107話 侵入
「・・・・ん。もうこんな時間か」
朱音の部屋で地竜戦の戦果を確認し終え解散すると。
俺はあてがってもらった部屋に戻り睡眠をとることにした。
勿論休息による回復が目的だ。
「・・・・いい感じだな」
レベルアップによって強化されたこの体は、やはり半年前の常識では計れないほどの再生力を持っているようで。
「四時間。結構ガッツリ寝たおかげか、腕も十分動く」
まとまった睡眠をとることで戦いの傷は殆ど癒えていた。
環境が良かったというのもあり良質な睡眠が取れた気がする。
ギルドの内通者という多少の懸念があるにはあるが、このギルドのアジトは朱音をはじめ基本的に信頼に足る人たちが在中している。
警戒に回す神経が最小限で済むわけだ。
「まだ日は変わっていないな」
まだ日も高い解散後すぐに眠りにつき、回復を図ったのは疲労困憊だったからというわけではない。
地上にモンスターが出現する間隔は今のところ1日に1度。
(一度モンスターを倒して、次出現するのはその24時間後というわけじゃない)
竜種が湧きだしてからは午前の早い時間に出現することが多いが。
よくよく考えれば、日が変わって間もない深夜に出現してもおかしくはない。
であれば、日が変わる前の時間に余裕がある内に戦闘後の休息をとるのは急務だった。
「さて。このまま二度寝しても仕方がない」
寝床の側に置いておいた剣と竜鱗の羽衣を身に着け部屋を出る。
竜種が出現し得る明日になるまでまだ時間はあるから、ガントレット抜きの軽装で大丈夫だろう。
「ちょうど陽が落ちる頃か」
部屋を出ると、窓から通路に差し込む山吹色の光がゆっくりと角度を変えて消えてゆくところだった。
(・・・・うろ覚えだけど、あの時もこんな夕焼け色だった気がするな)
夕陽は見る者をなんとなくノスタルジーに浸らせる。
だが、どこか胸が締め付けられるような懐かしい感覚を感じ俺が振り返った記憶は、半年前死にかけていた瞬間の景色だった。
ワイバーン戦後、狙撃を受けて以来あの時の記憶が徐々に鮮明になりつつあるのを感じる。
「ハッ・・・・他にないのかよ」
そんな情緒もない光景を振り返る自分を、たまらず吐き捨てるように嘲笑する。
わかってる。
この美しい景色にふさわしい記憶を振り返ると、失くした名を思わずにはいられないから意図的に強烈な記憶で塗り替えようとしているんだ。
「・・・・なんだ?」
そんな、日が沈み夜へと変わるあいまいな時間、幻想的と言い換えてもいい隙間の時間。
周り全部が自分と同じ心境にいるんじゃないかと思えるほど静寂に包まれた世界に。
「窓の割れる音・・・・と、足音か」
明らかな異物が紛れ込んだ。
そんな、まだ予感めいた感覚を俺の聴覚が捉え――――
「―――炸裂音・・・!?」
僅かに不吉な前兆を孕んだ直感が、確かな現実となり。
『敵襲だーーーーー!!!』
間を開けさせず再び俺を戦いの渦へと巻き込んでいく。
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「化け物退治で身体張ってくれてるのに、こんな手伝いまでさせちゃって。申し訳ないねぇ」
「いえ。好きでやってることなので」
ナナシさん達と別れた後、そろそろ食事時であることを小耳にはさみ、私は食堂の水回りのお手伝いを申し出た。
食べるのも好きだけど作るのも好きなのだ。
「唯火ちゃん、随分と手馴れてるねぇ。そんな細腕で中華鍋振るなんて」
「そ、そうですか?えへへ・・・」
高火力の炎を受ける鉄鍋を煽っているとそんな風に褒められてしまう。
半年前ならこんなおっきいお鍋を片手で振り回すなんてできなかっただろうけど。
少し得意げになった私は具材をどんどん入れて煽っていく。
「か弱い女の子に見えるけど・・・・これも『すてーたす』?ってやつのおかげなのかね」
並んで話しながら仕込みをしているのはギルドのお袋さんこと坂井さん。
完全な非戦闘員の彼女は、気の良い食堂のおばちゃんといった印象だ。
それなりにお年を召しているのでレベルが上昇するような前線には出ず、その分料理の腕はお墨付き、ちょいちょい味見をさせてもらってるけどどれもおいしかった。
