その夜は妙に暖かった
「ずっとすきだったんです」
12月26日、その日は大沼巧にとって、ある意味記念すべき日だった。
公衆の面前で告白され、抱きしめられてキスされることなど、そうあることではない。
同性からとなると、更に稀、だろう。
大沼も180センチを超える大柄な男だったが、抱きしめた男、兼田宗明はそれを更に上回る大柄さで、細身の大沼に比べて、兼田は固太りで体格が良かった。
自分よりも大柄な男にがっしり抱きしめられて、大沼は身動きが取れなかった。
「俺、大沼さんのこと、ずっと好きだったんです」
兼田は酔っ払い独特のとろんとした目で大沼を見据えた。
入社以来かわいがってきた後輩だったが、大沼はさすがに対応に困った。
「な、な、なに言ってんだよ、お前」
「なにって、告白してんスよ。もう、我慢できないんです」
「あ~・・お、俺も、お前のことをかわいいとは思ってるよ。けどな・・・」
「ほんとっすか。じゃあ俺、両思い、なんっすね」
けどな、以降は聞いてない兼田相手に、大沼は、とにかく、離せ。ちょっと落ち着け、と言い聞かせようとしたところで、直ぐそばにあった兼田の顔が更に近づいた。
よける間もなく、口付けられた。
意外と柔らかいものなんだな。大沼は妙に冷静に思った。
熱っぽくも酒臭いキス。
「えへへ。俺、うれしいっす」
にへらぁとうれしそうに笑われて、そう怒れるものではない。
ようやく解放されて、兼田の肩をなだめるようにポンポンと叩きながら、大沼は周囲の視線が痛かった。
大柄な男二人が抱き合ってキスしているのだ。人が注目しないわけがない。
一人の女性と目が合った。目がウルウルしているように見えるのは気のせいか。もしかしてうちの会社の人間じゃないだろうな。
俺はノーマルだ!声を大にして叫びたい。
大沼は痛くなる頭を抑えつつ、兼田をひっぱって歩き出した。
その夜は妙に暖かかった。大沼は、暖かくて着ていられぬコートと、カバンを2つ左手に持ち、ため息をついた。
なんだって、こんな目に・・・誰に言うともなく愚痴をこぼすと、右脇に抱えた兼田がわかっているんだか、いないんだか、青白い顔で俯いたまま「すみません、大沼先輩。全部俺がわるいんっす」と半泣き声でつぶやいた。
お前に言ったんじゃねえよ。大沼は兼田を抱えなおして引きずるように新橋駅まで連れて行った。
12月第3金曜日、21時半。東京中の7割の会社が忘年会を行っているのではなかろうかと思われるほど、街は混みあっていた。大沼と兼田の会社も例に漏れず、1次会は汐留で行われた。今時の若者らしく、酒がほとんど飲めない兼田をほっぽって、大沼は上司や他部署の人間に挨拶とお酌に回って自分の席に戻ってみれば、そこにはへべれけの兼田がいた。
上司に飲めと言われてもにこやかに「俺、酒、飲めないっす」と断わる兼田が、なんだってこんなに酔うに至ったのか、まったく不明だったが、大沼は致し方なく二次会の誘いを断わって、兼田を駅まで連れてきたのだ。
気持ち悪い・・・青白い顔で兼田につぶやかれて大沼はあわてた。
「まて、ここで吐くな。もう、便所はそこだ。がまんしろ」
左手に抱えているコートは去年買ったばかりのカシミアだ。吐かれるなんて冗談じゃない。
ようやく新橋駅のトイレに駆け込み、途中で買ったペットボトルを手に持たせ、個室に兼田を放り込む。個室に放り込む前に汚さないようにコートを脱がせてやり、中で寝られてはかなわないので、戸に足をひっかける。
俺はおとんじゃねえっつうの、まったく。
コート2着に、カバン2つ。くそ、こいつ俺よりいいコート着てやんの。
兼田のコートは誰でも知っているブランド物だった。
自宅通いの上、お家はちょっとした資産家らしく、日頃のお買い物はパパ名義のカードだというまことしやかに流れるうわさは、うそではないらしい。普通に考えれば、院卒サラリーマン3年目の持つコートやバックではない。
おぼっちゃまは、酒の飲み方を覚える機会がないのか?
自分の酒量の限界は大抵大学時代に覚えるもんだろうよ。社会人になってからの酒は、立場を意識しながらになるので、むやみに酔っ払うこともない。技術畑なので、接待で飲むこともほとんどなく、こうやって世話するのは大学の後輩を面倒見て以来だ。
「おい兼田、無事か」吐瀉音がするわけでもなく、ずっと無音、無言なので、それはそれで心配になる。
「だいじょうぶっす」
音をそのまま文字にすると「らいりょ~ぶっす・・・」。
こんなに大丈夫に聞こえない、大丈夫、も珍しい。
「お前、もしかして、吐き方知らねえのか」
「・・・」
そうか、酔うほど飲んだ経験がなければ、吐き方など知るはずがなかった。
まず、水を飲め、全部。
で、口に指突っ込んで、飲んだ酒、出しちまえ。
ペットボトルを開ける音がしたので、酔っ払いながらも、意識はまだあるらしい。
最後に見たとき、こいつの目の前にあったのは、カシスオレンジだった。
カシスオレンジって、こんなに酔っ払う酒なのか。まあ酒に慣れてなきゃなんだって、酔っ払うか。
大沼はコートを2着持った手で頭を掻きながら、ため息をついた。
「復活しました」
という、兼田の言葉を信じた自分があほだった。
もう一軒行きましょう~と浮かれる兼子を引きずるように、駅から連れ出し、とりあえず、喫茶店で茶でも飲ませて、酔いを醒ましてから帰そうと思ったのが運の尽きだった。
左腕にコートを2着ひっかけ、左手に自分のバッグを持ち、右腕で兼田の脇を抱えて、右手に兼田のバッグを持っていたので、急に抱きしめられて身動きが取れなかった。
そして、冒頭に戻る。
復活したはずの兼田は都心の交差点・・・・おそらく一年で一番飲みに人が出歩いているであろう忘年会の最ピークの日に男を抱きしめ告白し、キスするという暴挙をやってのけた挙句、寝やがった。




