103話 VS地竜 付与魔術師の苦難その3
(これで・・・・!)
露になった竜鱗を貫き、突き立てた剣。
残った片腕の持ち手を石突に添え、更にねじり込む。
分厚い岩塊の鎧を砕いてなお、悠然としたその巨大な背に足を着け、強化された膂力を余すことなく発揮させる。
「倒れろ!」
柄を握りこみ、地竜の肉に埋もれた刃を押し込んだまま、密度の高い竜種の筋肉と頑強な甲殻に覆われた岩山のような背中を切り裂いていく。
「ブァォォオオオォオオ!?」
邂逅から初めて激しく体を揺さぶる地竜。
振り乱される視界の中、突き立てた剣を杭にし甲殻の上を駆けていく。
「ぁぁああっ!!」
『超剛力』の反動で壊れゆく右腕の痛みからか、既に剣を握る感覚は無く、降り抜くつもりが柄からすっぽ抜け。
「ぐっ!・・・・っはぁ、はっ・・・」
地竜の体に剣を突き立てたまま、背を駆けた勢いで2・3転地面を転がり即座に体勢を立て直すと、再び地竜を見据える。
「ブ・・・ォ・・ォ・・・・」
(倒れろ・・・!)
さっきの斬撃で、背中から腹部近くまで、ほとんど胴を割った。
『自然治癒』でどうにかなるレベルの手負いじゃないし、『竜殺し』のダメージは相当なはず。
「・・・なのにッ、しぶとすぎだろ!」
既に虫の息なのは間違いない。
だが、地の底から今までの揺れよりもひときわ大きいプレッシャーを湧き上がらせてきていた。
(さっきの唯火みたいに、残りのMP全部注いで攻撃を仕掛けてくる気か!)
つまり道連れ覚悟の最後の攻撃。
今度は『岩繰り』の密度を全て攻撃に割り振って。
あれだけの防御に密度を割いてなお、岩槍の攻撃は強力だった。
それを全部破壊のために注いだとしたらいったいどれほどの――――
「っさせ・・・! え?」
ボコ、と。
岩が擦れる音が足元から聞こえると、俺の片足を覆うように岩塊がまとわりついて強固な足枷となった。
(こんな使い方もできるのか!?)
奴は既に意識が途切れる寸前のはず、ほっといても絶命する。
そんな中、最後の攻撃を邪魔する俺を拘束した。
俺だけを殺したいなら、そこまで力を溜めずに今、岩槍で俺を貫けばいいだろう。
狙いは、俺だけじゃない。
恐らくこれから放たれる最後の一撃は、ここら一帯を――――
(どうする・・・?)
『超剛力』の効果も切れた。
拘束の岩にも結構な力が通っているようで、拘束を破壊することは不可能。
剣で足を斬り落とせば解放されるが、その剣も奴に刺さったまま。
アスファルトに走る亀裂から光が漏れ出し、魔法陣の様なものがゆっくりとに形成されていく。
(唯火の『操玉』・・・!は、無理か・・・!)
