9話 VSオーク 格下の戦い方
「ゴアァッ!」
男の声と共に控えていたオークに胸ぐらをつかまれ、咄嗟に俺はさっき弾いて拾っておいたナイフを突き刺した。
(刃が通る!このレベル差でも俺の攻撃が効くってことだ……!)
薄い勝ち筋が見えたと考えていると、全身の血が一方向に引っ張られるような勢いで崩落した壁にぶつけられながら外に放り出される。
視界は回転し、受け身も取れず地を転がされ。
「がっ、げほっ……ぅぐ……」
(なんて力だ……)
コンクリを砕く衝撃に、地面を跳ねた痛みに耐えなんとか体を起こす。
一瞬で体中が打撲だらけ。
闘志が萎えそうだ、ナイフを手放さなかったのを誉めてほしい。
「馬鹿なやつだよほんと。俺に勝ててもこいつには勝てねぇぞ?」
「ゴォォォオ!」
どうやら休む間も与えてくれないらしい。
広い場所で奴の全体が見えるとデカさが分かる、3メートルくらいあるんじゃないか?
唸り声を上げながら巨体が突っ込んでくる、触れるだけでバラバラになりそうだ。
(落ち着け……相手は格上、けどゴブリンをデカくしたようなもんだろ。同じく四肢が付いてるなら動きを読め、できるはずだ!)
動きは遅い、素早さでは俺が優位。
ならやることは一つ。
(攻撃を避けて、隙を打つ!)
オークの突進をギリギリまで引き付けて躱し、がら空きの背中に渾身の力で棍棒を振り下ろす。
が、奴の肉より骨より、棍棒の方が折れていた。
(まじかよ!?)
ナイフが通ったと思って油断していた……
闇雲に攻撃を加えるだけじゃダメージが通らない。
(俺が持ってる武器はこのナイフだけ……下手に手を出せば武器が壊れる、そうなれば俺に勝ち目は無い)
見た目はデカいゴブリンだ。
もっと言えば、人間とシルエットはよく似ている。
(思い出せ、生き物の構造、その弱点。小学生でもわかるだろ、野生の獣、人体の弱点……!)
中距離の間合いを維持しつつ、奴の周りをゆったりと歩く。
「左腕の振り下ろし」
「ゴァッ!」
踏み込むように前進しながらそれを躱し死角に回り込むと、逆手に持ったナイフを膝裏に突き立てる。
柔らかい関節部への集中攻撃。
「左腕の薙ぎ払い」
「グアッ!」
屈んで躱すと轟音が耳元を撫でる。
恐怖に負けじと、立ち上がりざまに振り切って無防備になった左脇にもナイフを突き立てる。
「はぁっ……!はぁっ……!」
即座に元の中距離の間合いを取り息を整える。
ナイフが折れないよう一撃一撃に細心の注意を払い、一発でも当たったら終わるであろう攻撃をよけながらの立ち回りにあっという間に息が上がってしまう。
《熟練度が規定値を超えました》
《精神耐性LV.2⇒LV.3》
「ふっ!」
あんな巨体にこんな針のようなモノで攻撃し続けて倒せるのだろうか?
そんな少しだけ軽くなった不安を振り払うように地を蹴り、今度はこちらから仕掛ける。
「右のストレート……!」
俺はさらに加速し拳が到達するより早く後方へすり抜け、同じように今度は右膝裏にナイフを刺す。
奴の攻撃が大ぶりな分隙も多いので足の腱への追加攻撃付きだ。
そしてまた元の間合いへ。
「グ、ゴア?」
どうやら足元への重点攻撃が効いてきているらしい。
脇からの出血も派手に出ている。
当のオークは自分の体の異変に気付いてはいないようだが。
「ど、どういうことだ?なんで、てめえはまだ生きてるんだよ!?」
魔物使いは驚きを隠そうともせず取り乱している。
黙ってろ、こっちは生きるか死ぬかの戦いに集中してるんだ。
そしてもう一度オークの攻撃をかいくぐり、再び足の腱へナイフの一撃を入れると。
オークは膝をついた。
「ゴ、ゴァァ」
「はっ……はっ……巨体を支えるにはその足じゃ限界、みたいだな」
攻撃の精度と威力を支える足の踏ん張りを削いだ。
出血も相当量出ている、倒れるまで何発でもやってやるさ。
「このっクソブタが!何の役にもたちゃしねえ!!」
戦いの外にいた魔物使いは膝をつくオークを足蹴にし罵声を繰り出し始める。
……オークは一切堪えてないだろうが。
奴が無様に取り乱しているうちに乱れた呼吸を整えていると――
「ん?なんだ?頭から蒸気?みたいなものが……」
オークの体に異変が起き始めていた。
まるで頭が熱を帯びているみたいに薄く赤みを帯びてきている。
「『目利き』」
何かステータスに変化でもあったのかと思い見てみると。
名:?
