106話 加わる力
《竜鱗の羽衣・『地』:弱点属性以外すべての物理攻撃、属性攻撃への耐性。なお、『竜殺し』属性のみ被ダメージ2.0倍。魔力操作により変形、伸縮、操作可能》
「竜鱗の、羽衣」
愛用してきた、今はストールに変形したままの外套に『目利き』をかけると、名称が別のモノに変化していた。
「どうなの?ワルイガ」
「変わってる・・・・レザーマント・魔改から、竜鱗の羽衣・『地』に」
竜鱗と冠しているだけあって、竜種の持つ限定スキル『竜鱗の加護』と同じような文言が記されていた。
それによくよく見てみると、薄い光沢と斑の模様がついている。
「多分、竜種を覆う外殻や鱗と同じ性能の防具だ」
「そ、それって。かなりすごくないですか?」
池さんの竜殺しの剣や、高火力の唯火の『操玉』のおかげで今のところ竜種の鱗を軽々と貫けている印象だが、それはあくまで相性の問題だろう。
防御力では地竜に大きく劣るワイバーンでさえ、ミスリルガントレットの『放魔』をまともに食らって尚、ほぼ無傷だった。
「ああ。並大抵どころか、大体の攻撃は防げそうだ」
なにしろあの鉄壁の防御を誇っていた地竜の魔核で変化したんだ。
その防御力は間違いなく折り紙付きだろう。
「それに、魔力で色々操れるらしい。俺はまだ魔力の操作ができないけど」
「はー・・・前々から思ってたけど、あんた自身だけじゃなくあんたの手に入れる装備も大概チートね」
魔力操作が加わればさらに戦術は広がるだろう。
だったら・・・・
「唯火。朱音。この竜鱗の羽衣、どっちかが持ってた方が良いと思う」
「「え?」」
魔力操作による外套・・・・羽衣の変化がどのようなものかはわからないが、手札が多いに越したことはない。
魔力が発現している二人が装備していた方が効率的だろう。
ややあって。
「・・・・いえ。それは、ナナシさんが装備するべきです」
「そうね」
「二人の方がうまく扱えると思うんだが・・・」
唯火が俺の言葉にかぶりを振って否定の意を唱える。
「もしそうだったとしても、ナナシさんが持っていてください」
「しかし・・・」
「いいからそうしときなさい。あんたの戦闘スタイルじゃどうしたって最前線なんだから」
「・・・・今回、地竜と戦った時。怖かったです」
「唯火?」
やや伏し目がちにぽつぽつと語る。
「ナナシさんはいつも格上相手でも戦い抜いてきました。傷つきながら、勝ちの道筋を考えて・・・・でも、地竜との戦いは多分、今までで一番ギリギリの戦いだった気がします」
確かに、それこそ相性の問題も多分にあったんだろうが、彼女たちのフォローが無ければあそこで終わっていただろうと思う。
「そうね。ここに来る前のあんたがどう戦ってきたかは知らないけど、確かにギリギリもいいところ。一歩間違えれば死んだっておかしくない場面が何度もあった・・・・最後に、地竜の防御を砕いたのだって、土壇場で新しい職業を獲得したおかげだっていうじゃない」
そんな前例のない奇跡みたいな偶然の上に成り立った勝利だ、と。
「これから先、あとそう多くない竜種との戦いで、あの地竜よりも強い個体が出現してくるのはもう必然です・・・・無茶をしないと勝てない戦いも今後もあると思います。でもどうか、自分の身を守る事も優先してください」
言外に。
『自分の命を軽視するな。この死にたがり』
と、言われている気がした。
「・・・・わかった。すまん」
今まで、目が覚めて以降、自ら死を求めるようなことはなかった。
ゴブリンに追い掛け回された時は無様に逃げ回り生にしがみついた。
ゴレイドとの死闘を制すために力を繋げた。
ヴェムナスを倒すために策を巡らせた。
全部、死から逃れるためのあがき。
けど、一度自ら命を絶とうと行動を起こした俺は、傍から見れば自らの命を軽んじるような立ち振る舞いをしているように見られているのだろうか。
(ま。図星、って感じは否めないけどな)
だとしたら、優しい唯火にどれだけ心配をかけてきただろうか。
それを思うと申し訳ない気持ちになって。
「今後は気を付けるよ」
素直にそう言う以外の選択肢はなかった。
「はい。そうしてください、こっちの心臓が持ちませんよ」
「唯火も苦労するわね」
冗談交じりな雰囲気で、そんな事を言う二人から目を背けるように内心で。