少し離れた彼女に『目利き』を掛けると、MPが二桁を下回っていた。
MP切れ寸前だ。
もう『操玉』を発動するのはムリだろう。
そんな状態になっても膝を嗤わせ立ち上がろうとする彼女に、これ以上のリスクを背負わせる気にもなれなかった。
(くそ!考えろ・・・考えろ)
『精神耐性・大』の恩恵で心はこんな時でも大きく波立たない。
だが、両の腕を包む激痛がまともな思考を遮ってくる。
意識がある中で、こんなひどいダメージは初めてじゃないだろうか。
(痛みを和らげるスキルとかあるのかな・・・)
悟りか、諦めか、逃避か。
平静さと激痛の最中、状況の打破に全く役に立たない思考が浮かんだ刹那。
「『素早さ上昇』!」
地鳴りが大気を埋め尽くす中、よく通る少女の声が響き渡り。
一線の弾丸の様に地竜へと向かう影が見え。
「――――朱音!」
その先には、
血濡れてなお輝く、地竜の体からわずかに露出した刀身。
その一点のみを彼女の瞳は捉え。
「『攻撃力上昇』!!」
付与魔法の光が彼女を包み。
速力と膂力、加速しきった全身と、突き出される掌。
既に肉をかき分け深く刺さった剣の石突をその勢いのまま押し出し。
「・・・ォ!・・・ォ・・ッ!」
既に声を上げる力すら残っていなかったのだろう。
紙一重で繋がれていた地竜の命は。
「これで終わりよ!」
耳をつんざく断末魔を上げることなく文字通り、朱音の最後の一押しでプツリと断ち切れ。
山のような巨体を支える力を失い倒れた。
「・・・やった、か」
見ると地竜の首は力無くうなだれて、宿していた眼光も、荒々しい息吹も。
どの要素からも生命の気配を感じない。
足を拘束していた岩も土くれに変わったように崩れ落ち俺の体は解放され、亀裂から漏れ出していた光も、形成されつつあった魔法陣も消えていく。
その光景が術者の死を物語っていた。
「ン゛んんん~~!!ン゛ン゛んーーーー!!!」
「!?」
一瞬、緊張が緩みさらに両腕の痛みが増した時。
くぐもった生き物の声が耳に届く。
「まさか、まだ・・・?」
想定外の事態。
とどめを刺しきれていなかったのかと、自由になった足を踏み出し恐る恐る倒れる地竜の元へと向かうと。
「んン゛んン゛ーーー!んんんんんン゛ーーー!(ワルイガーーー!抜けないのよーーー!)」
「・・・・」
剣が刺さっていた箇所。
剣の代わりに少女が刺さっていた。
「んっン゛!?んーん゛んっン゛!?(ちょっと!?聞いてるの!?)」
鮮血に濡れ、地竜の体から少女のすらりとした足と尻が生えているというあまりにシュールな光景に固まってしまった。
『素早さ上昇』の勢いと、『竜殺し』の切れ味でこんなことになってしまったのだろう。
既に傷は深かったからな・・・・
「ま、まってろ!今引き抜く!」
聞こえていないだろうがそう声をかけ、慌ててばたつかせている彼女の足に手を伸ばし触れると。
「んっ!?んんン゛!!(きゃっ!?スケベ!!)」
なにを言っているのか分からないが、なんとなく意味合いはわかる。
今はそんなこと気にしている場合ではないだろうに。
「ぐっ・・・ぉ、おおっ!」
足には触れたがさすがに蹴られることは無く大人しくなり、腕の激痛に耐えながら思いっきり引っ張ると。
「――――っぷぁっ!!?」
でろでろになった朱音の上半身は解放され、その手には竜殺しの剣が握られていた。
「うへぇ・・・最っ悪!ぺっ、ぺッ!」
「大丈夫か?」
「見ての通り大丈夫じゃない!もう!あんたに放り出されたり、追いかけまわされたり、果てはこんなカッコにさせられて・・・竜種なんて嫌いよ」
「・・・・散々だな」
確かに、対竜種戦で朱音はロクな目に合っていない。
やせ我慢しながら座り込む彼女に手を差し伸べると。
「いいわよ、あんた腕ひどいでしょ?」
それをやんわり制して立ち上がる。
「・・・ああ。ハイタッチもしんどい」
「それはやんなきゃダメ」
「こっちで頼む」
腕を高く上げるのがしんどかったので、腰程度の高さで拳を差し出すと。
「ま、いいでしょ」
地竜の血で濡れた拳と軽くぶつかり合わせた。
余談ですが。
朱音はスカートじゃないので、
そこまで恥ずかしいことにはなっていませんでした。
102話の【壊し屋】の件ですが、何件かご助言をいただきました。
それを基にもう少し考えたいと思います。




