102話 VS地竜 打ち砕く力
微かな地鳴り。
それが攻撃の合図。
「ちっ!」
強化した聴覚でこの攻撃を察知するのは容易、回避も十分に間に合う、だが。
(速いし、数も多い、狙いも正確ときてる)
焦りからか、自然と踏み込みは大きくなり、放たれる切っ先が肌を掠めながらも強引に前進。
思考は短絡的な答えを出し、攻撃の射程外である宙高くへと跳躍した。
「ぉおあっ!」
見晴らしのいい宙で、吠える声とともに渾身の斬撃を振るう。
「ワルイガ!」
「ナナシさん!焦らないでください!」
だがその剣撃は、対象の肉を裂くことはできず、それどころか――――
「ブォォオオオォオッ!!」
強固な竜鱗に刃を触れさせることもかなわなかった。
「くっ!また、このっ・・・・!」
俺と竜の間を隔てた障壁。
それは、『岩』。
数秒前までそこには存在していなかった、地から生え隆起したそそり立ち剣撃を受け止めた岩の槍。
「っ!バカ!なにやってんのよ!?」
「―――!させない!」
跳躍し落下とともに自重を乗せた一撃。
衝突した剣先から手元へと衝撃による痺れが伝播し、あまりに無防備な瞬間を敵に許してしまった。
宙に浮いた状態、『直感反応』は落下地点の地面から警鐘を鳴らし、視界の端で捕らえたのは、アスファルトを突き破るように飛び出そうとする複数の岩。
それらが今度はその切っ先をこちらに向け、俺の体を貫かんとしていた。
「っ・・・ぐっ!?」
腹部に鈍い衝撃が走る。
岩槍に腹を貫かれたと、一瞬にして嫌な汗が噴き出す。
が――――
「ぅ・・・刺さって、無い?」
腹部を押した衝撃によって後方へと弾かれながら視線を上げると、さっきまでいた空間を剣山のように乱れ貫く岩槍があった。
「――――悪い、唯火。助かった」
その場から大きく間合いを開けたところで着地すると、手掌で何かを引き付けるような所作をしていた命の恩人に感謝を伝える。
「いえ。乱暴なやり方になってすみません」
硬直した俺の体を、彼女のスキル『操玉』で撃って後退させてくれたのだ。
「いや、冗談抜きにやばかった」
池さんの竜殺しの剣が通らないほどの硬度の岩槍。
あのままあの場に居たら無惨に全身を貫かれていたことだろう。
「ほんとよ!あんた攻めが大味になってきてるわよ!」
「・・・・すまん」
少女の飛ばす激に頭を冷やし、深い息をつく。
そして再び対象へと『目利き』をぶつける。
名:なし
レベル:60
種族:地竜
性別:男
武器:なし
防具:なし
MP:2200/2700
攻撃力:1250
防御力:2070
素早さ:543
知力:1380
精神力:1406
器用:24
運:30
状態:ふつう
称号:なし
所有スキル:
『竜鱗の加護LV.5』
『自然治癒LV.4』
『岩繰りLV.5』
「・・・・改めてみてもうんざりするな」
「防御力が異様に高いってんでしょ?」
「確かに、現状ナナシさんの剣以外ダメージを与えるのは困難ですけど・・・・それでも、あんな無茶はしないでください」
俺を貫くために突き出た岩がボロボロと崩れ去り漂う砂塵に代わると、その向こうにこちらを睨みつけるように佇む地竜の姿があった。
亀のように重厚な背の甲殻。
岩のように太く荒々しい四肢。
翼や尻尾などの今までの竜種に見られた、しなやかさと俊敏性は全く感じられない風貌だが、まるで山のような存在感がそこにあった。
そして印象を裏切らず。
「ああ。だが、この鉄壁の防御。掻い潜るなら多少無茶でもしなきゃ・・・・」
「すみません。私の『操玉』が通れば・・・・」
驚くことに、これまでどんな敵も撃ち抜いてきた唯火の『操玉』が通じないのだ。
