1話 授かる者
その日俺は、ある記念すべき偉大な新記録を飾り、夕日に包まれた街で一人しこたま飲んでいた。
「ふぃー。あっはっは!マジ達成しちゃうとは、自分で自分が恐ろしいわ」
らしくもなく泥酔し、千鳥足であてもなく人込みをすり抜けていく。
「ぷっくくく……通算っ、100業種解雇!」
俺は昔からそうだ。
飽きっぽいわけではないのに、不思議と一つのことを集中してさせてもらえない。
居もしない神様相手に被害者ぶるつもりはないが、どういう巡り合わせか、ある一定ライン一つの物事を続けると、説明のつかない采配で別の新しい物事に挑戦させられてしまう。
つい数時間前までいた職場も例に漏れず、100時間など有に超える時間外労働で酷使され、正社員でないという理由で風当たりも悪く、器用貧乏といわれ。
挙句、記念すべき100業種解雇の時に言われた言葉は―――
『お前は何者にもなれない』
「あっはっはっは!まさか、このタイミングで!また同じ言葉をもらうとはな!」
有体に言って運命のいたずらといっていい。
「あー、涙も出ないわ。笑ってみたけどつまんね」
物心つく頃からこんな事が20年近く続くものだから、俺は何かに執着することや、誰でも持っているようなこだわりというものを感じなくなってしまった。
いや、そういう感情を自ら閉じたんだ。
どうせ長く続けられない、離れていく、大事にしたって失っていく。
「……生きてんのか死んでんのかもわからねぇな」
生への執着も、自ら断とうとしていたんだ。
どうせ失われるなら、消えるなら、それがいつ起きたってなにも不思議じゃない。
「……」
力ない死者のような足取りで、車が行きかう交差点にふらふらと近づく。
(いや。ダメだろ。俺の狂った自虐に、知らない他人を巻き込むなよ)
どうやら道徳への執着はあったらしい、と一人吐き捨てるように笑う。
(誰にも迷惑かけないように、しないと……俺が消えるだけなら、悲しませる人はもうこの世界にはいないんだから)
泥のような思考を練りつつ、大人しく、青く点灯した歩行者信号の手をつなぐシルエットを眺めていると、同じ形をした人影が俺を追い越し道路を渡っていく。
(親子……)
別に思うところはない。
仲睦まじく手をつなぎ、話ながら歩いている母と娘。
おかしなところがあるとすれば、アスファルトを切りつけながら、歩行者の聖域に向かってくる挙動のおかしな車だ。
「―――っ!」
周囲が異変にざわつき侵入してくる危険を察知して歩道へと身を引く中、俺は飛び出していた。
「……えっ?」
お決まりのクラクションも鳴らさず吸い込まれるように親子へ突っ込んでいく。
飛び込むようにその背中めがけて手を突き出したその瞬間、俺が考えていたことは。
(今!ここで誰かが死ぬしかないなら!俺だ!俺を殺せ!)
ライトに照らされ目がくらんだ一瞬、
確かに俺の手の平が、何かを強く突き飛ばした手ごたえを感じ。
《全現存生命体に通達。現世システムの改変を行います》
頭に響く妙な声を聞きながら、真っ赤な夕日よりも赤い血を散らしながら、一瞬でも誰かを助けたい、という燃えるような執着を持てた事が死ぬほど嬉しくなり。
その比喩も、例え話じゃなくなるだろうなと。
前後の記憶があいまいなまま、いつの間にか俺はアスファルトの上で自分が流す血におぼれていた。
《肉体・思考・記憶の読み込み、それらの情報からステータスの構築。ユニークスキルの適合配布を行います》
(うる、さいな。こういう時は…救急、車だろ)
全ての感覚が薄れていく中、慌ただしく混乱している周囲の声は。
「救急車」
「大丈夫」
「助けてくれた」
「車のナンバー」
「妙な声」
「自分だけじゃない」
と、断片的な雰囲気でしか把握できないのに、妙な声だけは鮮明に響いてくる。
(まぁ。いい、や……どうでも…望んだ結果、だ)
くぐもった周囲の声から何とかあの親子が無事なのを確認できた。
やり遂げた感覚が湧いてくる。
(母さん……父さん……おれ、最後に、誰、かの幸、せ……まも……)
《あなたのあるべき姿を強く念じてください。それを手繰り適性を確認いたします》
(ああ……それ、と――――)
懐かしいく暖かい両親との思い出を皮切りに、俺の記憶は遡る。走馬灯というやつは、自覚しながらも見れるものらしい。ものすごい情報量の記憶が渦巻くパラパラ漫画みたいな感覚。
そして視界のはるか遠くに見える光。
思い出か、あの世の入り口か。そこに何があるのかわからないが。
無意識に、動かないはずの手を伸ばそうとすると。
《感知。適合……個体が発する思念パターンに該当するユニークスキルは存在しませんでした》
《……再検出失敗。システムの名において、適した新たなユニークスキルを創造……》
《成功。ユニークスキル【全能顕現】が授けられます》
光を掴んだ、気がした。