騒々しくなっていることがわかる。
(地竜を倒したばかり、モンスターではないだろ。敵、と言っていたな)
ギルドの人間が『敵』と呼ぶ存在。
その正体はもうほぼ察しがついている。
まず間違いなく――――
「敵勢のギルド、だよな?」
「!?」
後方の天井に気配を感知。
視線もくれず、俺の背後を取った気でいる人物に投げかけるように言葉を放つ。
僅かな動揺が気配の乱れとなり伝わってきた。
(さっきの炸裂音が侵入直後だとして、もうここまで進んできたのか・・・?)
速い。
素直にそう思った。
それと同時に、先の敵襲を告げた声の主の安否を思い。
「お前、どうやってここまで来た?」
怒気と殺気を抑えないまま侵入者を振り返ると、すでに眼前には黒いナイフのようなものが投擲されていた。
が
「躱したッ!?」
既に直感の網にかかった攻撃を紙一重で避けることなど造作も無く。
頬を掠めることなく空を切って通り過ぎたそれを逆手に掴むと、天井から廊下へと降り立つ元の持ち主へと投げ返す。
「ちぃっ!」
まずまずの手練れなようで。
返された刃を同じ武器で撃ち落とす。
だが、もとより狙いはダメージではなく。
「・・・は?」
その先に生じる、隙。
武器を握る右手と、反撃の恐れのある左手。
躊躇無くその手首から先を抜刀様に斬り捨て、侵入者の首を片手で締めあげた。
「ぁ・・・・が、て・・・手、が」
気道を締め付けられ途切れ途切れに発せられた言葉は、遅れて認識した取り返しのつかない欠損を憂いたものだった。
恐怖と、絶望の色を濃くするその瞳を待っ正面から受け止め、気の毒に思う自分もいる。
だが、やるべことを妨げる程その意思は強くはなかった。
(何より、こいつは俺を見るなり間違いなく殺しに来ていた)
それは、標的になるのは恐らく目撃者全員、ということだろう。
(あるいは、ユニオンのギルドメンバー全員の殲滅自体が目的か・・・・)
そこまで過激な行動に移すほどの敵対関係にあるのか、対立しているギルドに関して深堀はしてこなかったから判断しかねる。
だがなんにしても、見逃す理由はみじんもなかった。
朱音を切り捨てたあの時の。
あの覚悟が薄まることなく、今、俺の体と口を非情に動かしている。
「お前が誰かはどうでもいい。仲間の数、目的だけ言え」
「っは!・・・はぁ゛ッ」
しゃべれる程度に気道を開放すると。
「ぐ・・・く、た・・・ば、れ」
相当訓練されているらしい。
生殺与奪を握られて尚、延命を図ろうともしない。
それか何も知らない下っ端か。
どちらにせよ、今は時間を無駄にはできない。
「そうか。じゃぁ、出て行ってくれ」
「!?」
力任せに窓へと放り投げガラスを突き破る。
その直前、くすねた複数の黒色のナイフを体中へと投擲。
血をまき散らしながら階下へと落ちていき。
「――――急いで上に向かわなきゃな」
グシャ。
と、不快な音を聞きながら走り出す。
(このナイフ、もしかして苦無ってやつか?)
同族を殺害した感慨も無く、通路を駆けながら一本だけ投げずに残しておいた侵入者の武器を観察する。
それはなんとなく見覚えのある形状だった。
(もしかして、忍者。ってやつだったのか?)
日本人にはあまりにポピュラーな存在。
【侍】という職業が存在するんだから、【忍者】という職業があっても何ら不思議じゃない。
目利きを掛ける間もなくケリがついてしまったのでもう確かめる術はないが――――
「――――いや。そうでもないか」
手近な階段を駆け上がろうと角を曲がると、先ほどの侵入者と似たいで立ちの部外者が複数人、階段を降りてくるところだった。
「「「っ!」」」
(姿が見えるまで存在を感知できなかった。こいつら気配と足音を消せるのか)
もっとも、感知できてなかったのはあちらも同じようで。
俺の姿を見た瞬間、明らかに動揺に体をこわばらせていた。
名:?