地力の防御力と、『竜鱗の加護』でとてつもない防御力になっているんだろう。
正確には全くダメージが通らないというわけでもないのだが、どうにも地竜のもつ『自然治癒』で、与えていくダメージの勢いが大きく削がれてしまうようのだ。
「いや、唯火が援護に回ってくれてるおかげでさっきは助かったんだ」
故に、MP消費という大きな制約を抱える彼女は、地竜自身は砕けないまでも、ヤツの『岩繰り』で出された岩は砕けるのでさっきのような後方支援に専念してもらっている。
さっき俺を撃って後退させたのは、複数の岩槍を『操玉』で破壊するよりMPの節約にもなるし、確実だと判断したからだろう。
純粋な火力で言えば俺たち三人の中で一番の唯火がこうなった以上、『竜殺し』の弱点属性をつける俺が奴に斬りこむのが最も効果的なのだが。
「俺こそ、頑強な岩を切り裂く力があれば・・・・」
本体の地竜に機動力がほとんどない分、繰り出される岩の攻撃が正確でかなり激しい。
「ワルイガ。【解体師】の『弱点直感』で、岩とか壊せないの?」
「無理だ。無機物には効果がない」
かつて下等・吸血鬼、ヴェムナスの操る骨の攻撃にも試したがスキルが発動することはなかった。
おまけに――――
「それと、地竜の体にも『弱点直感』が通らなくなった」
「・・・・は?あいつはモンスター、生き物でしょ?」
「ナナシさん、それってまさか」
「ああ。無機物の岩で全身を覆いやがった」
つまり、もはや例え岩の猛攻を掻い潜って懐に入っても、剣が奴に届くことはない。
なんせ俺が斬れない岩の鎧で武装しているんだからな。
「私も、この射程の『操玉』じゃ多分、地竜本体を覆う岩を砕けないです」
岩槍を捌き続けてきた唯火は、その手応えから繰り出す岩の硬度も操ることができると答えに至っていた。
地竜を守る岩が最も高硬度なのは必然だろう。
「・・・・出し惜しみもしてられないわね」
「そうだな・・・」
「『付与魔法』、ですか」
どのみち、この手札でこいつを倒せなきゃ名持の竜種に勝てやしないだろう。
「ワルイガ。あんたに『攻撃力上昇』を付与するわ。わかってるだろうけど、《限突支援》の効果で攻撃力は三倍増しになる。もしかしたら『超加速』の時とは勝手が違うかもしれない
「今度は随分丁寧に説明してくれるんだな」
俺の職業、スキルをもう朱音は知っている。
その複数のスキルを併用し『超加速』の負荷に和らげたことも。
だからこそ、この念押しなのだろう。
(攻撃力上昇。恐らく純粋な筋力強化だろう・・・・『超加速』の時みたいに負荷を分散させるようなことは難しいだろうな)
それにあの岩の猛攻、朱音の妨害系の付与射程圏外だ。
「分かってるみたいね。一発勝負よ・・・・すまないわね、結局あんたが一番危険を冒さなきゃならない」
「適材適所だ、気にするな」
彼女も俺なら付与の負荷に耐えられるかもと期待してのことだろう。
「けどあくまで一つだけ。二つ以上の付与を同時にしたら、本当に何が起こるか分からないから」
「わかった」
「ナナシさんを阻む岩の攻撃は私がすべて弾きます」
「頼む」
そして俺は、限界を超えた攻撃力ではなつ魔鉄の拳で、地竜が纏う岩の鎧を砕き。
(剣撃を叩きこむ!)
剣を鞘に納め、体術の型を取る。
「いくわよ、ワルイガ!」
その声に背中を押され一直線に地竜へと駆けていく。
「『超剛力』!」
途端、体の内側から何か得体の知れないものが膨張する感覚に襲われる。
(これは、思った、以上に・・・きつい!)
攻撃を放っていない状態でこの有様。
拳を繰り出したらいったいどれほどの反動が――――
(考えるな・・・退かずに、進め!)
