104話 ドロップ
《経験値を取得。ワルイガ=ナナシのレベルが75⇒78に上昇しました》
《該当モンスターの討伐を確認。『ショートソードC+(無名)』の武器熟練度が上昇しました》
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「大丈夫?唯火」
「うん・・・少し、MP使い過ぎただけだから」
「また助けられたな。ありがとう」
天の声、【システム】の声を聞きながら座り込む唯火の元へと駆けつける。
どうやら自力で立てないほど疲弊しているらしい。
だがそれも無理もないこと、地竜が空中で無防備な俺に放った数多の岩槍の追撃は、『屍人迷宮』の王、ヴェムナスが操る無数の骨刃よりも一つ一つの破壊力があった。
それをひとつ残らず砕くのに、どれだけの力を使ったか想像に難くない。
「いえ、ナナシさんの援護が私の役割だったので」
彼女の心根の勤勉さを表すようなセリフを言うと、朱音が肩を貸す。
「・・・ちょっと、血生臭いけど我慢してね」
「朱音ちゃんのコレ・・・地竜の・・・?」
俺が抱えてやりたいところだが、戦いの緊張が解け腕の痛覚がガンガン警鐘を鳴らしている。
軽いとはいえ抱えられる自信が無かった。
「詳しいことは聞かないで・・・・」
「う、うん」
見てくれとは裏腹にほとんど無傷な朱音の肩を貸り唯火は立ち上がる。
そんな二人を気にしつつも、俺は一人地竜の亡骸の側まで歩いていくと。
(・・・やっぱり今回も落ちていたか)
ワイバーン討伐後に狙撃された時のことを頭に思いつつ警戒を強めながら、琥珀色の光を秘めた魔石が落ちているのを確認。
それだけならいつも見慣れた光景ではあるが。
「なんだ?やけに形が整っているな。それに随分と小ぶりだ」
今まで凹凸のある武骨な原石の塊のようなみてくれだったが、今回地竜がドロップしたものは滑らかな曲面の卵型の美しい形状をしていた。
何より今まで、落とし主が強い程そのサイズを大きくしていたので、モンスターの強さと魔石の大きさは比例するものだと思っていたが、地竜の厄介さとは釣り合うと思えない手のひらサイズだった。
だがその内包する輝きは今までのモノよりも強く見えた。
「まるで、職人がカボションカットした宝石みたいだ・・・・」
かつて工房でバイトしていた時の記憶を一瞬だけ振り返り、思わず聞きかじった単語がこぼれる。
「・・・ん?なんだ?」
吸い込まれるような美しさに顔を近づけ間近で観察しようとすると、微かに魔石が震えだす。
その異様な現象に、戦闘後の弛緩した空気が張り詰めるのを感じ。
「っ!?」
なにかに引き寄せられるように琥珀色の魔石は俺の胸元へと飛んできた。
(なんだ!攻撃!?魔石が!?)
かつてのゴブリンジェネラル、ゴレイドを思い浮かべる。
奴はジェネラルとしての生を終え魔石へと姿を変え、ダンジョンのカギとしての役割を果たし、その迷宮の『王』となり、ジェネラルとしての記憶をわずかに残していた。
その一例を見るに、かつて生きていたものの何かが魔石に内包されているというのは間違いない。
それが敵意としてこちらに向かってくるのも俺は知っていた。
(油断・・・!名持でないからと油断した!)