「坂井さんこそ、おひとりでこの量の仕込みなんて、大変じゃないですか?」
「こんなの訳ないさね。若い連中が命張ってるんだ。あたしみたいな力のない年寄りは、せめてみんなの胃袋を膨らましてやらないと」
なるほど。
ここが彼女の戦線で、立派な一ギルドメンバーという事なのだろう。
「というか、唯火ちゃんは本当に体はなんともないのかい?ウチの連中はいつも傷だらけだから」
「今回はほんとにケガとかせずに済んだので大丈夫ですよ」
坂井さんのもう何度目かの心配にそう答える。
強がりなどではなく、幸い地竜戦では援護に徹していたから肉体のダメージは無し。
ギルドメンバーの方からもらった『MP強壮薬』のおかげで体調は徐々に回復し、持て余した体力を誰かのために使いたかったのだ。
ちなみに、最初は貴重なアイテムである『MP回復薬』を勧められた。
けれど、MPを生命力に近いものとするハーフエルフの特性上、一瞬でMPを回復させる回復薬は絶大な効能の反面、私にとっては劇薬でしかなかった。
その副作用の辛さは、施設の実験で思い知らされてる。
「・・・・」
「唯火ちゃん?やっぱり、疲れているのかい?」
少し、嫌なことを思い出し手が止まってしまっていたようだ。
熱した油に焼けていく香ばしい音が急に鮮明に耳へと届き、我に返る。
「あ、いえ。ちょっと考え事を・・・・」
「ははぁん?・・・・恋、だね?」
私のいい加減な誤魔化しに、全く見当はずれの推察をする坂井さん。
「な、なんでそうなるんですか。違いま――――」
「一緒にギルドに来た、あのお兄さん、だろ?」
連想ゲームのように、坂井さんの的外れな言葉から嫌が応にもあの背中がフラッシュバックしたところで、具体的な人物を上げられそのぼやけた輪郭が急にくっきりと形を持ち出してしまう。
(これは・・・・まったく予期していない見当違いなタイミングで、いきなり窮地に立たされた気分・・・)
歳を重ねてもやはり女性はその手の話が好きなのだろう。
「いやっ!あの、さ、坂井さん、それは――――」
またもへたくそな誤魔化しをしようかとワタワタしていると。
ドン。
と。
ビルの上の階から、建物を揺らす短い炸裂音が鳴り響いた。
「え?な、なんだい?今の音は?」
「――――!」
ナナシさんほどではないけれど、彼とのダンジョン攻略で養った聴覚が。
『敵襲だーーーーー!!!』
現状を手短に示す声を微かに捉えた。
(上の階・・・・)
もう今日はモンスターは出現しないはず。
朱音ちゃんの言ってた例の内通者?
混乱の中様々な疑問は浮かぶが、その思考をいったん切ると。
(フユミちゃん・・・・)
真っ先にフユミちゃんとハルミちゃん、同じ面影を持つ少女の安否が脳裏をよぎる。
(大丈夫。朱音ちゃんと、響さんと一緒のはず・・・・)
最初に案内された一階にある響さんの応接室で話し合う事があるといっていた。
あの二人が一緒なら大丈夫。
「・・・・ナナシさんっ!」
次に浮かんだ懸念は、別れた後「寝る」と言っていた彼の事だった。
自分よりも数段索敵能力に長けたあの人の事だ、たとえ深い眠りについていたとしても早々後れを取ることはないだろう。
だけど――――
「ッ!」
「唯火ちゃん!?」
以前、廃棄区画で久我の部隊相手に目と耳を封じられた戦いを強いられていたあの光景を思い出す。
私は力を抑えられ、窮地に立たされる彼の背中を、引きずり離されていく狭い視界の中で泣きながら見てる事しかできなかった。
結局、そんな圧倒的不利もあの人は切り抜けたが――――
(じっとなんてしてられない・・・・!)
あの時経験した苦い思いが、私の体を反射的に突き動かした。
「坂井さんは一階にいるギルドの皆さんのところにいってください!」
「ちょっ、それなら唯火ちゃんも――――」
私を案じてくれる声を置き去るように、『魔添』を発動させ、厨房を飛び出しエントランスに躍り出ると。
吹き抜けを利用し上の階に飛び移ってゆく。
階段を経由するより速く、私は上階へと向かった。