レベル:14
種族:オーク
性別:?
攻撃力:?
防御力:?
素早さ:?
知力:?
精神力:?
器用:?
運:?
状態:怒り
称号:?
所有スキル:
???
「どこも変わって……いや、状態の項目が……怒り?」
「ゴォォォォオオオオオ!!」
今まででひと際大きい咆哮を吐き出すと、自分の存在を誇示するかのように両腕を左右に振り上げる。
その際。
「ぶぎゃっ……!?」
近くにいた魔物使いは運悪くその動作に巻き込まれてしまい、その体はたやすく宙を飛び廃工場の壁面に叩きつけられた。
「……っ!」
あんなクズ野郎でも、初めて戦いの中で目の当たりにした大量な人の血に、俺の体は一瞬硬直する。
その硬直の一瞬、俺は完全に懐を許してしまった。
「しまっ……!?」
『死』
眼前に迫るオークの岩のような拳、ゴブリンの時よりも濃い死の臭い。
「坊主!!」
死角から突然衝撃を感じると、俺の体はわずかな重みと共に攻撃の軌道からギリギリ逸れ、転がりながら距離を取る。
「池さん!?」
「間一髪じゃったのう」
何でここに?という言葉は飲み込んだ。
「ごめん、呆けてた。助かったよ……でも、もう隠れててくれ」
「……いや、すまん。ここに来る道のりと、坊主を突き飛ばした動きで腰をいわした。足も言う事を聞かんし、一歩も動けんようじゃ」
「まじで!?」
いや、無理も無いか。
歳も歳だし公園で見た池さんの職業じゃあ大して動けない印象を受けた。
ここに駆け付けるだけで息も絶え絶えだったんだろう。
そうこう考えている間にオークは追撃の拳を振り上げ迫りくる。
「ごめん池さん!」
「ぉおっ!?」
老体を両手で思い切りぶん投げ、オークから距離を取らせる。
(怒りの矛先は俺だろうからな、引き付ける!)
さっきまでの膝をつくほどの脚部へのダメージが嘘のように迫ってくるオーク。
だが、見た限り傷が塞がっているわけでもない、極度の興奮状態でタガが外れて無理やり動いているんだろう。
傷も開いて出血も勢いが増しているし、弱りつつある……はずだ。
(さすがに池さんを抱えながらは逃げ切れない……今ここで倒す!)
両腕の振り下ろしを池さんとは反対方向に飛び躱す。
オークの行動回数は激しさを増しているようで、すぐさま右腕を振り払う。
それを低く屈み前転しながら躱し股下を潜り抜け、もう何度目かの膝裏に攻撃を加える。
「……こいつっ!」
さっきとは違った手応えに違和感を感じたが、今の俺にはこの戦法しかないので愚直に繰り返すほかない。
振り向きながら振り下ろす腕を回避し、次の大振りの攻撃も避け再びナイフを膝裏に突き立てる。
が。
「っ!……抜け、ない!?」
想定外の事態に動揺を隠せず、無理に引き抜こうとしたのがいけなかったんだろう。
オークがナイフを刺した脚を振り上げ、絶望の金属音が耳に響いた。
「武器がっ……!」
唯一の対抗手段を無くした俺はなんとか追撃を食らうことなく距離を取る。
明らかに肉質が変化していた、怒りと共に筋肉が膨張したとでもいうのか?
だとしたらモンスターの体を人体や獣のそれになぞらえた戦法は下策だったのかもしれない。
(ちがう。今どうするかだけ考えないと……今の俺自身の攻撃力をどうこうすることはできない)
考えろ。
今はどうしたって、武器が必要だ。
考えろ。
あんなふつうのナイフでもさっきまでは攻撃が通っていたじゃないか。
「……そうだ、武器だ」
他力本願になるし、その能力の詳細は俺も分からない。
けど、これに縋るしかない。
「池さん!【鍛冶師】の力を貸してくれ!」
「!」