(でも、お前たちが危機に瀕した時・・・・その約束は、守れそうにないよ)
きて欲しくはないと願わずにはいられない未確定の未来を思い。
新たに手に入れた装備(力)を、首元に纏った。
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「兄者たちが帰ったと聞いた」
「あ、フユミちゃん」
「マスター。戻りました」
朱音の部屋で年下の女子二人にお叱りを受け終えると。
さらに年下の、ギルドのトップがひょっこりと入室してきた。
「今回はかなり激しい戦いだったとか・・・・特に兄者、大怪我したって」
「ああ・・・・いや、大したことはないさ。動くし」
心配そうに眉をひそめながら歩み寄ってくる彼女に、何でもないという風に腕をぶらつかせる。
実は動かすとまだ結構痛い。
(まぁ。今の俺なら一晩休めば完治してるだろうけど)
モンスターの出現が日に一度だけなのに感謝していると。
「・・・・ハルは過度に子ども扱いされて、大人の嘘つかれるのを嫌っていた」
「・・・・あ」
『屍人迷宮』でハルミちゃんがヘソを曲げた時のことを思い出す。
唯火とヒソヒソ話してて、あの子には内緒にしていたのがとてもお気に召さない様子だった
「肉体を共有するフユも、当然そう感じる」
俺なりに気遣ったつもりだったが、失敗したらしい。
年下の女の子に立て続けに怒られてしまった。
「・・・・実は、まだ少し痛む」
「まったく。そういう報告はきちんとしなさいよ」
男ってすぐやせ我慢するんだから、というのは朱音。
世の中の男性を広範囲にののしられてしまった。
「すまぬな。兄者」
そう言うと。
機嫌を損ねたかと思われたフユミちゃんは打って変わって、心配と申し訳なさをにじませた表情になり。
「フユの『反魂再生』ならそのキズも完全回復できるのだが・・・・」
『反魂再生』。
朱音を蘇生したあのスキルか。
生者も発動対象になるようだ。
(完全回復、か)
この腕をここまで治すのだって複数の術者に回復魔法を重ね掛けしてもらってやっとだったのだから、その効力の高さがうかがえる。
「そんな顔するな。その力はとっておきなんだろ?それに、冗談抜きに一晩休めば治るしな」
明日にも控えた新たな竜種戦に何ら影響は無い。
「そうですよ、マスター。こいつチート持ちなんですから気にするだけ損です」
いや、回復を補助するスキルなんかは持っていないんだが・・・・
というか、合意だったけどお前の『限突支援』の反動でこうなったんだからな?
「朱音。お主のユニークスキルが原因であろう?」
「う。そ、それは・・・・はい」
俺の思ったことをフユミちゃんが代弁してくれた。
「まぁ、敵対していない今、お主が仲間に対して無暗にその力を使うとは思っておらん。それほどの敵だったのだろう、その地竜とやらは」
「はい・・・・」
「・・・・勝てそうか?」
それは次のそのまた次の。
果ては、竜種を統率する名持に。
という事だろう。
「分かりません・・・・けど、この三人で勝てなければ、もうユニオンでは対処できません」
「なるほど、万事は尽くすということか。兄者に姉者。随分と朱音の信頼を勝ち取ったものだ」
そう言いながら俺と唯火の顔を見やり。
「特に兄者。まさか、朱音が他人に支援魔法を付与する日がこようとはな・・・・」
「マ、マスター!その話は・・・・」
何故か慌てる朱音の様子に、幼いながらもどこか気品のある微笑みを浮かべ。
「ふふっ。では、三人の無事な姿も見れたし、お暇するとしよう」
それだけ言い残してあっさりと退室していった。
「なんだか、今朝と大分感じが違いますね。フユミちゃん」
「ああ。やけに大人びた感じだったよな」
外見が幼いだけでなく、ハルミちゃんの面影と重なるから俺と唯火は多少なりとも面食らっていた。
「あの時はマスターも少し取り乱してたから。普段はああやって振舞うよう努めてるわ」
努めてる。
ってことは、ある種仮面をかぶっている感じか。
接するたびに謎が深まる少女だ。
「あの子達の事、知る為にも竜種たちを何とかしないと、ですね」
「――――ああ。そうだな」
新たな職業と装備を纏い、
もう何度目かの決意をするのだった。