口から漏れ出る弱音をかみ砕くように食いしばり手足を動かした。
不動の様子でこちらを窺っていた地竜は何か、こちらの圧を感じたようだ。
今までの足下から襲い来る岩槍とは異なる攻撃、進行方向からこちらへと指向性を持たせた岩塊を生やし伸ばしてくる。
近寄るなと言っているかのように。
「邪魔はさせません!」
地竜の手足の様に襲い来る岩塊を、遥か小さい閃光がことごとく打ち砕く。
(ワイバーンの時と一緒だ、一か所に力を注ぐと他の箇所の密度がお粗末になる!)
刃を通すことはできないだろうが、唯火の『操玉』なら十分に破壊可能だった。
(もっと!もっと近くに!)
砕かれ飛び散る破片に身を晒しながら、その距離をみるみる縮めていく。
「ブォオオォッ・・・・!」
こちらの勢いに気圧されたような声を上げると、わずかながらその巨体が初めて後退する素振りを見せる。
が、次の瞬間。
「! 足下!?」
ヤツが巨大な脚で地を鳴らすと、数秒後の進行方向の地面に大きな亀裂が生じ。
「ぐぁっ!?」
「ワルイガ!!」
地中から間欠泉のように地面が隆起し俺の体を空高く突き上げた。
(随分と嫌われたもんだ!)
それほどまでに俺を自分から遠ざけたかったのだろう。
けど、その考察が甘かったことにすぐに気づいた。
宙高く浮遊する俺の元へ首を向けると、射程外だと思っていた頭上へ数百に上る数多の岩槍を放ってきたのだ。
浮遊する最中、人間が重力に逆らうことはできない、つまり。
(やばい!回避が――――!)
「『暴風乱射』!!」
「ブォッ・・・!?」
俺と地竜。
確定しつつあった死の予感、狭間に、何度も俺を救ってくれた光の軌跡が交差し、全ての岩槍を打ち砕いた。
(俺に攻撃が集中した隙に、『技』の射程まで・・・・!)
自由落下を続ける最中、地竜の背後で膝をつく唯火の姿を確認。
MPを一気に消費した彼女が狙われることを危惧したが、依然としてヤツの優先度は俺らしく、その瞳はこちらを睨みつけていた。
(このタイミング!絶対に叩きこむ!)
唯火が作った千載一遇のチャンス。
例え、岩槍の攻撃を数発見舞っても必ず拳を届かせる。
そんな決死の覚悟を見抜いたのか――――
「外殻が、分厚く・・・!?」
地竜は迎撃も、回避も捨て。
『岩繰り』の密度を全て己を守るための鎧へと集約し、最強最大限の防御の形態をとった。
そして直感する。
(このままじゃ、砕け、ない・・・・)
『超剛力』で限界を超えた攻撃力の拳でも。
眼下の鉄壁は崩せない。
弱点を狙わなくては。
《熟練度が一定に達しました》
予感はあった。
『屍人迷宮』に入る前。
特殊な状況下であったとはいえ、無機物のはずの扉に語り掛けそこから術式の核であるレジーナと繋がった。
だからあれは、物言わぬ扉がその結果に導いてくれたということ。
それはつまり、術式にレジーナという核があったように、無機物にもそんなものがあるんじゃないか?
だったら、実現したい結果のためにコンタクトの方法を変えてやればいい。
《職業:【壊し屋】 獲得》
《『物核探知LV.1』 獲得》
俺の拳は、光る一点へと導かれ。
「ブ・・・ォ、オ?」
そこを中心とし亀裂は走り。
弾けるように岩塊は爆散、核を捉え、限界を超えた攻撃力の余波は。
露わになった竜鱗にまでヒビを入れ。
「くらえ!」
痛覚が支配する振るわれた左腕を庇うことなく、生き残った腕で剣を握り込み。
「ブォオォオォォオオ!!?」
『竜殺し』の剣を深々と突き立てた。
【壊し屋】の職業名、もっとかっこいいのにしたかった。
後で変えるかもしれません・・・・
誰かセンスの良い人センス分けて