レベル:42
種族:人間
性別:男
職業:
【忍者】
武器:苦無/無銘の小太刀
防具:忍び装束
防具(腕):暗殺手甲
攻撃力:520
防御力:471
素早さ:719
知力:460
精神力:570
器用:130
運:80
状態:ふつう
所有スキル:
《平面走行LV.6》
《立体走行LV.6》
《投擲LV.4》
《隠密LV.8》
《劇物調合LV.3》
(軒並みこんな感じか)
会敵の瞬間、『目利き』を全員に仕掛けステータスを暴く。
予想通り、連中の職業は【忍者】、さっきのやつも同じだろう。
(目的はわからないが、コンセプトははっきりしてるっぽいな)
当然だが行き当たりでなく明確な狙いがあってこいつらはここに居るのだろう。
(敵は初見の職業。『劇物調合』のスキルも気にかかるが――――)
それ以外は俺も所有するものだった。
ならば――――
「!? 消えた、だと?」
思考を練り、現状を把握し、剣を握り込む。
『心慮演算』により加速した処理能力は、奴らの動揺による肉体の硬直が解けるまでの一瞬で以上の工程を済ませ。
「「「――――あ?」」」
同じスキルのぶつかり合い。
久我の時とは違い単純明快な帰結――――
練度で上を行くこちらの剣閃が連中を切り裂いた。
「・・・・まだ人数は居そうだな」
斬り抜け様に階段を駆け上がり、背後から遅れて聞こえる骸が崩れ落ちる音。
(下に進ませれば進ませるほど、ギルドの皆が危ない)
上に行くほど居住区の規模は小さい。
つまり逆に下へ行けば行くほど人がいる。
下へ戻り、皆と防衛に徹することも考えたが――――
(多分ここにいる俺が最初の防衛ラインだ)
俺があてがわれた部屋は、他のギルドメンバーの中では最上階。
後から来たものほど上の階の部屋を手配する決まりらしい。
(だから、この階で守り切る。そうすれば被害が出ることもない)
はじめに会敵した奴と今しがた斬り捨てたやつらは先遣隊。
だから真っ先に遭遇した。
と信じたい。
「上の足音も完全に消えたか」
一度立ち止まり階下に繋がる階段付近の防火扉を下ろしていく。
気休め程度だが、見た感じのやつらの攻撃力なら数分は進行を妨害できるだろう。
エレベーターはもとより動いていないしな。
「次は反対側だ」
ビル中央の吹き抜けを挟んだ向こう側の階段を塞ぐため再び走り出す。
が、しばらく進むと。
(! 気配が・・・・)
前方、曲がれば吹き抜けに出る角の向こうから何者かの足音が聞こえる。
【忍者】の職業を持つあいつらではないのか?
「・・・・強い」
スキルではないが、気配の主がかなりの強者であると、感じる緊迫感でなんとなくわかる。
「・・・・」
スキルの恩恵で心は波立たず穏やかなままなのに、嫌な汗があごを伝う。
足早な音がすり足気味な音へと変化、向こうもこちらに気付いたようだ。
(こんなところで足止めを食らうとは)
会敵すれば間違いなく長引く。
気を抜けば敗北も見えてくる。
(・・・・やるしかない、な)
既に血のりが浄化された剣を腰から抜き、攻防どちらからでも対応できる構えをとり角へとにじり寄る。
すぐ向こうにいる気配が息を呑み、瞬間、呼吸を止めた。
それを合図にして、俺は飛び出す。
気配も同時に動き出し――――
「――――ナ、ナシ、さん?」
「・・・・道理で強い感じがしたわけだ」
そこにいたのはハーフエルフの相棒、唯火だった。
急に容赦ない