地竜の生物的強さは、ゴブリンの『王』ゴレイドにも肉薄するほどだった。
侮る要素などどこにもなかったのに・・・・
「・・・・え?」
心中で自分を責めていると、異変に気付く。
機動性を重視していたため、外套から魔石を外したストール状態の魔石の台座に。
「地竜の魔石が、はまってる・・・?」
物言わぬ存在になり果てて尚、牙を向けてきたと思われた魔石が、ぴったりと俺の外套に装着されていた。
「なんだ、これは」
「ナナシさん、どうしたんですか?」
よくわからない事態に困惑していると、背後から朱音の肩を借りた唯火が声をかけてくる。
続くように。
「腕が痛むの?ギルドまで戻れば回復魔法使えるメンバーがいるから――――」
「いや、地竜の魔石が落ちてたんだが・・・・」
「え、ほんと?また!?」
驚きに目を開く朱音。
すると、はっとした表情になり。
「そっか。【解体師】の・・・」
既に彼女にも『ドロップ率上昇』のスキルについては伝えてある。
突然声を潜めたのは先日の狙撃の事を思い出しての警戒だろう。
「ああ。それで、落ちてたっちゃ落ちてたんだが・・・・」
「なによ?歯切れ悪いわね」
無言でストールの台座に埋まった魔石を、指先でコツコツと叩く。
「何それ綺麗な石ね」
「吉田さん達が生成してくれた魔石、ですか?・・・そんな色してました?」
彼女たちの目の前でハマった魔石をつまみ引きはがそうとする。
が――――
「外れないんだ」
「? 何の話?」
「・・・・もしかして、その魔石が・・・・」
「ああ。地竜の魔石だ」
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「おぉー。すげぇすげぇ。ひとっつも動かねぇのに完全に野郎を翻弄してやがる」
巨大な竜と人影が三つ。
そこから遠く離れたお決まりの観戦席。
繰り広げられる死闘を安全圏からのぞくのも、男の一種の日課になってきていた。
「おっ・・・?・・・ぉおー、運がいいな野郎」
生えた複数の岩の槍に貫かれそうになるも、不自然に宙を飛び躱した。
どうやら、仲間の女の仕業らしい。
「しかし、廃棄区画から連れてるあの女。あいつも相当やべーな」
最近もう一人気が強そうな少女を一人加え三人でチームを組んで竜種討伐にいそしんでいる様だ。
その少女もあの男と、金髪の少女に比べればやや劣るが自分よりも格上であることはわかっていた。
「上玉二人連れて随分と言いご身分だ」
まぁ、自分だったら女にすり寄られようがあんな竜種と戦うなんてごめんこうむるだろうが。
「けっ。まぁ、今は女より・・・・竜種だ」
偶然、火竜と戦う男を目撃して以来、街に竜種が出現するたびにその現場へと駆けつけていた。
勿論安全な距離からその死闘を眺めるためだ。
「やっぱりつぇえな。竜種ってのぁ・・・・」
人間をかたどったような、ゴブリンやオークなどとは段違い。
生物としてのレベル、気品が違う。
「やっぱ人型はクソだからなぁ・・・」
そう言い漏らしながら、寄り添う孤狼の毛皮を撫でていると。
「ん?特攻かぁ?」
戦局が大きく動いた。
男が剣を収め真正面から竜へと駆けだしたのだ。
「焼きが回ったかぁ!?」
だが、襲い来る岩の槍や岩塊をものともせず、仲間の援護を受け男は竜の頭上を取り。
「・・・・おいおいおいおいおい!なんだそりゃぁ!?」
男が拳を振るうと、巨大な竜の背は爆散し、剣先を突き立てその巨体を切り裂いた。
「なんなんだよ・・・てめぇは・・・・」
その一手で決まったと確信し覗き込んだ双眼鏡を下ろす。
火を吐く竜。
風を操り空を飛ぶ竜。
車のような速度で走り回る竜の群れ。
そして巨体を持ち、岩の槍を繰り出し地を割る竜。
全て以前、餌場にしていた廃棄区画に湧いてきたモンスターとはまるで比べ物にならないほどの高次元のモンスターたち。
日を増すごとに強力になっていく。
だがあの男は次々とそれをねじ伏せる。
最早呆れに近い感情だ。
「恐ろしく恵まれてんなぁ、気に入らねぇ・・・・」
あんな化け物相手に勝利を収められる要因は、女二人を含めた数の利。
そして恐らくレベル差と、ヤツの持つ装備のアドバンテージが大きくある。
自ら戦う力がない自分と比べずにはいられない。
自覚するのも胸糞悪いが、嫉妬だろう。
「だが間違いなく、余裕は無くなってきているよなぁ?手に負えなくなってきている。野郎が強くなる速度よりも――――」
湧いてくる竜種が段階的に強くなる速度の方が早い。
「そん時に虫の息でも生きていてくれりゃ、この手で殺せる」
たとえ死んでしまっても正直構わない。
そうなったとしても、この手で果たせぬ復讐のフラストレーションを補いあまり余って、強大な力を手に入れる事ができるのだから。




